星のプランツガーデン

森野ゆら

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5章

雷の音

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「そうだ、今日の社会の授業で……」

 あわてて言いかけた時、
 ゴロゴロゴロ……と雷の音が聞こえてきた。
 心臓がドキリとして、思わず胸を押さえる。

「うわぁ、雷まで。本格的になってきたなぁ。しばらく帰れないね」

 困ったように言うすばるに、私は小さくうなずいた。
 雷の音はだんだん大きくなって、近づいてくる。
 昔、クロリバ星できいたあの音に似ている。
 突然、大地が裂けたあの爆音。
 家族と離ればなれになったあの時の音に……
 ざわざわと心臓の音が大きくなって、勝手に手がふるえてくる。

「あれ? 里依ちゃん、寒い? ふるえてるけど……」

「い、いや。大丈夫だ。なんでもない」

「でも、顔色悪いよ。体冷えちゃったのかな?」

「平気だ。それよりっ……な、なんだこれ?」

 ごまかすように、棚の上に置いてある模造紙を指さした。

「あ、それは今度、理科の授業で発表するものだよ。うちの班、地球温暖化をテーマにしたんだ」

「地球温暖化? 地球は暖かくなっているのか?」

「うん。今さ、ニュースでもよく言われてるよね」

 そうだったのか。勉強不足だ。またニュースをチェックしておかなければ。

「じゃあ、地球は暖かい星になるんだな」

「うーん。でも、それがあんまりよくないんだよね」

「よくない……とは?」

「どんどん温暖化が進んだら、氷や氷河がとけて海の水が増えるんだ。そしたらどうなると思う?」

「地球が海ばかりになる?」

「そう。陸地が少なくなるんだ。そうなると、ぼくたち人間や動物、植物は生きていけない。それに、気候も変わって、台風や大雨が増えて災害が多くなるって言われてる。砂漠が多くなったり、雷が多くなったり」

 砂漠、雷……荒れたクロリバ星が頭に浮かぶ。
 ……ってことは、このまま温暖化とやらが進んだら。
 地球もいずれ、クロリバ星のようになるのか?
 こんなに美しい星なのに。
 なんだか、ガツンと殴られたようにショックだ。
 何も言えずに、雨がふりしきる窓の外に視線をやると、すばるがタオルを机に置いた。

「だけどね。救世主がいるんだよ」

「救世主?」

「うん。それはね……植物なんだ」

「えっ……」

 植物が? 植物がどうして温暖化を止めるんだ?
 驚く私にすばるがうれしそうに笑った。

「植物は光合成するでしょ? その時に二酸化炭素を吸収するんだって。温室効果ガスの二酸化炭素を減らして、地球温暖化を防ぐ力を持ってるらしいんだ。しかも、大気汚染物質を吸収するはたらきがあるんだって! すごいよね」

 コウゴウセイ? ニサンカタンソ?
 かなり難しい言葉が出てきたが、何やら植物がすごいことは伝わってくる。
 ドキドキしていると、すばるがやわらかくほほえんだ。

「そう思ったら、植物が地球を守ってくれてるんだよね」

 植物が……星を守る?

 ――植物は星を滅ぼす危険なもの

 私たちクロリバ星人は、幼い時から組織にそう教えられてきた。
 なのに。
 今、すばるは真逆のことを言っている。

 ……どっちが本当なんだ? すばるが嘘を言ってるのか?
 頭の中が整理しきれなくなった時、ふっと部屋が暗くなった。
 次の瞬間、

 バリバリバリッ……ドーン!

 建物が震え、耳をつんざくような音!

「ひゃあああっ……」

 大きな雷の音と打ちつける雨の音。
 真っ暗闇。
 ダメだ。あの時のことを思い出す。
 崩れてくる岩肌。泣き叫ぶ弟たち。地面が裂けて、父さん、母さんと離れて……
 こわい……!
 頭をかかえてしゃがみこんだら、暗闇の中から声が聞こえた。

「……だっ、大丈夫? 里依ちゃん? 停電したみたいだね。きっと、すぐつく……」

 すばるが言い終わる前に、窓の外がピカッと光ったかと思うと、

 バリバリッ、バーン!

 天地がひっくり返るかと思うくらいの、ものすごい音がした!

「きゃああっ」

 両耳に手を当て、目をつぶる。
 体が冷たくなってきて、勝手に手足がふるえる。

「……こわい。いやだ……助けて……」

 こわくて、頭がおかしくなりそうだ。
 あの時の音、家族のみんなの悲鳴。薄まっていた記憶がまざまざとよみがえってくる。
 いやだ。思い出したくない。いっそ、意識がなくなってしまえばいいのに。
 こわくて、こわくて、たまらない。誰か、誰か……
 ふわっと頭の上にあったかいものがのって、右手がつつみこまれた。

「大丈夫だよ」

 やわらかい声に、そっと目を開ける。
 すばるがすぐそこにいて、心配そうに私を見ていた。
 きゅっと握ってきたすばるの手は、思ったよりしっかりしてて、あったかい。

「ぼくがいるから、大丈夫。こわくないよ」

 おちついた、いつもの穏やかなすばるの声。
 ドクドクと痛いくらい鳴っていた心臓の音が、ゆっくり、ゆっくり静まってきた。
 どうしてだろう? 
 あんなにこわかった気持ちが、どんどん小さくなっていく。
 頭の上にある手がいったりきたりして、なでてくれる。
 すばるは、雷の音が遠ざかって、雨の音が弱まるまで、ずっと手をにぎってくれていた。
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