星のプランツガーデン

森野ゆら

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7章

目が覚めたら

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 一面に広がるピンクと白の花。
 風が吹いて、長い茎と細い葉がしなやかにゆれる。

 ……きれい。

 地球に来て、すぐに見た花畑。あの時と同じ風景だ。あぁ、これは夢?
 息をのむほどに美しい花たちに、感動と嫉妬と、おそれを抱いたあの時。
 ずっと見ていたら、今までの考えが覆されそうな気がして、こわくなってその場を立ち去ろうとしたんだ。

 トンッ。

 あの時と同じように、青の帽子をかぶった人にぶつかる。

「すまない」

 それだけ言って立ち去ろうとした時、心の中で何かが引っかかった。
 あの帽子……どこかで……
 思い出しそうになって、がばっと体を起こしたら、

「いたたっ」

 ひどい頭痛に思わず額を押さえた。 

「気がついたかい?」

 声に目を開けると、優しく笑った男の人がそばにいた。

「ひ、日生薫教授……」

 と、そのとなりにいるのは風斗。
 私はベッドにいて、二人が心配そうに私の様子をうかがっている。
 そ、そうだ。
 確か私は、茶谷モエにビーム銃をつきつけられて、覚悟を決めたんだ。
 だけど、急にモエが倒れて、風斗がクロリバ語で話しながら現れた。
 そして、今……薫教授と風斗が目の前にいる。

「こ、ここは……?」

 混乱でおかしくなりそうな頭を押さえると、薫教授が優しくほほえんだ。

「私の家だよ。安心しなさい」

 薫教授の家? ってことは、イコールすばるの家ってことで……

「リィが公園で倒れたから、近くのすばるの家へ運ばせてもらったんだ」

 風斗がクロリバ語で言う。

 ……やっぱり、風斗がリーダーっていうのは、現実なんだ!

「あの、薫教授……」

「話は君のリーダーから全部聞いてるよ。な、風斗くん」

 薫教授が話した言葉に、私は目を見開く。
 だって、薫教授が話したのは……

「クロリバ語! どうして、薫教授が話せるんですか?」

「風斗くんに教えてもらったんだよ。ある程度は話せるようになったよ」

 薫教授がふふっと得意げに笑う。
 ど、どういうことだ?
 薫教授が風斗にクロリバ語を教えてもらった? なんのために?

「そうそう。里依ちゃんが提出してくれてた植物の報告書、あれ、よくできてたよ~。毎回風斗くんから読ませてもらうの、楽しみにしてたんだ」

「……は?」

 薫教授が視線を送ると、風斗……リーダーがうなずいた。

「毎回、リィから提出してもらっていた報告書は、薫教授にも一読してもらってたんだ」

「ええっ……というか、風斗がリーダーだなんて、聞いてないです! それに、どうして薫教授と仲良くしてるんですか?」

 薫教授は隕石のかけらを持つ、任務のターゲットだったはず。なのに。

「あー、実は、おれが地球に来た目的は、隕石のかけらを回収することもあったけど、薫教授に会うためでもあったんだ」

「薫教授に会う? そんな……私たちの任務は薫教授が持つ隕石のかけらを奪うことと、植物を絶やすこと……」

「表向きはな」

 リーダーがくしゃっと前髪をかきあげた。

「実は、隕石の中に入っていたデータは、組織の上層部にとって都合の悪いものだったんだ」

「都合の悪い?」

「上層部の者たちは、星の荒れた環境をそのままにしておきたいんだ。自分たちは環境に対応する立派な建物に住んで、裕福な暮らしをして、他の星の民は見捨てる考えでな」

 な、なんだと……
 驚きのあまり言葉が出ない私に、リーダーが続けた。

「だが、地球にある植物が環境を変えると知り、やつらはあせった。いつか植物がクロリバ星にもたらされたら、星の環境が変わり、自分たちの今の地位が脅かされてしまう……と。だから星の民には植物は危険だと刷り込ませていたんだ」

 刷り込ませて……って、私たちはだまされてたのか?
 まさか……星をまとめていた組織のトップに?

「おれたち組織の一部は上層部の考えに疑問を抱き、地球に生息しているという植物の研究を極秘で進めていたんだ。だが、ある日、その長年のデータを上層部の者に奪われた。上層部は破棄するために、岩の中にデータを入れ、宇宙へ放った」

「そ、それがまさか……」

 ふるえる声で言うと、リーダーがうなずいた。

「隕石として地球に到達したデータは偶然、薫教授が入手した。上層部の者たちはあせったようだよ。だって、薫教授は宇宙や環境の研究をしている人だったから。もし、薫教授にクロリバ星の存在を知られたら……って」

 薫教授が「いや~、偶然ってこわいね~」と、ハハハッと笑った。

「だったら、私にもそのことを教えてくれたらよかったじゃないですか!」

「そのつもりだったが……上層部の一員であるモエがここに来ていると分かってな。すばるとリィにも近づいていたし、おれのことも気がつかれたくなかったしな」

「だからって……」

「リィが本当の任務の目的を知って、気持ちや行動に変化があれば、あやしまれると思ってね。悪いが知らないままでいてもらった」

「なっ……私はちゃんとしますよ。本当のことを聞いても何事もなかったように……」

「いや、できないな」

 リーダーがクスクス笑う。

「そんなことないです!」

「いや、モエも言ってただろう? 『日生すばるや植物に情が移り』 ってな。リィはわりと表情や行動に出てるんだよ」

「……?」

 表情や行動に出ている? そ、そんなはずはない……
 ぺたぺたと自分の顔をさわってうつむくと、薫教授が笑った。

「ははっ。いいじゃないか、里依ちゃん。私はそんな里依ちゃんの方がいいと思うよ」

「あの……隕石のかけらは、やっぱり薫教授が持っていたんですか?」

「あぁ、そうだよ。里依ちゃん、私の部屋に入ってたのに、気づかなかったんだねぇ。あの木彫りクマの目にはめておいたんだけど」

「木彫りのクマの目……?」

 そんな分かりやすいところに……! 気づかなかった!

「まさか……私が薫教授の部屋に忍び込むって分かっていて……?」

「うん。里依ちゃんが見つけるかどうか、風斗くんとある意味、賭けをしてたんだけどね」

「なっ……」

 面白そうに言う薫教授の横で、リーダーがくくっと笑った。

「リィがもし見つけてたら、その時点で任務の本当のことを話そうと思ってたんだけどな」

 くうっ。なんだかすごく悔しくて、ぎゅっとシーツをにぎる。

「あと……どうして、リーダーは私に任務をおりろって言ったのですか?」

「あぁ、モエが動き出していたから。そろそろ本当のことをリィにも話そうかと思ってたんだ。だけど、通信機の調子が悪くてな」

 やっぱり、通信機、こわれかけだったのか。
 通信機を出して、じっと見ていると、リーダーが穏やかに笑った。

「ここに来てよかったよ。教授の話を聞くうちに、組織の上層部の『植物が危険』という考えは、まちがいだって確信に変わったし」

「まちがい……」

「あぁ。リィも薄々分かってるんだろ?」

「……はい。植物が星を滅ぼすなんて……ちがうと思います」

「でも、隕石のかけらの情報がなくても『植物は星を滅ぼすものではない』って気づいたんだから、里依ちゃんは大したものだよ」

 薫教授がハハッと笑ってうなずく。

「……それは、すばるが教えてくれたから」

 つぶやいた時、ちょうど下の階からガタッとドアの開く音がして、「ただいまー」とすばるの声がした。
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