攫われ婚は幸せの始まり?〜婚約者に裏切られ踏んだり蹴ったりの貧乏令嬢は、異国の領主様に溺愛されながら才色兼備の領主夫人として生きていきます〜

松浦どれみ

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最終章 サウード夫妻よ永遠に

第38話 助っ人の正体

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「えーと、アリスさんよね? ウィリアムの奥様の」

 情報の処理が間に合わず返事ができていなかったアリス。ミライが心配そうに顔を覗き込んだ。その瞬間目をぱっと開き脳内から現実に戻る。焦りながらその場で自己紹介をする。

「ら、ラウリンゼ王国から来ましたアリス・サウードと申します! 先日こちらのウィリアム・サウード伯爵と結婚しました。ファ、ファハドさんにはいつもお世話になっておりますっ。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いいたします!」
「よろしく、アリスさん。ウィリアムったら、こんな可愛らしい方をどこで掴まえてきたのかしら?」

 途中言葉を噛みながらの挨拶に、ミライはさらに目を細めた。そしてその視線はウィリアムへ移る。彼はまるで蛇に睨まれたかのように身を固めた。

「え、どうして——」
「ウィリアム様、ミライ様はアリス奥様とどこで出会ったのかと聞いているのですよ。ちなみに私は三ヶ月前にラウリンゼ王国に立ち寄った際に一目惚れで求婚したと聞いていますが」

 今まで後方に控えていたピエールが素早くウィリアムの隣に立った。どうやら攫い婚については隠したい様子だ。アリスとしてもそれはありがたかった。攫われて夫の顔に惚れ、つい求婚を受け入れたと知られたら、気は確かかと疑われかねない。今さら自分たちの結婚が特殊だと思い知らされる。

「そう、一目惚れ。ウィリアムにも人の顔を美しいと思う感情があったのね」
「僕はアリスの真面目に働く姿に惚れたんだ。邪推しないで! あ、でもアリスの容姿ももちろん素敵だと思うよ」
「ウィルったら」

 眉を上げわざとらしく驚いてみせるミライ。ウィリアムは彼女に噛みつくように反論した。それからアリスに顔を向け目尻を下げる。これだけ見ると情緒が不安定だ。だがアリスは彼がこれだけ感情豊かになるということは、ミライが夫にとって気心知れた間柄なのだろう。なんとなく胸がもやつく。

「奥さんにはデレデレね。あ、アリスさん誤解しないでね。夫と結婚して十年以上経つわ。ウィリアムのこともその頃から知っているから彼も気安いのよ」
「いいえ、そんな……」
「そういう顔してた。あなた、思ったことが顔に出やすいのね」

 ミライの言葉と同時に、夫を挟んで横に並ぶピエールから、くっと笑いを噛み殺す声が漏れていた。彼が肩を小刻みに震わせる姿がわざとらしい。アリスは赤面しながら俯いた。

「アリスをからかわないでよ!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。とりあえず彼女たちも紹介させてちょうだい」

 顔をしかめるウィリアムに対し、ミライが眉を下げ困り顔で両手を上げた。そして自分の周りに座る天使様たちに「みんな」と声をかける。まず席を立ったのは、ミライたちの向かい側のソファに座っていた人物だ。ミライの隣に立ち、アリスに向かってにっこりと微笑む。

「私の名はビアンカ。ファハド殿下の第二夫人でアラービヤ共和国の軍に所属している。よろしく」
「よろしくお願いいたします」

  ビアンカはウィリアムと同じくらいの長身で、軍服がよく似合っていた。鍛えられた筋肉質な体つきや切れ長の瞳から男性と見間違えた。が、よく見ると笑顔は優しげで自分の何倍も体の凹凸がはっきりしていて、アリスは思わず自身の胸元を見てため息をつく。

「じゃあ次は私ねっ。第三夫人のアイシャだよ。実家が医者で私もそうなんだ。よよろしく! 次はベスね!」

  天使様——アイシャに促され、小柄な女性がペコリと一礼した。先の三人よりは少し年齢が若いのか、控えめに笑んだ顔は女性というよりは少女に近い。

「はい。エリザベスです。一応、第四夫人やってます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」

 全員との挨拶が終わり、アリスは改めて彼女たちに頭を下げた。

「皆様、こんなに早く、このサウードまでお越しいただきありがとうございます。この度はどうか私たちに力を貸してください。よろしくお願いいたします!」
「……僕からも、どうかよろしくお願いします」
「ウィル……」

 アリスにならってウィリアムも彼女たちにしっかりと頭を下げる。夫に、領主としての責任が芽生えていると感じ、思わず顔が綻んだ。反対に四人の夫人たちは目を見開き驚愕していた。

「ウィリアムが頭を下げて頼み事なんて……」
「ああ、驚いた」
「びっくりして死ぬかと思った」
「明日は、雪でも降るんでしょうか?」

 口々に率直な意見を放つ彼女たちに、ウィリアムが不機嫌そうに眉を寄せた。そしてアリスの手を軽く引っ張る。

「挨拶は終わったので明日話しましょう。それじゃ。行こう、アリス」
「え、ちょっとウィル!」
「いいのよアリスさん。また明日。おやすみなさい」

 アリスは笑顔で見送る夫人たちに「すみません」と一礼し、夫に引っ張られながら応接室をあとにした。寝室に戻ると「疲れたあ」と抱きつき甘えてくるウィリアム。彼とベッドに入ると、ぴったりくっつき髪を撫でる。

「ウィル、今日はお疲れ様」

  夫が眠ったのを見届け、アリスも目を閉じ眠りについた。

>>続く
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