1 / 15
1 ちづるの告白
しおりを挟む「私、まだ誰ともしたことがなくて」
――季節は冬、十二月に入ろうとしていたころ。関東広域連合会、三代目会長の一人娘……お嬢と呼ばせて貰っている女性の秘密を俺は知ってしまった。
「虎治はカッコいいからモテるでしょ」
ふふ、と笑ったお嬢は――千鶴さんは大学を卒業して稼業を継がれた。俺はそんなお嬢にチャラいクソ虫がつかないようにとの会長命令でここ半年ほどそばにいさせて貰っている。俺とて、もとはお嬢の父親である大任侠の鷹宮誠と親子盃を交わした正式な鷹宮一家の……今は連合本部の構成員だ。
出世街道に乗り気じゃなかったのが裏目に出たのかお嬢のドライバー兼お目付け役になってしまった。
◇ ◆ ◇
今夜のお嬢はご友人たちと六本木まで飲みに出ていたんだが控えていた俺に電話が掛かってきたのは小一時間ほど前のことだった。
『虎治、助けて』
二十四時間待機の俺の耳に入ってきたのはごく短い、切羽詰まった声。どうやら手洗い場から掛けていたようで俺はお嬢が会長から持たされている位置情報を知らせるタグへアクセスをし、会長にもお嬢から火急の知らせが入ったと直に伝えた。
――そして今、俺はお嬢が生活をしているマンションに上がり込んでいた。
お嬢は女性のご友人たちと飲んでいたのだが悪いクソ虫どもにしつこく絡まれ、どうしようも出来なかったらしい。お嬢は一見、堅気の仕事をしているようだが実のところその会社は……だ。ご友人たちはお嬢の素性を知らない。だから最後の最後、切り札として俺を、鷹宮の者を呼んでくれた時には覚悟を決めていたらしい。
俺が、俺たちが出ていって男どもを恫喝してしまえばお嬢はヤクザと何かしらの濃い付き合いがあると発覚してしまう。気楽な、一般人のご友人たちを騙していたとバレてしまう。
それでもお嬢はご友人たちを守る為に腹をくくった。
「虎治はもうお酒飲んでも大丈夫な時間?」
「一応は……ですがお嬢、俺はもう上がらせて」
「もう少し居て貰っていい、かな……」
困ったように笑っているお嬢は「お父さんには内緒にするから」と言う。
やはりお嬢個人のマンションではなくご実家に送り届けた方がよかったんじゃねえだろうか。こんな事態、滅多にありはしないが「缶チューハイしかないんだけど」とグラスを用意してくれるお嬢はリビングのラグの上に座していた俺に「しかも季節限定の佐藤錦味」と。
ソファーに座り、ポツポツと話をしてくれるお嬢は言う。
「年甲斐もなく、怖くなっちゃったんだよね」
「ンなこと……当たり前ですよ。野郎共には明確な加害の意思があった。持ち物をさらったらドラッグが出てきたようですからどっかにケツモチがいるやもしれません」
誰に手を出そうとしたのか知ったら相手のケツモチは震え上がるだろうよ。
「そのドラッグってやっぱり」
言葉にはせず、頷くだけにした俺。それは……お嬢の顔色があまりよくなかったからだ。ワンルームとは言え広く、明るい部屋。やっぱり上がり込んじまうのは良くねえが、甘い缶チューハイ一本くらいならいても良いか、とあくまで目付け役として割り切る。
「私、まだ誰ともしたことがなくて……そっか……でも虎治がすぐに来てくれて良かった」
いきなり何をお話に、とは思ったが。
いや、でも……そうなのかもしれない。お嬢の育った環境を考えても同年代の男との接触が多くなったのは本当にここ数年か。大学も女子大でそりゃあそれなりの交流もあっただろうがやはりお嬢自身、自らのお立場を考えていてのことなのだろう。堅気さんに迷惑はかけられねえ、と。
「虎治はカッコいいからモテるでしょ」
「いや、俺は」
それに、そう言った男女の仲に遅いだの早いだのは今の時代あまり深刻に考えなくとも良いことだ。自分の体を大切にすることは何も悪かねえ。
「ねえ、虎治……」
すとん、とソファーから滑り降りて俺の前に膝を付いたお嬢の、千鶴さんが付けている何かの花の香水が俺の匂いと混じり合い……そうになって体を引いた。
「お嬢」
「千鶴って呼んで」
俺のスーツの肩に手を掛け、身を乗り出そうとする。だがその手に力は込められてなく、あまりにも頼りない。何よりも、千鶴さんは泣きそうになっていた。
「……虎治、どうしよう……っ、なんか、わたし……変だ、よね……怖かった、のに」
「明日の朝、ご実家に向かいますか」
「ん……そ、しよっかな。やだな、もう……虎治、優しいから……わたし、虎治にひどいことしそうになっちゃった……」
怖かったんだから、心が乱れたのだろうよ。
誰にでもあるさ、と俺は「今夜はもう風呂入って寝ちまってください。また明日の朝に迎えに来ます」と伝えれば自然と掛けられていた手は離れ、短く頷かれた。戸締まりを確認し、責任をもって会長に明日はそちらへ向かわせることを報告した。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
愛し愛され愛を知る。【完】
夏目萌(月嶋ゆのん)
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。
住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。
悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。
特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。
そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。
これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。
※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】


包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる