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第二話、いい匂い
(四)
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目が覚めた時、私はその寝づらさに猫になったたまちゃんが首元で眠っているのかと思って手を伸ばす。
(かたい……)
猫のたまちゃんは柔らかくて、毛もすべすべだったけれど今、私の指先が感じているのは明らかに違う質感。
「ん……」
それに思ったより重い。
「ああ、起きたか」
耳元に低い声。
叫びだしそうになる口が大きな手で塞がれる。
「まだ寝ていろ。玉を寝かせてやりたい」
私の体の上にあった硬くて重い物、それはこちらを向いて横になっていた三条さんの腕だった。
片腕は肘枕をしていて自らの頭を支えているけれどもう一方の腕は、と言うか手は、私の口を。鼻まで塞がれそうになって身じろぎをすれば三条さんの向こうで一人、小さく丸くなっている白い猫が――たまちゃんが寝ているのが見えた。
寝かせてあげたいならあなたがそこを退いて、たまちゃんをこの布団の上で寝かせてあげて……が言えずにあろうことか三条さんは私の口を塞いでいる指先を曲げて器用に唇と合わさっている歯列をこじ開ける。
歯を当ててしまったら、と遠慮して……たまちゃんを起こしてしまうのも忍びなくて、口の中に入って来る指先を拒めない。
「っふ、う」
私の舌を探す指。
これ、なんなの、と翻弄される。
しまいには指が増やされてまるで、男女の夜の営みの疑似行為を口でされているようだった。
「あ……ッぐ」
駄目、息が上がってくる。
体も熱くて、私の“知っていること”が頭の中で再生される。
どうしよう体が、と思った時だった。
悠長に肘枕をしている人が私の耳にふ、と低く息を吐いたせいで私の体は悲しいかな、軽く上り詰めてしまった。
指で、口の中を引っ掻き回されただけで私は……甘い疼きに体が震えてーー隣で目を見開いて驚いている三条さんがいた。
「お前、今……俺は暇潰しの軽い遊びの、つもりで」
私に今、この人の端正な美貌を引っ叩ける力があるのならどうか神様……この破廉恥極まりない人を叩くのを御赦し下さい。
・・・
たまちゃんに背中を流して貰っている。
私が起きて、お風呂にも入れることを一番に喜んでくれたこの子の横で私はさっき、とんでもない事態に陥っていた。
それもこれも全部、三条さんのせい。
神社に参拝していた私を神隠しの如く攫い、戸惑う私をからかって、そのせいで勘違いをした私は体を衰弱させ――真相を知って回復してきた口に今度は指を突っ込んで、掻き回して。
「すず子さま?」
長く寝ていたのに不思議と体は汚れていなかった。
「たまちゃん、色々と面倒を見てくれて……ありがとう」
「そんな!!たまはお役目をはたしただけで、すず子さまが元気になられてうれしいです」
手ぬぐいで背中をさすってくれている声が弾んでいる。
その優しい手に私はふと、あの酷く歪んだ意識のなか、誰かに手を上げてしまった事を思い出す。
「たまちゃん、私……っ」
石鹸の泡がついた体のまま背後のたまちゃんに向き直って手ぬぐいを握っている手を取り、傷になっていないか確かめる。
あの時、体が痙攣したみたいになって自分でもどうしようもなく、羽交い絞めにされた恐怖から払い退けようとして誰かの腕を爪で強く引っ掻いてしまった記憶が蘇る。
「私、たまちゃんの肌に傷を」
「たまに?」
たまはぜんぜん、何にもないですよ、と言われてまさか、と思う。
「もしかして三条さん、に」
「すず子さま、大丈夫ですよ。国芳さまは気にしてなどおられません。子猫のひっかき傷だ、とおっしゃってましたし……あ、これしゃべっちゃいけないおはなし……」
肩から力が抜けてしまった。
いくらあの人が悪いとは言え、って子猫と言う比喩はやめて欲しい。
でも本当に、傷つけてしまったなら謝らなくてはいけない。
だって、相手は神様の御使い。
そんな人に人間の私が傷をつけたなんて本来は罰当たりとかじゃ済まされない。
「もし、すず子さまが気に病むようでしたらお呼びしますか?今の国芳さまならすっ飛んできますよ」
お会いになるなら体を磨いておきましょう、とたまちゃんは張り切って私の体を洗い始める。違う、そうじゃないの、と私はまた、言えなくて。
(かたい……)
猫のたまちゃんは柔らかくて、毛もすべすべだったけれど今、私の指先が感じているのは明らかに違う質感。
「ん……」
それに思ったより重い。
「ああ、起きたか」
耳元に低い声。
叫びだしそうになる口が大きな手で塞がれる。
「まだ寝ていろ。玉を寝かせてやりたい」
私の体の上にあった硬くて重い物、それはこちらを向いて横になっていた三条さんの腕だった。
片腕は肘枕をしていて自らの頭を支えているけれどもう一方の腕は、と言うか手は、私の口を。鼻まで塞がれそうになって身じろぎをすれば三条さんの向こうで一人、小さく丸くなっている白い猫が――たまちゃんが寝ているのが見えた。
寝かせてあげたいならあなたがそこを退いて、たまちゃんをこの布団の上で寝かせてあげて……が言えずにあろうことか三条さんは私の口を塞いでいる指先を曲げて器用に唇と合わさっている歯列をこじ開ける。
歯を当ててしまったら、と遠慮して……たまちゃんを起こしてしまうのも忍びなくて、口の中に入って来る指先を拒めない。
「っふ、う」
私の舌を探す指。
これ、なんなの、と翻弄される。
しまいには指が増やされてまるで、男女の夜の営みの疑似行為を口でされているようだった。
「あ……ッぐ」
駄目、息が上がってくる。
体も熱くて、私の“知っていること”が頭の中で再生される。
どうしよう体が、と思った時だった。
悠長に肘枕をしている人が私の耳にふ、と低く息を吐いたせいで私の体は悲しいかな、軽く上り詰めてしまった。
指で、口の中を引っ掻き回されただけで私は……甘い疼きに体が震えてーー隣で目を見開いて驚いている三条さんがいた。
「お前、今……俺は暇潰しの軽い遊びの、つもりで」
私に今、この人の端正な美貌を引っ叩ける力があるのならどうか神様……この破廉恥極まりない人を叩くのを御赦し下さい。
・・・
たまちゃんに背中を流して貰っている。
私が起きて、お風呂にも入れることを一番に喜んでくれたこの子の横で私はさっき、とんでもない事態に陥っていた。
それもこれも全部、三条さんのせい。
神社に参拝していた私を神隠しの如く攫い、戸惑う私をからかって、そのせいで勘違いをした私は体を衰弱させ――真相を知って回復してきた口に今度は指を突っ込んで、掻き回して。
「すず子さま?」
長く寝ていたのに不思議と体は汚れていなかった。
「たまちゃん、色々と面倒を見てくれて……ありがとう」
「そんな!!たまはお役目をはたしただけで、すず子さまが元気になられてうれしいです」
手ぬぐいで背中をさすってくれている声が弾んでいる。
その優しい手に私はふと、あの酷く歪んだ意識のなか、誰かに手を上げてしまった事を思い出す。
「たまちゃん、私……っ」
石鹸の泡がついた体のまま背後のたまちゃんに向き直って手ぬぐいを握っている手を取り、傷になっていないか確かめる。
あの時、体が痙攣したみたいになって自分でもどうしようもなく、羽交い絞めにされた恐怖から払い退けようとして誰かの腕を爪で強く引っ掻いてしまった記憶が蘇る。
「私、たまちゃんの肌に傷を」
「たまに?」
たまはぜんぜん、何にもないですよ、と言われてまさか、と思う。
「もしかして三条さん、に」
「すず子さま、大丈夫ですよ。国芳さまは気にしてなどおられません。子猫のひっかき傷だ、とおっしゃってましたし……あ、これしゃべっちゃいけないおはなし……」
肩から力が抜けてしまった。
いくらあの人が悪いとは言え、って子猫と言う比喩はやめて欲しい。
でも本当に、傷つけてしまったなら謝らなくてはいけない。
だって、相手は神様の御使い。
そんな人に人間の私が傷をつけたなんて本来は罰当たりとかじゃ済まされない。
「もし、すず子さまが気に病むようでしたらお呼びしますか?今の国芳さまならすっ飛んできますよ」
お会いになるなら体を磨いておきましょう、とたまちゃんは張り切って私の体を洗い始める。違う、そうじゃないの、と私はまた、言えなくて。
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