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単話 『千代子とチョコ(バレンタインデー話)』

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 バレンタインデー当日。
 さも当然のように早く仕事を切り上げて来て夕方五時には自宅に到着していた司の手には革のビジネスバッグと大きな花柄の紙袋が提げられていた。

 いつものように「ただいま」と「お帰りなさい」の挨拶を交わす二人。
 早い帰宅を承知していたので既に夕飯の支度を始めていた千代子はキッチンの中にいたが司が手にしていたその紙袋の中身が気になっていた。

 キッチンカウンターには司からのリクエストを受けた大人な味のビターなナッツ入りのチョコレートケーキがケーキクーラーに乗せられて冷まされている。

 実際、モテる人と言うのはどれくらい貰うのだろうと最早切なさを通り越して興味すら抱いていた千代子は少し背伸びをするように司がダイニングテーブルの上に置いて行った紙袋の中身を見ようとする。
 そのテーブルの隅には二人で摘まんでいる千代子が買って来たチョコレートがちょうど半分くらいになっていた。

 手を洗い、身軽になってリビングにやって来た司は「ちよちゃんには申し訳ないんだけど」との前置きをする。

「大丈夫ですよ、どんな物を頂くのか興味があって」

 それがね、と司は花柄の紙袋の中身を幾つも取り出す。
 やっぱりすごいな、と千代子が思っていれば司はとんでもない事を言い出した。

「これ全部、松戸からなんだよね」
「は……え?松戸さん?」
「ちよちゃんにって」
「私に?!」

 司がダイニングテーブルに並べた六箱。
 どれもこれも高そうな物ばかりで目を丸くさせている千代子に司は「たまたま彼と懇意にしている人が輸入代理店の社長をしていて」といきなり規模の大きい話を始める。

「今日、お土産で紙袋一杯貰ったそうなんだけどちよちゃんが好きそうなのを松戸が見繕ってくれてね。横の繋がりと言う物のお陰か、松戸はあの性格だし方々に顔が広くて。去年だかに話をしている内に今回のバレンタインデーの催事の斡旋に繋がって……それこそ相手側もかなり良い結果シノギになったみたい」

 そのお礼も兼ねて商品を持ってきてくれたそうなんだ、と説明をしてくれる司だがどこか不服そうにしている。

「私も今日はちよちゃんにチョコレートを、と思っていた矢先に松戸に先を越されてしまって……流石にこれ以上はちよちゃんも私も食べられないし」

 本当は千代子にきらきらのお土産の一つも買って帰りたかった司はチョコレート六箱、いくら中身が高価で数粒しか一箱に入っていないとは言え健康面を考えてしまう。自分はまたいつでも千代子に甘い物や美味しい物を贈れる、と言う事でチョコレートの購入は諦めてしまっていた。

 でも、と千代子は紙袋を畳んでいる司を見る。

 司は貰ってきていないのだろうか。
 こんなに、素敵な人なのに。

「ちよちゃん?」

 生チョコレートがあるから冷蔵庫にしまおう、と手にしていた司が少し唇をきゅっとさせている千代子に不思議そうな表情をする。

「あの……司さんはどなたからかチョコを」
「私?」

 直ぐににこ、と笑った司は自らの左手薬指に光る指を見る。

「私にはちよちゃんがいるし、その前から断っていたしね」

 離れてしまう前、まだ学生時代のあの日。
 中学生だった千代子が渡してくれた小さな包みの思い出……本当に、それだけが司の唯一の受け取ったプレゼントだったのだと千代子本人は勿論知らない。

 今の司にはもう、千代子が自分のリクエストに応えて焼いてくれたチョコレートケーキがある。

 つまり司は自分がいるから、と誰からもチョコレートなどの贈り物を受け取っていないと知った千代子はぽっと頬を赤らめる。

 俄かに色付いてしまった頬、後ろを向いてちょっと隠そうとしている千代子が可愛い。どうやったら耳まで赤くなるかな、と考えてしまう悪い司は生チョコレートを冷蔵庫にしまうと「手伝うよ」とキッチンカウンターに置いてある小さな木皿のリングトレーに自分の指輪を外し、既に置いてあった千代子の指輪の隣に並べ置く。

 すると足元の低いチェストからフライパンを取り出そうとしている千代子の少し髪に隠れていた耳元がきらりと光った。

 彼女の仕事は在宅、出掛けたりしない限りいつもは素のままが多い柔らかな耳たぶに先日、司が自ら選んでプレゼントをしたピアスが付けられていた。

 今日は一日、家にいた筈なのに。
 彼女の無垢な愛情表現にいつも心を奪われる。

「私は駄目な男だな……」
「どうしたんですかいきなり」
「うん、ちよちゃんにはかなわないな、って」

 耳を赤くさせたいなどと打算な下心を千代子によって呆気なく打ち抜かれてしまった司の落ち込んでいる様子に「やっぱり座ってお茶しますか?チョコケーキ切りましょうか?」と心配してくれる優しい千代子。
 ケーキは食べたいが、と思いつつ「大丈夫。だけど少し早めの夕飯にしよっか」と司は提案する。

 キッチンに並んで夕飯の支度をする。
 二人で暮らすことの充実感を千代子も司も、今日もいっぱいに感じていた。


 おしまい

 (どうしてもバレンタインデー話書きたかったんです……!!)
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