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2 季節は進んで
しおりを挟む時は進んで十二月。
それからと言うもの、お嬢はやはりお一人で気軽に飲みに行くことが極端に減った。
大体が俺や同年代の舎弟とその辺で夕食を済ませたり、あるいはご実家に赴いて会長やおかみさんのみならず部屋付きの若い衆など皆を交えて飲んだり。お嬢なりの息抜き、と……居酒屋で意気投合した軽い繋がりの飲み友達だったとは言え、ご友人が離れてしまった寂しさを一時的に埋めているようだった。
それにもいつしか気を使っちまったのか、俺すらも呼ばずに一人で仕事帰りに飲んでいたらしいお嬢を繁華街まで迎えに行く。
「とら~」
「ちょっとお嬢、飲み過ぎですって……一人酒は良くねえ、と……会長とおかみさんは今日からご旅行でいねえってのに」
「おうちに送って」
「そりゃあ確かに俺の役目ですが」
「だって虎治は私に手をださない、でしょ?」
「はいはい」
聞き流してやりながらお嬢のマンションまでいつものように送り届け、扉にロックが掛かるのを見届ける筈だった……のに、お嬢の細腕が俺のダークスーツのジャケットを掴む。いや、指先だけで摘まんでいる。
「虎治、お風呂から上がるまで部屋にいて」
まあ、酔っぱらいの風呂はあぶねえ。いつもだったらおかみさんがいらっしゃる本家の方に送りゃ良いんだがあいにく不在。俺の車でお嬢を送ったから他の舎弟もいねえ。
家族みたいなモンだろ、と俺も思っていた。会長、親父とは親子盃を交わしているし……正直、誰も会長の娘さんに手を出すなんざしねえと思う。ヤッたら最後、地獄行き。それにそもそも、嫌がる女性を無理矢理手篭めにするなんざ下郎のすることだ。
だがよ、俺も本当は知ってンだよ。
千鶴さんの目付け役になってから……俺がいねえ所で他の連中から会長の娘とヤり放題だのなんだのと言われていることくらい。でも会長やおかみさんは俺を信じてくれている。お二人の懐の広さもあるが俺がどんな人間か、知ってくれている。
そう、俺はともかくその汚い噂は千鶴さん自身を侮辱していることに気付いていねえ奴らのなんと多いこと……。
「とら、ずっと玄関にいたの?!」
ふわ、と良い匂いがして振り向けばお嬢は寝巻きのなんだ、タオルみてえな生地の上下を着て立っていた。
「少し、お茶しよ」
「……ですが」
「ね、ちょっとだけ。お願い」
俺はお嬢の押しにすこぶる弱い。
玄関前のスペースに突っ立っていた俺を部屋の奥に引き入れるお嬢は「最近、美味しいほうじ茶見つけたんだ」と湯を沸かそうとする。
「俺がやりますから、お嬢はまず髪を乾かしてきて下さい」
ただでさえ酔っ払いに火を扱わせるなんざ。
「わかった」
キッチンと洗面所のごく短い動線。素足のお嬢がドライヤーで髪を乾かす音を聞きながら俺はキッチンで湯を沸かしながらも手持ち無沙汰になって、不躾ながら部屋を見渡す。
送り届ける時にちら、と見えていた部屋は綺麗にされていて、お嬢が普段つけている香水の薄い残り香が少し。そんな部屋の奥の、洒落た間仕切りの向こう側にベッドとドレッサーがあった。
こちら側、キッチンがある方には間仕切りを介してちょっとした仕事が出来るようにデスクがあって、リビング部分にはくつろげるようにラグとソファーに……。
「乾かしたよ」
カウンターに置いてある茶筒を手にしたお嬢は俺のとなりで本当に急須の蓋を開けて茶葉を入れて、と用意をし始める。
「さ、虎治もお仕事おしまい。座って」
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