23 / 41
4章
本当の自分
しおりを挟む
「霧吹き完了……」
スプレーボトルを置いて、ふうっと息をつく。
棚の上に置いてある苔テラリウム。
苔の上の水滴がまるで小さな宝石みたいだ。
畑の水やりもしたし、生えていた雑草も抜いておいた。
すばるは係の仕事があるらしく、それが終わってから園芸クラブに来るとのことだ。
風斗もまだ来てないし、手持ちぶさたな私は、いつもすばるがやってる仕事をすることにしたのだが……
まさか、自分が植物の世話をし、育てるとは……人生、何があるか分からんものだ。
現実のおそろしさに背すじがブルッと寒くなるが、これも任務の一つだ。
得体の知れない植物の生態を調べ、組織に報告書を出した後、ビーム銃で根絶やしに……
いつものようにそこまで考えて、窓の外の畑を見た。
ちくり、と胸が痛む。
……なんだ? どうして、こんなやるせない気持ちになるんだ?
胸を押さえた時、通信機が鳴った。
「やぁ、リィ。おれだ」
リーダーだ。久しぶりのクロリバ語に、なつかしい気持ちになる。
「お久しぶりです、リーダー。連絡をおろそかにして申し訳ありません」
「いや、忙しかったんだろう? 気にするな。ところで。隕石のかけらはどうなった?」
隕石のかけら。その言葉にドキリとする。
「あの……まだ見つかっていません」
「そうか。……滞在時間は限られている。我々が地球にいられるのは、学園のスケジュールで言うと、夏休みに入る前までだ。分かってるな?」
「……はい」
通信機を切って、はぁと息をつく。
夏休みに入るまで……か。そうだった。
隕石のかけらを入手しても、しなくても。
どちらにしても、地球にいるのは夏休みまでという話だったな。
……ということは、この園芸クラブも、すばるともあと一か月ほどでお別れか。
そう思ったら、ずしんと気持ちが重くなった。
……どうしてだ?
別にここから離れることは問題ないはず。クロリバ星に戻れるのに。
意味不明な感情にとまどっていると、コンコンとひかえめにノックする音がして、静かにドアが開いた。
「ごめん、遅くなって。あれ? 今日は風斗来てないんだ」
「うん。来てない。あ、畑の水やりしておいたよ。あと、テラリウムの霧吹きもしたし」
「ありがとう。助かるよ。一人で大変だったね」
「ううん。すばるがいつもやってることだし」
笑顔を作って言うと、すばるがじーっと見つめてきた。
な、なんだ? ちゃんとすばるがやってる通りに水やりをしたぞ?
いつもとちがうすばるのするどい視線に、心臓がドクリと鳴る。
「ど、どうしたの? すばる」
ドギマギして言うと、すばるが言いにくそうに口を開いた。
「この部屋に入ってすぐ、里依ちゃんの表情を見て思ったんだ。元気ないなって」
「元気? 元気はあるよ」
言うと、すばるがずいっと距離をつめてきた。
「いや、前から思ってたんだ。里依ちゃん、無理してる時あるよ。やっぱり、まだ新しい生活に慣れない? ぼくと話す時も気をつかってる時あるし……」
「そんなことないよ」
否定したけど、すばるは厳しい顔つきのまま。
すばると話す時……?
なんだ? もしや(男心をつかむ……)の本の話し方を意識してるのがバレてるのか?
たしかあの本は、社会人向けのビジネス書のとなりにあった。
やはり、私が使うには、まだレベルが足りていなかったか……
観念して仕方なく、はあ。と息をついた。
「……実はこの話し方、疲れるんだ」
「えっ?」
「すばると仲良くなりたいと思って、話し方を研究したが、その話し方は想像以上に疲れるものだった。私は……本当は、今のように堅苦しい口調なんだ。だから……」
うつむくと、すばるがガシッと私の両肩をつかんできた。
「そ、そうだったんだね! やっぱり無理してたんだ!」
すばるは目をうるませて、こくこくとうなずいた。
「ぼくは里依ちゃんがどんな話し方でもいいよ。方言でも外国語でも宇宙語でも! ぼくは里依ちゃんに無理してほしくない。里依ちゃんは、ありのままでいいんだよ」
一瞬、何を言ってるのか分からず、真っすぐなすばるの目にとまどう。
だけど、なぜだか胸の奥がふわりと温かくなってきた。
すばるは不思議な子だな。
一緒にいると、どうしてか、やわらかい気持ちになってくる。
「そうだな。これからはもう少し本来の自分で過ごすことにするよ。ありがとう。すばる」
お礼を言って笑うと、すばるは目を少し大きくして、一瞬時が止まったかのようにじっと私を見つめた。
「やはり前の話し方がいいか?」
「ううん。そ、そうじゃなくてっ。ごめん。いや……そのっ。里依ちゃんの笑った顔って初めて見た気がして……」
「は?」
笑った顔……。そう言えば、笑顔の研究はしていなかった。
(男心をつかむ……)の第2巻に笑顔の作り方がのっているらしかったが、次に買おうと見送ってしまったんだ。
しまった……と後悔していると、すばるがふっと目を細めた。
「ぼくは……里依ちゃんが普通に楽に過ごせるのが一番だと思うから……本当の里依ちゃんがいいから」
すばるはそう言って、私の肩に置いている手をそっと離した。
本当の私……か。
だが。私の本当の目的を知ったら、すばるはどう思うだろう。
実は、植物を根絶やしにするために、地球外から来たクロリバ星人……
そんな私でも……すばるは仲良くしてくれるだろうか?
スプレーボトルを置いて、ふうっと息をつく。
棚の上に置いてある苔テラリウム。
苔の上の水滴がまるで小さな宝石みたいだ。
畑の水やりもしたし、生えていた雑草も抜いておいた。
すばるは係の仕事があるらしく、それが終わってから園芸クラブに来るとのことだ。
風斗もまだ来てないし、手持ちぶさたな私は、いつもすばるがやってる仕事をすることにしたのだが……
まさか、自分が植物の世話をし、育てるとは……人生、何があるか分からんものだ。
現実のおそろしさに背すじがブルッと寒くなるが、これも任務の一つだ。
得体の知れない植物の生態を調べ、組織に報告書を出した後、ビーム銃で根絶やしに……
いつものようにそこまで考えて、窓の外の畑を見た。
ちくり、と胸が痛む。
……なんだ? どうして、こんなやるせない気持ちになるんだ?
胸を押さえた時、通信機が鳴った。
「やぁ、リィ。おれだ」
リーダーだ。久しぶりのクロリバ語に、なつかしい気持ちになる。
「お久しぶりです、リーダー。連絡をおろそかにして申し訳ありません」
「いや、忙しかったんだろう? 気にするな。ところで。隕石のかけらはどうなった?」
隕石のかけら。その言葉にドキリとする。
「あの……まだ見つかっていません」
「そうか。……滞在時間は限られている。我々が地球にいられるのは、学園のスケジュールで言うと、夏休みに入る前までだ。分かってるな?」
「……はい」
通信機を切って、はぁと息をつく。
夏休みに入るまで……か。そうだった。
隕石のかけらを入手しても、しなくても。
どちらにしても、地球にいるのは夏休みまでという話だったな。
……ということは、この園芸クラブも、すばるともあと一か月ほどでお別れか。
そう思ったら、ずしんと気持ちが重くなった。
……どうしてだ?
別にここから離れることは問題ないはず。クロリバ星に戻れるのに。
意味不明な感情にとまどっていると、コンコンとひかえめにノックする音がして、静かにドアが開いた。
「ごめん、遅くなって。あれ? 今日は風斗来てないんだ」
「うん。来てない。あ、畑の水やりしておいたよ。あと、テラリウムの霧吹きもしたし」
「ありがとう。助かるよ。一人で大変だったね」
「ううん。すばるがいつもやってることだし」
笑顔を作って言うと、すばるがじーっと見つめてきた。
な、なんだ? ちゃんとすばるがやってる通りに水やりをしたぞ?
いつもとちがうすばるのするどい視線に、心臓がドクリと鳴る。
「ど、どうしたの? すばる」
ドギマギして言うと、すばるが言いにくそうに口を開いた。
「この部屋に入ってすぐ、里依ちゃんの表情を見て思ったんだ。元気ないなって」
「元気? 元気はあるよ」
言うと、すばるがずいっと距離をつめてきた。
「いや、前から思ってたんだ。里依ちゃん、無理してる時あるよ。やっぱり、まだ新しい生活に慣れない? ぼくと話す時も気をつかってる時あるし……」
「そんなことないよ」
否定したけど、すばるは厳しい顔つきのまま。
すばると話す時……?
なんだ? もしや(男心をつかむ……)の本の話し方を意識してるのがバレてるのか?
たしかあの本は、社会人向けのビジネス書のとなりにあった。
やはり、私が使うには、まだレベルが足りていなかったか……
観念して仕方なく、はあ。と息をついた。
「……実はこの話し方、疲れるんだ」
「えっ?」
「すばると仲良くなりたいと思って、話し方を研究したが、その話し方は想像以上に疲れるものだった。私は……本当は、今のように堅苦しい口調なんだ。だから……」
うつむくと、すばるがガシッと私の両肩をつかんできた。
「そ、そうだったんだね! やっぱり無理してたんだ!」
すばるは目をうるませて、こくこくとうなずいた。
「ぼくは里依ちゃんがどんな話し方でもいいよ。方言でも外国語でも宇宙語でも! ぼくは里依ちゃんに無理してほしくない。里依ちゃんは、ありのままでいいんだよ」
一瞬、何を言ってるのか分からず、真っすぐなすばるの目にとまどう。
だけど、なぜだか胸の奥がふわりと温かくなってきた。
すばるは不思議な子だな。
一緒にいると、どうしてか、やわらかい気持ちになってくる。
「そうだな。これからはもう少し本来の自分で過ごすことにするよ。ありがとう。すばる」
お礼を言って笑うと、すばるは目を少し大きくして、一瞬時が止まったかのようにじっと私を見つめた。
「やはり前の話し方がいいか?」
「ううん。そ、そうじゃなくてっ。ごめん。いや……そのっ。里依ちゃんの笑った顔って初めて見た気がして……」
「は?」
笑った顔……。そう言えば、笑顔の研究はしていなかった。
(男心をつかむ……)の第2巻に笑顔の作り方がのっているらしかったが、次に買おうと見送ってしまったんだ。
しまった……と後悔していると、すばるがふっと目を細めた。
「ぼくは……里依ちゃんが普通に楽に過ごせるのが一番だと思うから……本当の里依ちゃんがいいから」
すばるはそう言って、私の肩に置いている手をそっと離した。
本当の私……か。
だが。私の本当の目的を知ったら、すばるはどう思うだろう。
実は、植物を根絶やしにするために、地球外から来たクロリバ星人……
そんな私でも……すばるは仲良くしてくれるだろうか?
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる