星のプランツガーデン

森野ゆら

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7章

夕日のひまわり畑

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 すっかり夕暮れの帰り道。
 大通りは帰宅途中の学生や大人、親子連れで混みあっている。
 校門からここまで。すばるはなぜかずっと無言だ。
 疲れてるのか? 今日はたくさんの人に気をつかっていたしな。
 銀行の角まで来て、私は足を止めた。

「じゃあ、私はこっちだから」

「う、うん。……あ、里依ちゃん」

 すばるがカバンの持ち手にきゅっと力を入れて、私を見つめた。

「あ、あのっ。家まで送るよ」

「別に送らなくても一人で帰れるが?」

 まだ暗くもないし、人通りも多いから大丈夫なのに。
 すばるはまた、何を心配してるんだろう?

「うん。だけど……ぼくが里依ちゃんのこと、送りたいから」

 いつになく強い口調のすばるに、私は目をパチパチさせた。

「行こう」

 すばるがずんずん歩いていく。
 うーん。なんだ? 急に怒ったのか?
 背中を見て首をかしげると、すばるがくるりと振り返った。

「あの……さ。り、里依ちゃんって風斗と……その、仲いいよね?」

「え? 仲いい?」

 きき返すと、すばるは目を泳がせながら、頬を赤く染めた。

「さっきも……風斗が里依ちゃんの頭を……その、ポンポンってしてたし」

 頭をポンポン? 
 あぁ。そう言えば、さっき風斗の手を頭にのせられてたっけ。

「だから、その、里依ちゃんは風斗のことが……」

 ゴニョゴニョ言って、すばるは下を向いてしまった。
 なんだ? 何が言いたいんだ?
 私と風斗が仲良くしているのが、問題……ってことか?
 しばらく考えて、頭の中で線がピーンとつながった。
 ……はっ。そ、そうか。
 もしかして、私と風斗(リーダー)が上司と部下の関係だってことに勘づいている!?
 やばい。それはやばい。すばるは疎いと思っていたが、完全に油断だった。
 すばるは何も知らないから、言わないでほしいって、薫教授からも言われてるのに!

「ちがう! ちがうぞ、すばる!」

 全力で否定すると、すばるが目を丸くして顔を上げた。

「私とリ……風斗は特別な間柄ではない! 誤解しないでほしい。そ、それよりも!」

 あわててすばるの手を取った。

「私はっ、これからもすばると一緒にいれることがうれしい。もっと植物のことが知りたい。園芸クラブの仕事もしっかりやる! だから……私のそばにいて、たくさんのことを教えてほしい!」

 じっと見つめながら、すばるの手にきゅっと力をこめる。
 そしたら、すばるのびっくりした顔がみるみる赤くなっていった。

「……うん。分かった。ぼ、ぼくも……里依ちゃんと園芸クラブの活動できるの、う、うれしいよ」

 はにかむように言って、すばるが手を握り返してきた。
 それから私の右手を握ったまま、すばるが歩きだした。

「実は、前から里依ちゃんと一緒に行きたかった所があるんだ。遠回りになるけど今から行ってもいい?」

「あぁ。かまわないが……」

 一緒に行きたいところ? なんだろう?
 大通りを抜けて、パン屋の小道を入り、駅をこえて田んぼが広がる方へ歩いていく。
 帰り道とはまったくちがう方向だ。
 なんだ? すばるはどこに行こうとしてるんだ?
 まったく見当もつかず、ついていく。
 民家の間の小道を出て、思わず立ち止まった。
 そこに広がっていたのは、一面黄色に染まる景色。
 数えきれないほどの黄色の花が、空に向かって咲いている。
 見ているだけで元気が出てきそうな黄色が、ずっと遠くまで続いている。

「この花は……確か……ひまわり?」

「そうだよ。ここのひまわり畑は、毎年すごいんだ。圧巻でしょ?」

 そう言って、すばるは広がる景色に目を細めた。

「こんなにきれいだけど、そろそろ刈り倒しをするんだ。秋のために」

「秋のため?」

「うん。ここ、秋にはコスモス畑になるんだよ。……里依ちゃん、知ってるよね」

「え?」

「実はぼく、転校してくる前の里依ちゃんに、ここで一度会ってるんだ」

 会ってる……だと?
 びっくりして、すばるの顔を見つめる。

「コスモス畑……コスモスって、ピンクや白の花の……?」

「うん」

 ピンクと白の花……あぁ、あの時だ。
 地球に来てすぐ、ふらりと立ちよった花畑。あれはここだったのか。
 だけど、すばるに会ってた? ここで?
 いや、ターゲットであるすばるがいたら、絶対に分かったはずだ。
 ぐるぐる考えていると、すばるが遠い目のまま話し始めた。

「あの時、ちょっと気持ちがふさぎこんでて、ふらっとコスモス畑に来たんだ。そしたら、コスモスを見ながら泣いてる女の子がいて、びっくりしたんだ。ぼくは声をかけられなくて」

 オレンジに染まるひまわりを見ながら、すばるが言葉を続ける。

「帰ってからも後悔してたんだ。何か声をかければ良かったって。あの子、困ってたのかもしれない。何か悲しいことがあったのかもしれないって」

 ……泣いている女の子。それは、まさか私のことを言ってるのか?
 すばるが私の方へと向き直った。

「でも、驚いたよ。その女の子と半年後に再会できたんだから」

 ふわっとほほえむすばるに、私は考え込む。
 あの時、私はすばるには会っていない。
 だって、あの場所にいたのは、親子連れと……

 思い返して、はっとした。
 親子連れともう一人。ぶつかった青いキャップ帽の子。
 まさか、あれがすばるだったのか⁈
 そうだ。すばるの部屋にいたクマのぬいぐるみ。
 あのぬいぐるみがかぶっていた、青い帽子。
 どこかで見たように思ったら、あの時すばるがかぶっていた帽子だったのか!
 気がついて、ふーっと力が抜ける。
 まさか、地球に来てすぐ、すばるに会っていたなんて。
 信じられなくて、すばるの目を見返す。それから思った。
 すばるは、そんな時から私を気に留めてくれてたのか……

「……私は一人だと思ってたが、そうじゃなかったみたいだな」

「えっ?」

 きょとんとしたすばるの顔に、自然に笑みがこみあげてくる。

「ありがとう、すばる」

 涼しい風が吹いてきて、ひまわりがゆれる。
 青空を残した夕焼けの空と一面の黄色と緑。
 すうっと息を吸い込んで、思った。
 いつかこの美しい地球のように、クロリバ星が緑でいっぱいになりますように。


(おわり)

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