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ひまわり
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病院に向かって、道を歩いていたら、麦わら帽子をかぶっている姿が、美佐子の目にとまった。
年齢は5歳ぐらいだろうか?まだ、麦わら帽子をかぶるには早い季節だが、きっとこの娘が気に入ったのだろう。
わかる。
美咲もこのぐらいの年はそうだったから。
麦わら帽子を見ると、ひまわりを思い出す。
そして、ひまわりと言えば……。
今日子のことを思い出さずにはいられない。
その日は、まだ美咲が幼稚園に通っている時だった。
定例の年1回の健康診断に行くために、幼稚園の預かり保育を利用した。
幼稚園にたどり着く前に、偶然今日子に出会った。
彼女はスーツ姿で足早に歩いていた。
「こんにちは、今日子さん」
美佐子の方から、声を掛けると驚いたようにこちらを振り返った。
「あ、こんにちは、美佐子さん」
こちらに向かって、小さくお辞儀をした。
手には、なにやら書類がすっぽり入るようなサイズの封筒を手にしていた。何気なくその封筒に美佐子は目をやった。
すると、その封筒をで隠れていた今日子のスーツの襟の部分が見えた。そこには金色に輝く花の形のバッチがつけてあった。
通称、ひまわりバッチ。すなわち弁護士バッチ。
法律になど、とんと疎い美佐子ですら、ドラマなどで見て知っている。
このバッチをつけているということは、今日子さんは……弁護士?
「今日子さん、もしかしてお仕事の帰り?」
「え……?ええ、そうなんです。思ったより、仕事が長引いちゃって……」
今日子が仕事に復帰をしたという話は以前、ちらりと聞いていた。しかし、何の仕事をしているのかは詳しくは聞
いていなかった。
「まだ、子供が小さいから時間を短くしてもらったり、なるべく融通をきかせてもらうようにお願いしてるんだけど……」
などと、話しながら急いで歩いていると、幼稚園に着いた。
インターホンを押して、正面のドアを開けてもらうと、美咲はもう帰り支度をして待っていた。
「あれっ?瑠美ちゃんは?」
幼稚園での美咲の話を聞いていると、美咲と瑠美ちゃんは仲がいいようだ。
「瑠美ちゃんは今、トイレに行ってる」
美咲の話を聞いた今日子は靴を脱ぎ、教室の方に向かった。
「まったくあの娘は……」
などと、つぶやく今日子の声が聞こえた。
しばらく待っていると、瑠美のことを叱りながら、今日子達は玄関の方に来た。
ふと、美佐子はちょっとした違和感に気がついた。
今日子の見た目が、少しだけ先程と変わっていた。
ほんのちょっと、まるで間違い探しのように。さっきまで胸元で光っていたひまわりの形のバッチが無くなっていた。
まさか、落としたということはあるまい。ということは、今日子が自ら外した、ということだろう。
なぜ、今日子は先程までつけていた弁護士バッチをわざわざ外したのだろうか?
美佐子の視線に気がついたのだろうか?
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
今日子は急いで、瑠美を外履きに履き替えさせた。
「いえ、いえ。とんでもない」
と、言って、またいつもの世間話に話を持って行った。
会話をしているうちに、バッチの件はすっかり忘れてしまった。
今日子と別れて、家に帰るとさっきまで忘れていた弁護士バッチのことを急に思い出した。
お腹がすいたー、などという美咲に軽いおやつを与えて、一息ついた。
和樹は小学校から帰ってきていて、テレビゲームをやっていた。
美佐子は、なんとなく落ち着かなかった。
今日子が弁護士ということは、どこかの弁護士事務所に所属しているということで ネットで今日子の名前を検索すれば出てくるのではないか。
パソコンを開いて、長峰今日子と入れてみた。ヒットして、検索エンジンの一番上に来ている長峰法律事務所という箇所をクリックした。
代表は長峰哲夫。写真を見ると、以前会ったことがある今日子の旦那さんだった。
その下に、今日子の写真が写っていた。長峰今日子、出身大学は東京大学。
ご主人の哲夫さんも同じ東京大学と書かれてある。
東京大学……ということは東大か。
今日子はなんとなく知的な雰囲気があり、もしかしたら頭のいい大学を出ているのだろうなとは思ったことはあるが、まさか東大とは!
そして、なんとなく今日子に対して、劣等感を感じていることに美佐子は自分でも驚いていた。
会社から帰ってきて一息ついた広志が、パソコンをいじっていた手を止めて、
「え……?きょ、今日子?」
などと、素っ頓狂な声をあげるのを、美佐子は聞き逃さなかった。
子供達は、もう寝ている。入れていた緑茶を持って行って、わざとドンッと大きい音を立てて広志の手元に置いた。
パソコンの画面を見ると、今日子の写真が写っているページが開かれていた。検索した時に開いたページを閉じるのを忘れていたのだ。
「私のママ友の長峰今日子さん。もしかして知ってるの?」
「えっ!そうなのか?いや、その……あの…」
広志は顔を赤くして、動揺している。
そういえば、美佐子は今日子の旦那さんである、哲夫に会ったことはあるが、広志が今日子と会うということは今までなかったような気がする。
美咲の幼稚園の運動会の時も、運悪く仕事が入ってしまい、いけなかったので、会う機会がなかった。
「なに動揺してるの?元カノとか?」
絶対にそんなわけがないと思いつつ、肘でこづきながらそう言うと、
「えっ……?今日子が言っていたのか?」
などと、顔真っ赤にして言った。その様子を見て、美佐子は拍子抜けした。えっ?まさか図星とは……?
「えっ?本当に元カノなの?あなたの一体どこが良かったの?」
思わず、正直に言ってしまった。
「いや……、それは俺もそう思うんだが。たまたま、俺の会社のイベントに今日子が来てて、それで知り合って……」
後ろ頭をポリポリと掻きながら言った。どこが良かったの?などと、言ってしまいさすがに言葉が過ぎたかと思ったが、いくらなんでも、あの今日子とは釣り合わないだろうと思った。
広志もそう言われるのも無理ないといった様子だ。
「そう言えば、今日子さんとは会ったことなかったものね。今度会ってみる?」
と美佐子が、からかい半分に言うと、
「いや、いいよ」
と、わりと落ち着いた様子で言っている。
「なによ。もしかして、私の知らないところで、会ったことあるの?」
と美佐子にしては冗談で言ったつもりなのに、広志は気まずそうに黙ってしまった。
「なによ?本当に二人で私の知らないところで会ったことあるの?」
美佐子が鬼のような形相で、広志に詰めよると、
「いやいや、もちろん結婚してからは一度もないよ」
などと、慌てて言っている。
「えっ?結婚してからってことは、その前はあるってこと?」
広志の墓穴を掘った発言に美佐子は突っ込みをいれた。
「えっ、一度だけ。あの美佐子と婚約してから、街で偶然会って、向こうも婚約したっていうから……」
美佐子は、ため息をついた。そんなこと言わなくても、いいのに。嘘がつけないところが、広志のいいところでもあり、時に人を傷つけてしまうところでもある。
「でも、一緒に飲んだだけで、別になにも無かったぞ。だって、お互い別れてから何年も経ってるし、二人とも新しくいい人ができて、未練なんか微塵もないし……」
「わかった、わかった」
広志が嘘をつけないということは重々承知している。なにも無かったというのなら、本当にそうなのだろう。
だいたい何かあったのなら、わざわざ言わないだろう。
「お風呂入ってくるね」
と、言って美佐子は風呂場の方に行った。
リビングに残った広志は、今日子の写真を見た。昔からほとんど変わらない。相変わらず、美しかった。
広志が婚約してから、今日子と街で出会って、飲んだ。
そして、美佐子が疑うような男女の関係のようなものは一切なかった。これは、嘘を付いていない。
しかし、馬鹿正直と言われ続けた広志も、皆まで言っていないことがあった。
それは、実は今日子のことを広志の家に泊めたのだ。
一緒に飲んでいて、妙に今日子にしてはペースが速いなと思っていたら、今日子の父親が婚約の直前に、病気で急死したのだという。花嫁姿を見せたかったな、と言いながら、ハイペースで飲んでいた。
心配していたら、案の定とても一人では帰せない状態になっていた。
仕方ないので、広志の家に泊めた。
しかし、本当になにもなかった。
今日子は家に着くと、すぐに泥のように眠りこけてしまったのだから。
年齢は5歳ぐらいだろうか?まだ、麦わら帽子をかぶるには早い季節だが、きっとこの娘が気に入ったのだろう。
わかる。
美咲もこのぐらいの年はそうだったから。
麦わら帽子を見ると、ひまわりを思い出す。
そして、ひまわりと言えば……。
今日子のことを思い出さずにはいられない。
その日は、まだ美咲が幼稚園に通っている時だった。
定例の年1回の健康診断に行くために、幼稚園の預かり保育を利用した。
幼稚園にたどり着く前に、偶然今日子に出会った。
彼女はスーツ姿で足早に歩いていた。
「こんにちは、今日子さん」
美佐子の方から、声を掛けると驚いたようにこちらを振り返った。
「あ、こんにちは、美佐子さん」
こちらに向かって、小さくお辞儀をした。
手には、なにやら書類がすっぽり入るようなサイズの封筒を手にしていた。何気なくその封筒に美佐子は目をやった。
すると、その封筒をで隠れていた今日子のスーツの襟の部分が見えた。そこには金色に輝く花の形のバッチがつけてあった。
通称、ひまわりバッチ。すなわち弁護士バッチ。
法律になど、とんと疎い美佐子ですら、ドラマなどで見て知っている。
このバッチをつけているということは、今日子さんは……弁護士?
「今日子さん、もしかしてお仕事の帰り?」
「え……?ええ、そうなんです。思ったより、仕事が長引いちゃって……」
今日子が仕事に復帰をしたという話は以前、ちらりと聞いていた。しかし、何の仕事をしているのかは詳しくは聞
いていなかった。
「まだ、子供が小さいから時間を短くしてもらったり、なるべく融通をきかせてもらうようにお願いしてるんだけど……」
などと、話しながら急いで歩いていると、幼稚園に着いた。
インターホンを押して、正面のドアを開けてもらうと、美咲はもう帰り支度をして待っていた。
「あれっ?瑠美ちゃんは?」
幼稚園での美咲の話を聞いていると、美咲と瑠美ちゃんは仲がいいようだ。
「瑠美ちゃんは今、トイレに行ってる」
美咲の話を聞いた今日子は靴を脱ぎ、教室の方に向かった。
「まったくあの娘は……」
などと、つぶやく今日子の声が聞こえた。
しばらく待っていると、瑠美のことを叱りながら、今日子達は玄関の方に来た。
ふと、美佐子はちょっとした違和感に気がついた。
今日子の見た目が、少しだけ先程と変わっていた。
ほんのちょっと、まるで間違い探しのように。さっきまで胸元で光っていたひまわりの形のバッチが無くなっていた。
まさか、落としたということはあるまい。ということは、今日子が自ら外した、ということだろう。
なぜ、今日子は先程までつけていた弁護士バッチをわざわざ外したのだろうか?
美佐子の視線に気がついたのだろうか?
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
今日子は急いで、瑠美を外履きに履き替えさせた。
「いえ、いえ。とんでもない」
と、言って、またいつもの世間話に話を持って行った。
会話をしているうちに、バッチの件はすっかり忘れてしまった。
今日子と別れて、家に帰るとさっきまで忘れていた弁護士バッチのことを急に思い出した。
お腹がすいたー、などという美咲に軽いおやつを与えて、一息ついた。
和樹は小学校から帰ってきていて、テレビゲームをやっていた。
美佐子は、なんとなく落ち着かなかった。
今日子が弁護士ということは、どこかの弁護士事務所に所属しているということで ネットで今日子の名前を検索すれば出てくるのではないか。
パソコンを開いて、長峰今日子と入れてみた。ヒットして、検索エンジンの一番上に来ている長峰法律事務所という箇所をクリックした。
代表は長峰哲夫。写真を見ると、以前会ったことがある今日子の旦那さんだった。
その下に、今日子の写真が写っていた。長峰今日子、出身大学は東京大学。
ご主人の哲夫さんも同じ東京大学と書かれてある。
東京大学……ということは東大か。
今日子はなんとなく知的な雰囲気があり、もしかしたら頭のいい大学を出ているのだろうなとは思ったことはあるが、まさか東大とは!
そして、なんとなく今日子に対して、劣等感を感じていることに美佐子は自分でも驚いていた。
会社から帰ってきて一息ついた広志が、パソコンをいじっていた手を止めて、
「え……?きょ、今日子?」
などと、素っ頓狂な声をあげるのを、美佐子は聞き逃さなかった。
子供達は、もう寝ている。入れていた緑茶を持って行って、わざとドンッと大きい音を立てて広志の手元に置いた。
パソコンの画面を見ると、今日子の写真が写っているページが開かれていた。検索した時に開いたページを閉じるのを忘れていたのだ。
「私のママ友の長峰今日子さん。もしかして知ってるの?」
「えっ!そうなのか?いや、その……あの…」
広志は顔を赤くして、動揺している。
そういえば、美佐子は今日子の旦那さんである、哲夫に会ったことはあるが、広志が今日子と会うということは今までなかったような気がする。
美咲の幼稚園の運動会の時も、運悪く仕事が入ってしまい、いけなかったので、会う機会がなかった。
「なに動揺してるの?元カノとか?」
絶対にそんなわけがないと思いつつ、肘でこづきながらそう言うと、
「えっ……?今日子が言っていたのか?」
などと、顔真っ赤にして言った。その様子を見て、美佐子は拍子抜けした。えっ?まさか図星とは……?
「えっ?本当に元カノなの?あなたの一体どこが良かったの?」
思わず、正直に言ってしまった。
「いや……、それは俺もそう思うんだが。たまたま、俺の会社のイベントに今日子が来てて、それで知り合って……」
後ろ頭をポリポリと掻きながら言った。どこが良かったの?などと、言ってしまいさすがに言葉が過ぎたかと思ったが、いくらなんでも、あの今日子とは釣り合わないだろうと思った。
広志もそう言われるのも無理ないといった様子だ。
「そう言えば、今日子さんとは会ったことなかったものね。今度会ってみる?」
と美佐子が、からかい半分に言うと、
「いや、いいよ」
と、わりと落ち着いた様子で言っている。
「なによ。もしかして、私の知らないところで、会ったことあるの?」
と美佐子にしては冗談で言ったつもりなのに、広志は気まずそうに黙ってしまった。
「なによ?本当に二人で私の知らないところで会ったことあるの?」
美佐子が鬼のような形相で、広志に詰めよると、
「いやいや、もちろん結婚してからは一度もないよ」
などと、慌てて言っている。
「えっ?結婚してからってことは、その前はあるってこと?」
広志の墓穴を掘った発言に美佐子は突っ込みをいれた。
「えっ、一度だけ。あの美佐子と婚約してから、街で偶然会って、向こうも婚約したっていうから……」
美佐子は、ため息をついた。そんなこと言わなくても、いいのに。嘘がつけないところが、広志のいいところでもあり、時に人を傷つけてしまうところでもある。
「でも、一緒に飲んだだけで、別になにも無かったぞ。だって、お互い別れてから何年も経ってるし、二人とも新しくいい人ができて、未練なんか微塵もないし……」
「わかった、わかった」
広志が嘘をつけないということは重々承知している。なにも無かったというのなら、本当にそうなのだろう。
だいたい何かあったのなら、わざわざ言わないだろう。
「お風呂入ってくるね」
と、言って美佐子は風呂場の方に行った。
リビングに残った広志は、今日子の写真を見た。昔からほとんど変わらない。相変わらず、美しかった。
広志が婚約してから、今日子と街で出会って、飲んだ。
そして、美佐子が疑うような男女の関係のようなものは一切なかった。これは、嘘を付いていない。
しかし、馬鹿正直と言われ続けた広志も、皆まで言っていないことがあった。
それは、実は今日子のことを広志の家に泊めたのだ。
一緒に飲んでいて、妙に今日子にしてはペースが速いなと思っていたら、今日子の父親が婚約の直前に、病気で急死したのだという。花嫁姿を見せたかったな、と言いながら、ハイペースで飲んでいた。
心配していたら、案の定とても一人では帰せない状態になっていた。
仕方ないので、広志の家に泊めた。
しかし、本当になにもなかった。
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