R18『千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~』

緑野かえる

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単話『ハロウィーンのその前に』

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 司からの提案を思い切って飲んだ千代子。
 まだ二人の内での約束、と言う段階ではあるが殆ど結婚生活と変わらない日々。特に千代子の両親に一人娘との正式な婚姻関係を築きたいと伝えるには司も全ての事を片付けてから、と考えていた。

 そうと決まればお買いもの、と司にさりげなく促された千代子は浪費をするような気質ではなかった為にスカートだけ新調して、ストッキングも少しいつもと違う物を、と考えていた。きちんとした場ならサロンでメイクと髪をお願いして、と準備をする。


 気晴らしと言うか、ばたばたしていて抱いていた心配事を少し忘れる事が出来ていた。
 当日、駅前のサロンから直接、会場である都内のホテルに向かった千代子はもう到着していると言う司の姿を探そうとしたが相手は背の高い司。人混みの中でいざ、辺りを見回そうとしているフォーマルな装いに身を包んだ千代子をすぐに見つけて「ちよちゃん」とそっと声を掛ける。

 しっかりとサロンで整えられてきた姿に「今日は千代子さん、かな」と優しく笑い掛けてくれる司に目を丸くする千代子。ずっと「ちよちゃん」と呼ばれ慣れてしまっていた耳をくすぐるイレギュラーな呼び方。
 時々、二人の夜の時間に苦しそうに余裕の無さから「千代子」と呼び捨てられ――背筋がぞくぞくとしてしまった時の事を俄かに思い出してしまった。

 なにも今、こんな時に思い出さなくても。

「主催が製菓関係の人だから、商品のサンプルとかちよちゃ……千代子さんの好きそうな物も沢山並んでいると思うよ」

 す、と腰に手を添えて千代子との親密さを周囲に見せつけるようにエスコートをする司の魂胆。自分には素敵な女性がパートナーとしているのだと千代子に悟られない程度に見せつける。
 今日だってこんなに綺麗で、可愛い人……人の目が無かったらべた褒めしている所を流石に場を弁えた司と――そんなこと、露ほど知らない千代子はヒラ社員だった会社員時代とはかけ離れた役員級、経営者が集まるその場の空気に圧倒されていた。
 それはもう肌がひりひりするくらい。

「すごいですね」
「今日は規模が大きいからね」
「いつも私、送り出してばかりだったので……そっか、こんな感じで」

 千代子は司の仕事の邪魔にならないように終始にこにこと愛想よくしているだけで限界、司は司で「私のパートナーです」としっかりと言い切って物珍しそうに千代子を見てくる相手に説明をしていた。
 終わる頃にはもう、殆ど放心状態になっている千代子がいた。ちょっと刺激が強かったかな、と司は思ったが「千代子さん、帰ろっか」と声を掛ければ慣れない呼ばれ方にまだ目を丸くさせながらも小さく頷く姿があった。

 帰りのタクシーの車内でも借りて来た猫のようにお行儀よくバッグを膝に、手を揃えて座っていた千代子。
 その指先はずっと緊張が解けていないようでぎゅ、とバッグを握ったままだった。


 部屋に戻ってこれたものの先に上がらせた千代子が少し足元を気にする仕草をした事に違和感をもった司がその足に視線を落とす。
 そして薄い色のストッキングに包まれているかかとが両方とも、擦れたように赤くなっているのを司は見つけてしまった。千代子用のふかふかのルームシューズと細いかかとの対比で、とても痛々しいように司には見えてしまう。

 どうして言わなかったんだろう。
 痛みと言うか、それはもう怪我だと言うのに。

「ちよちゃん、待って」

 急に呼び止められて不思議そうな顔をしている千代子。

「お風呂、出る前に沸かしておいたのですぐに沸くと……」
「靴擦れ大丈夫?」
「あ、え……はい、これくらいなら……靴擦れ用の貼る物は持っているのでお風呂から出たら貼ろうかな、って」

 千代子の気晴らしになるかと思って誘ったのに、疲れさせてしまったどころか足に傷まで。

 いつもと違う靴とストッキングだったからかな、と本人はそこまで気にしていない様子だったが司は大好きな……焦がれた程に愛している千代子に自分のせいで傷を、と深刻に悩み始めてしまう。
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