42 / 50
最終章 サウード夫妻よ永遠に
第38話 助っ人の正体
しおりを挟む
「えーと、アリスさんよね? ウィリアムの奥様の」
情報の処理が間に合わず返事ができていなかったアリス。ミライが心配そうに顔を覗き込んだ。その瞬間目をぱっと開き脳内から現実に戻る。焦りながらその場で自己紹介をする。
「ら、ラウリンゼ王国から来ましたアリス・サウードと申します! 先日こちらのウィリアム・サウード伯爵と結婚しました。ファ、ファハドさんにはいつもお世話になっておりますっ。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いいたします!」
「よろしく、アリスさん。ウィリアムったら、こんな可愛らしい方をどこで掴まえてきたのかしら?」
途中言葉を噛みながらの挨拶に、ミライはさらに目を細めた。そしてその視線はウィリアムへ移る。彼はまるで蛇に睨まれたかのように身を固めた。
「え、どうして——」
「ウィリアム様、ミライ様はアリス奥様とどこで出会ったのかと聞いているのですよ。ちなみに私は三ヶ月前にラウリンゼ王国に立ち寄った際に一目惚れで求婚したと聞いていますが」
今まで後方に控えていたピエールが素早くウィリアムの隣に立った。どうやら攫い婚については隠したい様子だ。アリスとしてもそれはありがたかった。攫われて夫の顔に惚れ、つい求婚を受け入れたと知られたら、気は確かかと疑われかねない。今さら自分たちの結婚が特殊だと思い知らされる。
「そう、一目惚れ。ウィリアムにも人の顔を美しいと思う感情があったのね」
「僕はアリスの真面目に働く姿に惚れたんだ。邪推しないで! あ、でもアリスの容姿ももちろん素敵だと思うよ」
「ウィルったら」
眉を上げわざとらしく驚いてみせるミライ。ウィリアムは彼女に噛みつくように反論した。それからアリスに顔を向け目尻を下げる。これだけ見ると情緒が不安定だ。だがアリスは彼がこれだけ感情豊かになるということは、ミライが夫にとって気心知れた間柄なのだろう。なんとなく胸がもやつく。
「奥さんにはデレデレね。あ、アリスさん誤解しないでね。夫と結婚して十年以上経つわ。ウィリアムのこともその頃から知っているから彼も気安いのよ」
「いいえ、そんな……」
「そういう顔してた。あなた、思ったことが顔に出やすいのね」
ミライの言葉と同時に、夫を挟んで横に並ぶピエールから、くっと笑いを噛み殺す声が漏れていた。彼が肩を小刻みに震わせる姿がわざとらしい。アリスは赤面しながら俯いた。
「アリスをからかわないでよ!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。とりあえず彼女たちも紹介させてちょうだい」
顔をしかめるウィリアムに対し、ミライが眉を下げ困り顔で両手を上げた。そして自分の周りに座る天使様たちに「みんな」と声をかける。まず席を立ったのは、ミライたちの向かい側のソファに座っていた人物だ。ミライの隣に立ち、アリスに向かってにっこりと微笑む。
「私の名はビアンカ。ファハド殿下の第二夫人でアラービヤ共和国の軍に所属している。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ビアンカはウィリアムと同じくらいの長身で、軍服がよく似合っていた。鍛えられた筋肉質な体つきや切れ長の瞳から男性と見間違えた。が、よく見ると笑顔は優しげで自分の何倍も体の凹凸がはっきりしていて、アリスは思わず自身の胸元を見てため息をつく。
「じゃあ次は私ねっ。第三夫人のアイシャだよ。実家が医者で私もそうなんだ。よよろしく! 次はベスね!」
天使様——アイシャに促され、小柄な女性がペコリと一礼した。先の三人よりは少し年齢が若いのか、控えめに笑んだ顔は女性というよりは少女に近い。
「はい。エリザベスです。一応、第四夫人やってます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
全員との挨拶が終わり、アリスは改めて彼女たちに頭を下げた。
「皆様、こんなに早く、このサウードまでお越しいただきありがとうございます。この度はどうか私たちに力を貸してください。よろしくお願いいたします!」
「……僕からも、どうかよろしくお願いします」
「ウィル……」
アリスにならってウィリアムも彼女たちにしっかりと頭を下げる。夫に、領主としての責任が芽生えていると感じ、思わず顔が綻んだ。反対に四人の夫人たちは目を見開き驚愕していた。
「ウィリアムが頭を下げて頼み事なんて……」
「ああ、驚いた」
「びっくりして死ぬかと思った」
「明日は、雪でも降るんでしょうか?」
口々に率直な意見を放つ彼女たちに、ウィリアムが不機嫌そうに眉を寄せた。そしてアリスの手を軽く引っ張る。
「挨拶は終わったので明日話しましょう。それじゃ。行こう、アリス」
「え、ちょっとウィル!」
「いいのよアリスさん。また明日。おやすみなさい」
アリスは笑顔で見送る夫人たちに「すみません」と一礼し、夫に引っ張られながら応接室をあとにした。寝室に戻ると「疲れたあ」と抱きつき甘えてくるウィリアム。彼とベッドに入ると、ぴったりくっつき髪を撫でる。
「ウィル、今日はお疲れ様」
夫が眠ったのを見届け、アリスも目を閉じ眠りについた。
>>続く
情報の処理が間に合わず返事ができていなかったアリス。ミライが心配そうに顔を覗き込んだ。その瞬間目をぱっと開き脳内から現実に戻る。焦りながらその場で自己紹介をする。
「ら、ラウリンゼ王国から来ましたアリス・サウードと申します! 先日こちらのウィリアム・サウード伯爵と結婚しました。ファ、ファハドさんにはいつもお世話になっておりますっ。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いいたします!」
「よろしく、アリスさん。ウィリアムったら、こんな可愛らしい方をどこで掴まえてきたのかしら?」
途中言葉を噛みながらの挨拶に、ミライはさらに目を細めた。そしてその視線はウィリアムへ移る。彼はまるで蛇に睨まれたかのように身を固めた。
「え、どうして——」
「ウィリアム様、ミライ様はアリス奥様とどこで出会ったのかと聞いているのですよ。ちなみに私は三ヶ月前にラウリンゼ王国に立ち寄った際に一目惚れで求婚したと聞いていますが」
今まで後方に控えていたピエールが素早くウィリアムの隣に立った。どうやら攫い婚については隠したい様子だ。アリスとしてもそれはありがたかった。攫われて夫の顔に惚れ、つい求婚を受け入れたと知られたら、気は確かかと疑われかねない。今さら自分たちの結婚が特殊だと思い知らされる。
「そう、一目惚れ。ウィリアムにも人の顔を美しいと思う感情があったのね」
「僕はアリスの真面目に働く姿に惚れたんだ。邪推しないで! あ、でもアリスの容姿ももちろん素敵だと思うよ」
「ウィルったら」
眉を上げわざとらしく驚いてみせるミライ。ウィリアムは彼女に噛みつくように反論した。それからアリスに顔を向け目尻を下げる。これだけ見ると情緒が不安定だ。だがアリスは彼がこれだけ感情豊かになるということは、ミライが夫にとって気心知れた間柄なのだろう。なんとなく胸がもやつく。
「奥さんにはデレデレね。あ、アリスさん誤解しないでね。夫と結婚して十年以上経つわ。ウィリアムのこともその頃から知っているから彼も気安いのよ」
「いいえ、そんな……」
「そういう顔してた。あなた、思ったことが顔に出やすいのね」
ミライの言葉と同時に、夫を挟んで横に並ぶピエールから、くっと笑いを噛み殺す声が漏れていた。彼が肩を小刻みに震わせる姿がわざとらしい。アリスは赤面しながら俯いた。
「アリスをからかわないでよ!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。とりあえず彼女たちも紹介させてちょうだい」
顔をしかめるウィリアムに対し、ミライが眉を下げ困り顔で両手を上げた。そして自分の周りに座る天使様たちに「みんな」と声をかける。まず席を立ったのは、ミライたちの向かい側のソファに座っていた人物だ。ミライの隣に立ち、アリスに向かってにっこりと微笑む。
「私の名はビアンカ。ファハド殿下の第二夫人でアラービヤ共和国の軍に所属している。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ビアンカはウィリアムと同じくらいの長身で、軍服がよく似合っていた。鍛えられた筋肉質な体つきや切れ長の瞳から男性と見間違えた。が、よく見ると笑顔は優しげで自分の何倍も体の凹凸がはっきりしていて、アリスは思わず自身の胸元を見てため息をつく。
「じゃあ次は私ねっ。第三夫人のアイシャだよ。実家が医者で私もそうなんだ。よよろしく! 次はベスね!」
天使様——アイシャに促され、小柄な女性がペコリと一礼した。先の三人よりは少し年齢が若いのか、控えめに笑んだ顔は女性というよりは少女に近い。
「はい。エリザベスです。一応、第四夫人やってます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
全員との挨拶が終わり、アリスは改めて彼女たちに頭を下げた。
「皆様、こんなに早く、このサウードまでお越しいただきありがとうございます。この度はどうか私たちに力を貸してください。よろしくお願いいたします!」
「……僕からも、どうかよろしくお願いします」
「ウィル……」
アリスにならってウィリアムも彼女たちにしっかりと頭を下げる。夫に、領主としての責任が芽生えていると感じ、思わず顔が綻んだ。反対に四人の夫人たちは目を見開き驚愕していた。
「ウィリアムが頭を下げて頼み事なんて……」
「ああ、驚いた」
「びっくりして死ぬかと思った」
「明日は、雪でも降るんでしょうか?」
口々に率直な意見を放つ彼女たちに、ウィリアムが不機嫌そうに眉を寄せた。そしてアリスの手を軽く引っ張る。
「挨拶は終わったので明日話しましょう。それじゃ。行こう、アリス」
「え、ちょっとウィル!」
「いいのよアリスさん。また明日。おやすみなさい」
アリスは笑顔で見送る夫人たちに「すみません」と一礼し、夫に引っ張られながら応接室をあとにした。寝室に戻ると「疲れたあ」と抱きつき甘えてくるウィリアム。彼とベッドに入ると、ぴったりくっつき髪を撫でる。
「ウィル、今日はお疲れ様」
夫が眠ったのを見届け、アリスも目を閉じ眠りについた。
>>続く
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない
新高
恋愛
リサは3カ国語を操り、罵詈雑言ならば7カ国語は話すことができる才女として有名な伯爵令嬢だ。そして、元は捨て子であることから「雑草令嬢」としても名を知られている。
そんな知性と雑草魂をかわれ、まさかの国王の寵姫として召し上げられた。
隣国から嫁いでくる、わずか十一歳の王女を精神面で支える為の存在として。さらには、王妃となる彼女の存在を脅かすものではないと知らしめるために、偽装結婚までするハメに!相手は国王の護衛の青年騎士。美貌を持ちながらも常に眉間に皺のある顰めっ面に、リサは彼がこの結婚が不本意なのだと知る。
「私は決して、絶対、まかり間違っても貴方を愛することはありませんから! ご安心ください!!」
余計に凍り付いた夫の顔におののきつつ、でもこの関係は五年の契約。ならばそれまでの我慢と思っていたが、まさかの契約不履行。夫は離婚に応じないと言い出した。
国王夫婦を支えつつ、自分たちは思春期全開な仮初め夫婦のラブコメです。
※他サイト様でも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる