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5章
サラサの鏡
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キッチンの小窓から、朝の光が入ってきて、テーブルの上が明るい。
パンを二つ、香草のサラダ、スープ……すごい勢いで口に入れていくお兄ちゃん。
「お兄ちゃん、そんなに食べて大丈夫?」
お皿の片付けをしながらきくと、お兄ちゃんが器のスープを飲み干しながら、ニッと笑った。
「あぁ。セアラが採ってきてくれたネツトレ草のおかげで、だいぶん元気になったよ。ありがとな」
よかった。まだ、顔色は悪いけど元気そう。
きのう、ネツトレ草をすりつぶしてお兄ちゃんに飲ませたら、効果バツグンだった。
苦かったみたいで、「うぇ」とか言ってたけど、しばらくすると、熱が下がってきたんだ。
朝ごはんを食べ終えたお兄ちゃんは、すぐ作業部屋へ走っていく。
キッチンを片付けた後、心配になって作業部屋を見に行ってみた。
「お兄ちゃん、起き上がれるようになったからって、いきなり無理しないでよ」
「分かってるよ。でも、注文がたまってるんだ。できるところまでやりたい」
「そっか。手伝えることがあったら言って。なるべく休みながら作業するんだよ」
「はいはい。分かってます。セアラは母さんみたいだな」
お兄ちゃんは苦々しく言った後、フハッと笑った。
「それにしても、よくネツトレ草をゲットできたな。今じゃ、めったに生えてないんだろ?」
「うん。頂上には生えてたんだけど、ダメになって。クウちゃんが見つけてくれたんだ」
「クウ?」
お兄ちゃんが工具に伸ばした手を止めて、眉間にしわを寄せた。
「クウってもしかして、きのうセアラが抱えてたあのケモノか?」
「うん。そうだよ。クウちゃんがいなかったら、お兄ちゃんまだ寝込んだままだったよ」
笑って言うと、お兄ちゃんが厳しい顔を向けてきた。
「気をつけろ」
「えっ?」
「あのケモノに気を許すな。何か企みがあるのかもしれない」
「な、なんで? クウちゃんはいいこだよ? ずっと前から木の実とか薬草とかうちに持ってきてくれてたし」
言い返したけど、お兄ちゃんは何かを考えこむように、黙ってしまった。
どういうこと? もしかしてお兄ちゃん、クウちゃんを疑ってる?
「……いてっ」
お兄ちゃんが左腕を押さえた。
「大丈夫? 痛むの?」
お兄ちゃんが手を当てているのは、ちょうど模様のところだ。
「あぁ。熱が出てきたのも、腕の模様が痛みだしてからなんだ」
「えっ……」
腕のひし形の模様を見て、ゴクリとつばをのみこんだ。
お兄ちゃんの額から汗がだらりと流れる。かなり痛そう……
「あっ。そうだ。大事なこと、お兄ちゃんに言い忘れてた! あのね、実は、水晶キノコの涙をとりに行った時……」
洞穴に魔術師がいたことを話すと、どんどんお兄ちゃんの顔がこわばってきた。
「そいつだ……きっと。おれに魔術をかけたのも、父さんの記録書を盗んでいったのも」
「もしかして、この熱病って……魔術のせい?」
「その可能性が高いな」
「じゃあ、その魔術師を何とかしないと、お兄ちゃん、ずっと……」
ずっと、この変な熱病を患ったままだ。
それどころか、もっと強い魔術を使われたら……もしかしたらお兄ちゃんの命も危ないかもしれない。
「……探さないと。あの魔術師を探さないと!」
「落ち着け。セアラ。これほどの魔術を使うヤツだ。もし見つけたとして、一人で突っ込むなんて無茶だからな。バカなこと考えるなよ?」
「……うん。分かってる。とりあえず、魔術師を探しださないと! あの洞穴にまだいるかな?」
「どうだろう? 一度邪魔が入ったから、場所を変えているかもしれないな。それに姿を変えているかもしれないし」
「姿を?」
「あぁ。魔術師の特性として、日常の生活では、本来の姿を見せたくないようなんだ。だから、普段は違う姿に化けていることが多いらしい。普通に町の人とか、見た目分からないようにね」
「やだなぁ……町の人に化けられたら、分かんないよね。もしかしたら、すれちがった人が魔術師かもしれないし」
「そうだな。どこに潜んでいるか分からない」
そう思ったら、こわいなぁ。うかつに魔術師の話とかできないよね。
「魔術師を探し出すのは、かなり難しいってことかぁ」
「うん。だけど……いい道具がある」
「えっ?」
お兄ちゃんがニヤッと笑った。
「魔術師が化けていたとしても、その姿をあぶりだす『サラサの鏡』っていう道具があるんだ」
「サラサの鏡? お兄ちゃん、そんなもの作ってたの?」
「いや、昔、父さんが作ったものだ。この前、倉庫を探ってたら、奥から出てきたんだ」
お兄ちゃんはヨロヨロしながら立ち上がり、作業机の引き出しを開けた。
取り出したのは、楕円形の鏡。持ち手のところに黄色い鉱石が三つついている。
「これがサラサの鏡だ。もし、怪しいヤツがいたら、使うといい」
手渡されて、まじまじと鏡を見るけど、うーん。普通。
「これでもし、化けた魔術師を映したら、本来の姿が見えるの?」
「あぁ。鏡に映るはず。だけど、割れたら終わりだからな。だけど、くれぐれも……」
「分かってるよ。一人で突っ込まないから」
「頼むぞ。あー、心配だな。おれがこんな体じゃなかったら。……いてて」
「はいはい、無理しない! またいつ、調子が悪くなるか分かんないんだから、寝てて」
「……ったく。病人扱いかよ」
「似たようなものでしょ」
お兄ちゃんを無理やり寝かせた後、もう一度サラサの鏡を手にしてみた。
興味津々の顔をした自分が映ってる。
これで、魔術師を探すことができるなんて、すごい!
お兄ちゃんをこんなひどい目に合わせてるヤツ、絶対、探し出してやるんだから!
パンを二つ、香草のサラダ、スープ……すごい勢いで口に入れていくお兄ちゃん。
「お兄ちゃん、そんなに食べて大丈夫?」
お皿の片付けをしながらきくと、お兄ちゃんが器のスープを飲み干しながら、ニッと笑った。
「あぁ。セアラが採ってきてくれたネツトレ草のおかげで、だいぶん元気になったよ。ありがとな」
よかった。まだ、顔色は悪いけど元気そう。
きのう、ネツトレ草をすりつぶしてお兄ちゃんに飲ませたら、効果バツグンだった。
苦かったみたいで、「うぇ」とか言ってたけど、しばらくすると、熱が下がってきたんだ。
朝ごはんを食べ終えたお兄ちゃんは、すぐ作業部屋へ走っていく。
キッチンを片付けた後、心配になって作業部屋を見に行ってみた。
「お兄ちゃん、起き上がれるようになったからって、いきなり無理しないでよ」
「分かってるよ。でも、注文がたまってるんだ。できるところまでやりたい」
「そっか。手伝えることがあったら言って。なるべく休みながら作業するんだよ」
「はいはい。分かってます。セアラは母さんみたいだな」
お兄ちゃんは苦々しく言った後、フハッと笑った。
「それにしても、よくネツトレ草をゲットできたな。今じゃ、めったに生えてないんだろ?」
「うん。頂上には生えてたんだけど、ダメになって。クウちゃんが見つけてくれたんだ」
「クウ?」
お兄ちゃんが工具に伸ばした手を止めて、眉間にしわを寄せた。
「クウってもしかして、きのうセアラが抱えてたあのケモノか?」
「うん。そうだよ。クウちゃんがいなかったら、お兄ちゃんまだ寝込んだままだったよ」
笑って言うと、お兄ちゃんが厳しい顔を向けてきた。
「気をつけろ」
「えっ?」
「あのケモノに気を許すな。何か企みがあるのかもしれない」
「な、なんで? クウちゃんはいいこだよ? ずっと前から木の実とか薬草とかうちに持ってきてくれてたし」
言い返したけど、お兄ちゃんは何かを考えこむように、黙ってしまった。
どういうこと? もしかしてお兄ちゃん、クウちゃんを疑ってる?
「……いてっ」
お兄ちゃんが左腕を押さえた。
「大丈夫? 痛むの?」
お兄ちゃんが手を当てているのは、ちょうど模様のところだ。
「あぁ。熱が出てきたのも、腕の模様が痛みだしてからなんだ」
「えっ……」
腕のひし形の模様を見て、ゴクリとつばをのみこんだ。
お兄ちゃんの額から汗がだらりと流れる。かなり痛そう……
「あっ。そうだ。大事なこと、お兄ちゃんに言い忘れてた! あのね、実は、水晶キノコの涙をとりに行った時……」
洞穴に魔術師がいたことを話すと、どんどんお兄ちゃんの顔がこわばってきた。
「そいつだ……きっと。おれに魔術をかけたのも、父さんの記録書を盗んでいったのも」
「もしかして、この熱病って……魔術のせい?」
「その可能性が高いな」
「じゃあ、その魔術師を何とかしないと、お兄ちゃん、ずっと……」
ずっと、この変な熱病を患ったままだ。
それどころか、もっと強い魔術を使われたら……もしかしたらお兄ちゃんの命も危ないかもしれない。
「……探さないと。あの魔術師を探さないと!」
「落ち着け。セアラ。これほどの魔術を使うヤツだ。もし見つけたとして、一人で突っ込むなんて無茶だからな。バカなこと考えるなよ?」
「……うん。分かってる。とりあえず、魔術師を探しださないと! あの洞穴にまだいるかな?」
「どうだろう? 一度邪魔が入ったから、場所を変えているかもしれないな。それに姿を変えているかもしれないし」
「姿を?」
「あぁ。魔術師の特性として、日常の生活では、本来の姿を見せたくないようなんだ。だから、普段は違う姿に化けていることが多いらしい。普通に町の人とか、見た目分からないようにね」
「やだなぁ……町の人に化けられたら、分かんないよね。もしかしたら、すれちがった人が魔術師かもしれないし」
「そうだな。どこに潜んでいるか分からない」
そう思ったら、こわいなぁ。うかつに魔術師の話とかできないよね。
「魔術師を探し出すのは、かなり難しいってことかぁ」
「うん。だけど……いい道具がある」
「えっ?」
お兄ちゃんがニヤッと笑った。
「魔術師が化けていたとしても、その姿をあぶりだす『サラサの鏡』っていう道具があるんだ」
「サラサの鏡? お兄ちゃん、そんなもの作ってたの?」
「いや、昔、父さんが作ったものだ。この前、倉庫を探ってたら、奥から出てきたんだ」
お兄ちゃんはヨロヨロしながら立ち上がり、作業机の引き出しを開けた。
取り出したのは、楕円形の鏡。持ち手のところに黄色い鉱石が三つついている。
「これがサラサの鏡だ。もし、怪しいヤツがいたら、使うといい」
手渡されて、まじまじと鏡を見るけど、うーん。普通。
「これでもし、化けた魔術師を映したら、本来の姿が見えるの?」
「あぁ。鏡に映るはず。だけど、割れたら終わりだからな。だけど、くれぐれも……」
「分かってるよ。一人で突っ込まないから」
「頼むぞ。あー、心配だな。おれがこんな体じゃなかったら。……いてて」
「はいはい、無理しない! またいつ、調子が悪くなるか分かんないんだから、寝てて」
「……ったく。病人扱いかよ」
「似たようなものでしょ」
お兄ちゃんを無理やり寝かせた後、もう一度サラサの鏡を手にしてみた。
興味津々の顔をした自分が映ってる。
これで、魔術師を探すことができるなんて、すごい!
お兄ちゃんをこんなひどい目に合わせてるヤツ、絶対、探し出してやるんだから!
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