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第二話、揃いの花

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 宗君、と私は小さい頃から彼を呼んでいた。私を慕ってくれていた彼はいつしか私よりうんと背は高く、体も大きくなって……私より、私なんかより。
 久しぶりに会ったからか、夕食の時間は楽しかった。今の宗君は実家の組では既に若頭の地位を持っていて私のように経営とか実務的な事よりも人付き合いの方が多い。社交の場にもお父様である組長の代行として……若くして、政財界でも彼の顔が既に知られ始めているのも知っている。

 それでも私の脳裏にはまだ、人懐っこい男の子の面影が残っていた。
 小さい時の二歳差は大きい。小学生と中学生、高校生と大学生……でもいつからかその差は無くなる。それがちょうど今頃なのだろうか。

 お互いに、良いお酒を程々に飲みかわせる年齢。

 私の、許婚。
 言い方を変えれば、政略結婚による婚約者。
 兄弟盃を交わした仲の良い父親たち、一方が一人娘で一方が一人息子、組織の繁栄……それなら二人を惹き合わせてしまえばいいなんて、まったくいつの時代の話なんだか。

 だから私も躱して来た。

「撫子さんはそのままベッドで寝て下さい。俺は隣の居間で寝ときます」

 湯上りの宗君がベッドルームの大きなベッドの上に座ってぼんやりしていた私を探して、声を掛けてきた。

「これが狡い言葉なのを承知で……宗君は、私の事どう思う?」
「は、え……いや、それは」
「父親たちが勝手に決めた話だし、私もずっとそれを躱して来た……でも、こんな事をされて……なんだろう、ちょっと疲れちゃったかな」

 これは歳のせいなのだろうか。
 彼はまだかろうじて二十代、顔立ちも良いし女の子の一人や二人いてもおかしくない。だから、私じゃなくても良い。

「紙面上での婚姻関係にして、宗君は好きな女の子と暮らした方が良いと思うの。今どきこんな、本当に……父の不躾な振る舞いをどうか」

 座っていたベッドから降りてフローリングに膝をつき、詫びを入れようとした私の肩が掴まれる。

「俺は、撫子さんが良い」

 ぎし、と私の肩の関節が軋むほど強く掴まれてしまい立ち膝のまま体が動かなくなる。
 そして深く屈んでいる彼の浴衣の隙間から見える極彩色の関東彫りの入れ墨が私の視界に入った。花模様が入っているけれどそれは、鮮やかな赤い撫子の花々。

「これ……どう、して」

 かろうじて動く肘から下、指先で彼のその意匠を示す。

「惚れた女性の美しい名を刻んだんですよ」
「そんな」
「俺はずっと、撫子さん一筋なんです」

 だからどうかそんな事をしないで、と彼も膝を付いてしまう。

「俺の事、嫌いですか」

 撫子の意匠から顔を上げて彼の表情を伺う。
 いつから、そんな表情をするようになったのだろう。少し疲れている目元、それでも私に優しい言葉を掛けてくれる唇。

 肩を強く掴んでいた手がする、と降りて……私の両手を握ってくれる。

「……嫌い、じゃない。でも」

 でも、だって。
 言い訳が私の心の中で渦を巻く。

「撫子さん、悲しい顔をしないで」

 ぎゅ、と宗君の指先に力が入る。

「立場上、私がはっきりさせなきゃならない事だと分かっていて……逃げていた。宗君には決められた私じゃない、もっと良い子と付き合って欲しかった」

 それなのに彼は今、私に好意を向ける。
 鮮やかな赤い撫子を胸に散らし……私はそれを受け入れてもいいのだろうか。

「撫子さん、これ」

 私の胸元からも少し見えていたらしい白い色。
 自分の名を示す撫子の花の白一色の入れ墨。
 誰にももう、見られる事はない――誰の物にもならないと決めた時に彫った物を見た宗君は言葉を探しているようだった。

「綺麗だな……白、撫子さんによく似合う」

 またぎゅ、と彼の手が私の手を……さっきから全然、離してくれない。

「宗君は、私で良いの?」

 ほんの少し、年上の私。

「誰の為に彫ったと……ああでも、」

 お揃いですね、と笑った彼が私の体を抱き締めてしまう。
 体の大きな宗君に初めて抱き寄せられ、お風呂上りの彼の体温で私の体も熱くなってしまう。それに、彼が思い切り私を引き寄せるように抱き締めたものだから私の体にその、彼のちょうど足と足の間にある、もの、が。

「宗君、ちょっと、そう、く」

 私の言葉が上ずり、止まる。
 すりすりと、浴衣と羽織りの上から擦りつける動作をされてしまって私はもがこうにもあまりにも体の大きさが、筋肉量が違い過ぎて宗君の熱から逃れられない。

 耳元で吐息だけで喘ぎだす宗君に私はなすすべがない。

「好き……撫子さん、好き」

 分かったから、ちょっと待って欲しい。

「撫子さん、良い匂いがするから、これだけでイキそ……ッ。スキン持ってないし、撫子さんにナマでするわけにはいかないから、ね、俺……それだけは、駄目だから」
「落ち、ついて。そのまましたら浴衣まで汚しちゃう、から」

 一旦離れて、そこに座って、と私は彼をベッドに座るように誘導する。

「撫子さん?」
「手で良いなら、してあげられるから」

 彼の浴衣の裾をよけて、もう下着の中で大変な事になっている膨らみを撫でる。

「ま、って、ソレ駄目だ、触られただけで」

 それは不味い、と私も男性にこう言った事はした経験がなかったけれどやり方ならいくらでも分かっている。むしろそんな店を裏のオーナーとして経営して……喘ぐ彼を見上げたら目と目が合った。

「宗君は、どこが好き?」

 私を好きだと、性愛を主張する熱い塊に直に触れる。
 もう先端からは止めどなく透明な体液が漏れ出ていて、本当に彼が言う通りに少し触っただけで出ちゃうかな、と優しくその濡れた先端を撫でてあげる。

 びくびくしてる、と思ったのも束の間。
 息を張りつめさせた彼は呆気なく私の手の平に熱く迸る情熱を出してしまった。それくらい、私で感じてくれていたのだと思うと嬉しいけれど。

 ちょっと放心状態になっている宗君。私は自分の手をティッシュで拭って彼のその熱の事も、と優しく触れようとしたら。

 がっちりと掴まれた手首。

「撫子さんの手に、俺は」
「私は気にしてないから……あ、でも宗君が嫌「な訳無い。滅茶苦茶気持ち良かった」

 それなら良かったのだけど。
 でもその掴んでいる手は一体。

「絶対に挿れたりしないから、撫子さんも気持ちよくなって」
「え、あ……う、うん……っ、あ」


 それが、私と宗君の想いが重なった日だった。
 彼はちゃんと私の体を大切にしてくれて、本当に私たちは二泊三日を二人で過ごした。それはそれは濃く過ごした……挿れもせずに。

 これはそう、十二月の中旬の話。

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