攫われ婚は幸せの始まり?〜婚約者に裏切られ踏んだり蹴ったりの貧乏令嬢は、異国の領主様に溺愛されながら才色兼備の領主夫人として生きていきます〜

松浦どれみ

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最終章 サウード夫妻よ永遠に

第43話 ある家族の記憶

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 みんなと別れたアリスはピエールと連れ立って書斎に向かった。いつものように子供たちを受け入れ過ごす。彼らと接していると、自分たち夫婦が抱えている問題が頭の中に立ち込め、ついため息が出てしまう。この悩みが解消されるのはいつになるのやら。もうお互いの根くらべしかないのかと気落ちする。

「アリス奥様、悩んでらっしゃいますね」
「ピエールさん」
「ウィリアム様の説得は骨が折れます。ですがそれもきっと、今日で終わるでしょう」
「え?」

 意味深なピエールの言葉に、アリスは首を傾げた。この悩みが今日で終わる? 一体彼はどうするつもりなのだろう。考えていると、また顔に出てしまったのか彼が静かに笑みを浮かべた。

「昼食をお楽しみに、アリス奥様」
「え、ええ。わかったわ」

 これはそのときを待つしかないのだろう。アリスは観念して仕事に集中した。

 昼食の時間が訪れ、四賢妃がやって来た。その後にウィリアムが来て、全員と子供たちがテーブルを囲む。アリスはこれでしばらく彼女たちとお別れだというのに、先ほどのピエールの言っていたことが気になってしょうがない。胸の辺りがソワソワした。

「アリスさん、しばらくお別れになるけど、落ち着いたらまた様子を見に来るわね」
「ああ、そのときサウードがどうなっているのか、楽しみにしている」
「部下たちは引き継ぎしてあるから安心して任せておいてね !」
「食料や流通の手配も終わっているのでご安心を」

 尊敬する四賢妃の頼もしい笑顔に囲まれ、アリスは「ありがとうございます!」と両目を細めた。また彼女たちに会えるときに、自分も少しは成長していたい。生まれ変わったサウードを見せたいと心から思った。

「次に会うとき、アリス妊娠してたりしてね~」

 アイシャが何の気に無しに口にしたと思われるこの発言に、アリスは凍りついた。今、我が家でその話はタブーだ。恐る恐る隣を見ると、ウィリアムも表情筋が完全に固まっていた。

「あれ、なんかまずかった?」
「僕たち、子供は作らない予定だから」
「ちょっとウィル、それは違うわ」
 肩をすくめ舌を出すアイシャに、ウィリアムが強い口調で否定する。まだ答えは出していない。とっさに止めに入り、自分も彼の意見を否定てしまう。しまった、と思ったときにはもう夫の表情が曇っていた。彼は俯いて黙り込む。困ったアリスはピエールに視線を送った。彼は顎を引き、自分の隣に座る子供に話しかけた。

「ルアン。君のお父様とお母様の話をしてくれますか?」

 ルアンと呼ばれた男の子は「うん!」元気よく頷いた。彼は子供たちの中では最年長の五歳。母はメイドのサーシャだ。

「父ちゃんは、俺が赤ちゃんの頃に病気で死んじゃったんだ。母ちゃんはこの屋敷で元気に働いてる!」
「まあ、お父様を……」

 アリスはルアンを気の毒に思い、眉根を寄せた。ピエールはなぜ彼の悲しい記憶を呼び起こそうとしているのだろう。もういい、止めてあげなくては。そう思い息を吸ったところで、ピエールは再びルアンに声をかけた。

「お父様がいなくて、寂しくはないですか?」
「うーん。父ちゃんのこと、覚えてないからわかんないや」
「そうですか。ではお母様はなんと?」

 ピエールの問いかけで、アリスはこの会話の意味がわかった。彼はアリスが子供を望んでいる理由に気づいていたのだ。
 アリスは横目でウィリアムを見る。彼は黙っていたが興味深そうに、わずかに身を乗り出してルアンの言葉を待っていた。

「母ちゃんは『父ちゃんが死んで悲しかったけど、俺がいるから寂しくはない』って言ってた!」
「素敵なお母様ですね。ありがとうございます、ルアン」

 それからはいつも通りに賑やかな食事が終わり、子供達は昼寝を始めた。
 ウィリアムはルアンの話を聞いた後も黙ったままだった。何かを考え込んでいるようだった。食事が終わってからもソファに座ってどこか一点を見つめ、唇を結んでいる。

「ウィル……」

 アリスはウィリアムの隣に座り、膝の上にあった彼の手に自分の手を重ねた。ウィリアムはこちらを向きこそしたが、悩ましい表情を浮かべ返事はなかった。

「ウィリアム様、先ほどのルアンの話を聞いてどう思われましたか?」

 ピエールが問いかけた。ウィリアムは顔を上げ、それからアリスを見つめ、言葉を紡ごうと静かに口を開いた。

>>続く
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