星のプランツガーデン

森野ゆら

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4章

本当の自分

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「霧吹き完了……」

 スプレーボトルを置いて、ふうっと息をつく。
 棚の上に置いてある苔テラリウム。
 苔の上の水滴がまるで小さな宝石みたいだ。
 畑の水やりもしたし、生えていた雑草も抜いておいた。
 すばるは係の仕事があるらしく、それが終わってから園芸クラブに来るとのことだ。
 風斗もまだ来てないし、手持ちぶさたな私は、いつもすばるがやってる仕事をすることにしたのだが……
 まさか、自分が植物の世話をし、育てるとは……人生、何があるか分からんものだ。
 現実のおそろしさに背すじがブルッと寒くなるが、これも任務の一つだ。
 得体の知れない植物の生態を調べ、組織に報告書を出した後、ビーム銃で根絶やしに……
 いつものようにそこまで考えて、窓の外の畑を見た。
 ちくり、と胸が痛む。

 ……なんだ? どうして、こんなやるせない気持ちになるんだ?

 胸を押さえた時、通信機が鳴った。

「やぁ、リィ。おれだ」

 リーダーだ。久しぶりのクロリバ語に、なつかしい気持ちになる。

「お久しぶりです、リーダー。連絡をおろそかにして申し訳ありません」

「いや、忙しかったんだろう? 気にするな。ところで。隕石のかけらはどうなった?」

 隕石のかけら。その言葉にドキリとする。

「あの……まだ見つかっていません」

「そうか。……滞在時間は限られている。我々が地球にいられるのは、学園のスケジュールで言うと、夏休みに入る前までだ。分かってるな?」

「……はい」

 通信機を切って、はぁと息をつく。
 夏休みに入るまで……か。そうだった。
 隕石のかけらを入手しても、しなくても。
 どちらにしても、地球にいるのは夏休みまでという話だったな。
 ……ということは、この園芸クラブも、すばるともあと一か月ほどでお別れか。
 そう思ったら、ずしんと気持ちが重くなった。

 ……どうしてだ?
 別にここから離れることは問題ないはず。クロリバ星に戻れるのに。

 意味不明な感情にとまどっていると、コンコンとひかえめにノックする音がして、静かにドアが開いた。

「ごめん、遅くなって。あれ? 今日は風斗来てないんだ」

「うん。来てない。あ、畑の水やりしておいたよ。あと、テラリウムの霧吹きもしたし」

「ありがとう。助かるよ。一人で大変だったね」

「ううん。すばるがいつもやってることだし」

 笑顔を作って言うと、すばるがじーっと見つめてきた。
 な、なんだ? ちゃんとすばるがやってる通りに水やりをしたぞ?
 いつもとちがうすばるのするどい視線に、心臓がドクリと鳴る。

「ど、どうしたの? すばる」

 ドギマギして言うと、すばるが言いにくそうに口を開いた。

「この部屋に入ってすぐ、里依ちゃんの表情を見て思ったんだ。元気ないなって」

「元気? 元気はあるよ」

 言うと、すばるがずいっと距離をつめてきた。

「いや、前から思ってたんだ。里依ちゃん、無理してる時あるよ。やっぱり、まだ新しい生活に慣れない? ぼくと話す時も気をつかってる時あるし……」

「そんなことないよ」

 否定したけど、すばるは厳しい顔つきのまま。
 すばると話す時……?
 なんだ? もしや(男心をつかむ……)の本の話し方を意識してるのがバレてるのか?
 たしかあの本は、社会人向けのビジネス書のとなりにあった。
 やはり、私が使うには、まだレベルが足りていなかったか……
 観念して仕方なく、はあ。と息をついた。

「……実はこの話し方、疲れるんだ」

「えっ?」

「すばると仲良くなりたいと思って、話し方を研究したが、その話し方は想像以上に疲れるものだった。私は……本当は、今のように堅苦しい口調なんだ。だから……」

 うつむくと、すばるがガシッと私の両肩をつかんできた。

「そ、そうだったんだね! やっぱり無理してたんだ!」

 すばるは目をうるませて、こくこくとうなずいた。

「ぼくは里依ちゃんがどんな話し方でもいいよ。方言でも外国語でも宇宙語でも! ぼくは里依ちゃんに無理してほしくない。里依ちゃんは、ありのままでいいんだよ」

 一瞬、何を言ってるのか分からず、真っすぐなすばるの目にとまどう。
 だけど、なぜだか胸の奥がふわりと温かくなってきた。
 すばるは不思議な子だな。
 一緒にいると、どうしてか、やわらかい気持ちになってくる。

「そうだな。これからはもう少し本来の自分で過ごすことにするよ。ありがとう。すばる」

 お礼を言って笑うと、すばるは目を少し大きくして、一瞬時が止まったかのようにじっと私を見つめた。

「やはり前の話し方がいいか?」

「ううん。そ、そうじゃなくてっ。ごめん。いや……そのっ。里依ちゃんの笑った顔って初めて見た気がして……」

「は?」

 笑った顔……。そう言えば、笑顔の研究はしていなかった。
(男心をつかむ……)の第2巻に笑顔の作り方がのっているらしかったが、次に買おうと見送ってしまったんだ。
 しまった……と後悔していると、すばるがふっと目を細めた。

「ぼくは……里依ちゃんが普通に楽に過ごせるのが一番だと思うから……本当の里依ちゃんがいいから」

 すばるはそう言って、私の肩に置いている手をそっと離した。
 本当の私……か。
 だが。私の本当の目的を知ったら、すばるはどう思うだろう。
 実は、植物を根絶やしにするために、地球外から来たクロリバ星人……
 そんな私でも……すばるは仲良くしてくれるだろうか?
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