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11 虎治がニット着てる
しおりを挟む二人だけの車内、二人だけの話。
本宅に乗り付ければ若い衆がやって来てあっと言う間に荷物を運んじまう。親父が帰宅される前に俺と千鶴さん、つまみ食いをしたい奴やおかみさんと台所に立つ。
時間が経てば親父が帰宅され、挨拶に出向く。
相変わらず厳しい方だが……俺の背後に一緒に付いてきちまった千鶴さんを見る顔は父親の表情、だったかもしれない。
その日は遅くまで近しい客や部屋付き、側近たちで忘年会が行われた。飲んで、食べて、笑っている千鶴さんを見ていた俺は送迎があったため、流石にアルコールは口に出来なかったが気分は良かった。
「虎治、いつもすまねえな」
親父の言葉は、父親の言葉だったんだろう。
頭を下げるばかりの俺に笑って……千鶴さんが仰っていた話の真実味が増す。
俺の嫁さんに千鶴さんを、と。
大切な娘さんなのは俺も良く分かっている。何年も親父の近くにいさせて貰ったんだ。だから……預けて、くださるんだろうか。
千鶴さんは芯のある、筋の通った素敵な女性ですから……来るべき時に伝えられるように俺、は。
「とら~お手拭きある~?」
俺はこの声に弱い。
ワイワイ、ガヤガヤ、と騒がしい広間でも千鶴さんの声に俺は反応する。
◇ ◆ ◇
おかみさんから「遅くまでありがとうね」とあらかじめ分け、冷蔵庫に入れておいてくれたらしいおかずの入った包みを頂く。それに「千鶴の分はこっちだから」と少し小さな包みも一つ、預かった。
今夜は無礼講。酒を飲んでたらふく食った若い衆と親父は早々に転がっちまって、軽い片付けは酒が飲めねえ奴と飲ませちゃいけねえ一番若い部屋付きとで済ませた。時刻はもう天辺を過ぎて三十一日、大晦日になっている。
「虎治君、千鶴をお願いね」
帰り際、遠隔でエンジンを掛けて車内を暖めつつ、支度をしていた俺に掛けてくださったおかみさんの言葉に「はい」と素直に返事をする。いや、してしまった。そこは「承知しました」だったかもしれねえのにな。
そんな夜から数時間後、千鶴さんからの申し出に寝間着の入ったボストンバッグを提げて部屋に上がらせて貰う大晦日の昼。
俺も俺で浮き足立っていたんだ。だから警戒が緩んでいたのかもしれねえ。
「とら、お母さんにバレた」
小さな玄関。迎えてくれた千鶴さんに軽く息を吸い込む。
「……かも」
「かも、ですか」
「ん。なんか昨日の私たちのことしっかり見てたらしくて、そうなんじゃないか的な探りのメッセージが朝に入って……お父さんには言ってないって。その方が面白いから」
「おかみさん……」
千鶴さんとおかみさんは同じ見解。さすが、母親と娘ではあるが……昨日の内に千鶴さんから一緒に過ごしたいと申し出を受けた俺は今度こそ自分の着替えを持参していた。
「まあ、あの……とら、とりあえず上がって。寒かったでしょ」
予定のない一日を恋人たちはどう過ごしているんだろうか。恋だの愛だの……俺にとっちゃそれらは単なる通過儀礼としてあっただけの、過去のごく短いあれやこれやだ。だがよ、それとこれとは違うんだ。
お邪魔します、と上がらせて貰う。部屋着のゆるい姿をした千鶴さんは俺がクリスマスプレゼントとして贈った一揃えのやつの上っ張りに袖を通してくれていた。
「それ、あったけえですか」
「え……あ、うん。軽くてあったかいから部屋にいる時はずっと着てる」
千鶴さんが笑ってくれるとだめだな、眉尻が下がっちまう。
「昼飯はもう済まされ……食べましたか?」
「うん。昨日お母さんが持たせてくれたの食べた。虎治は?」
「俺も、朝と昼に」
「なんだかずっとバタバタしちゃってたから、今日はお茶しながらゆっくりしよ」
「ええ。お湯、沸かしましょうか」
荷物を置いて、コートを掛けさせて貰う。
「虎治、私服だ」
「は……ああ。そうですね、いつもスーツで」
「ニット着てる」
「薄くてもあったけえですから」
目を細めて俺を見る千鶴さんも眉尻が下がっていた。なんだ、俺と同じじゃねえか。
「虎治の香水、前から思ってたんだけど良い匂い。さっぱりしてて、でも、ふふ……ごめんね、なんかすごい嗅いじゃって」
俺が肩に掛かる化け猫をさらけ出して、夜を過ごしたいと思った女性だ。嗅がれるくらいなんともねえ。むしろ……俺も、あなたのまとう花のにおいが好き、だと。
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