星のプランツガーデン

森野ゆら

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4章

畑の雑草

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 疲れた……。なんだかどっと疲れた。
 帰りのホームルームが終わり、カバンに教科書類をつめながらため息をつく。
 あの三人。一体、何が言いたかったのか、よく分からない。
 三つ編み女子は、授業の間もずっとにらんでくるし……
 それよりも、茶谷モエの方が不気味だ。
 私と目が合うと、にこっとほほえんでくる。
 でも、そのほほえみには親しみは感じない。
 何か……含みがある笑みな気がしてならないのだが。
 考えすぎか。

 となりの席はもうカバンがない。
 すばるは掃除当番が終わったら、そのまま園芸クラブの方へ行くと言ってたな。
 私も行くか。
 教室を出て、園芸クラブの部屋へ向かった。
 園芸クラブの部屋に入ると誰もおらず、外から話し声が聞こえる。
 畑に出ると、すばると風斗がしゃがみこんでいた。

「……何してるの?」

 声をかけると、すばると風斗が顔を上げた。

「この前雨が降って、雑草がたくさん生えてきたから、草抜きしてるんだ」

「草抜き? そんなことまでするの?」

「うん。このまま放っておいたら、育ててる植物の土の養分や水分を取ったり、病原菌の原因になるからね。里依ちゃんも手伝ってくれたら助かるんだけど……」

「分かった」

 渡された手袋をつけてしゃがみこみ、とりあえず手前の草を引っこ抜いた。
 ビーム銃でやってしまえば一発なのだが、すばるの前では、そうもいかないからな。
 そう言えば、さっき、メガネ女子が言ってたな。

(土で汚れるのもイヤだし、毎日水やりとかめんどくさいし)

 水やりや枯れた部分の除去、雑草取り……
 すばるは毎日毎日、こんな手間がかかること、面倒じゃないんだろうか。
 何が楽しくてこんなことをしてるんだ。
 ひたすら雑草を抜くこと、もう何分たっただろう。
 地味な作業にため息をつきながら、長い草を一気に土ごと抜く。
 すると、風斗が黄色の小さな花の前でぴたりと手を止めた。
 この草、こんなに小さな花が咲くのか。しかも、葉っぱがハート型だ。
 こんな雑草もあるんだな。

「すばる。これは抜いてもいいか?」

 音量がゼロに近いくらいの声で風斗がきくと、汗をぬぐいながら、すばるがうなずいた。

「うん。いーよ」

 オッケーを出すすばるに、風斗が顔をゆがませる。

「せっかくカワイイ花なのに」

「……そうだね。ま、カタバミは繁殖力の強い雑草だからすぐに生えてくるよ」

「これはカタバミっていうのか」

「うん。葉っぱはクローバーと雰囲気が似てるけどね。全然違う植物。地中に根っこを張り巡らすから、すごい繁殖力なんだよ。だから家がいつまでも続くようにって、葉のデザインが家紋に使われてたりもする。日本の五大家紋の一つなんだよ」

「へぇ。家紋……この前、時代劇で見た。かっこいい」

 風斗がうれしそうにボソボソ言った。
 確か家紋っていうのは、家に伝わる紋章みたいなものだったか……
 風斗は時代劇とやらが好きなんだな。今度、勉強のため、私も視聴してみるか。

「雑草はさ、やっかいもの扱いされがちだけど、よく見たらおもしろいんだよね」

「おもしろい?」

 私がきき返すと、すばるがふふっと笑ってうなずいた。

「うん。例えばこのナズナ。ナズナはちょっとした遊びができるんだよ」

 すばるは足元にあった草を三本ぷちっと抜くと、私と風斗に一本ずつ渡してきた。

「小さい三角の実みたいなものがたくさんぶら下がってるでしょ? それをそっと下にひっぱってみて」

 すばるが言うように、実のようなものを引っ張ってみる。

「こう?」

「うん。そんな感じで全部の実を、茎からはずれないようにひっぱって、最後に振ってみて」

 振る? 
 そっと全部を引っ張った後、手首を動かして振ってみる。すると、
 シャラシャラ……
 小さなおもしろい音がする。

「ぼく、小さい時に母さんと一緒によくやったんだ」

 すばるがふふっとなつかしそうに笑った。

「すばる、これはなに?」

 風斗が指さしたのは、丸みのある葉に突き出るようなピンクの花だ。

「あぁ。それはホトケノザ。葉の形が仏様の台座に似てるから、その名前になったって言われてる。よく聞く春の七草とはちがう植物だよ」

「じゃあ、あっちに生えている小さな青い花は?」

「それはキュウリグサ。葉っぱをもむとキュウリのにおいがするんだよ」

 きくとすぐに答えてくれるすばるに、風斗の長い前髪の下の目がきらりと光った。

「じゃ、これは? この真ん中が黄色くて紫の花」

「それはニワゼキショウだよ」

「……すばるはなんでも知ってるな」

 感心して私が言うと、すばるはてれくさそうに笑った。
 こんな雑草たちにも一つ一つ名前があるんだな。

「あ、そうだ! ちょっと待ってて」

 何かをひらめいたのか、すばるが急に畑の奥へと走っていった。
 しばらくして戻って来たすばるは、後ろに右手を隠してほほえんだ。

「里依ちゃん、手、出してみて」

 手のひらを出すと、すばるがちょんとピンクの花をのせてきた。
 花部分のみで、茎と葉っぱがとってある。
 ピンクと紫が混じったその花に、白や黄色の小さい花や葉っぱがさしてある。

「はい、プレゼント。アザミの花かごだよ」

「花かご……」

「アザミの花部分に小さな花をさしただけで、かわいくなるでしょ? さす花は、ニワゼキショウとかヘビイチゴの花とかオススメ」

 顔をくしゃっとさせてほほえむすばるに、胸の奥が小さく鳴る。

 ……またこの表情だ。

 心の奥をきゅっとさせる、すばるの優しい顔。
 風斗がくいくいとすばるの腕を引っ張った。

「すばる、この花は?」

 風斗が小さな青い花を指さす。

「あぁ、それはオオイヌノフグリ……」

「へぇ。なんでそんな名前?」

「……それはちょっと……言いにくいんだけど」

 すばるがチラリと私を見て、気まずそうに黙り込んだ。
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