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第三章 悩ましい任務
第26話 真相
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「アリス~! 疲れたよ~。補給させて~……って、ピエール?」
夕食の時間になり、仕事を終えたウィリアムが勢いよく書斎のドアを開けた。アリスに抱きつき視線の先にピエールを見つけて首を傾げる。
「ウィル、お疲れ様。今日は話があるから三人で夕食にしましょう」
「ウィリアム様、お邪魔して申し訳ございません」
「いいけど」言いながら、ウィリアムはアリスを補給する。それから妻を席にエスコートし、自分も席についた。続いてピエールが席につく。
「それで、話って何?」
ウィリアムがアリスとピエールを交互に見て問う。食事をしながら当たり障りのない話をしていたアリスは、彼に注目した。
次にピエールに視線を移す。彼はアリスと目が合うと小さく頷き話し始めた。
「先ほど領地の件でアリス奥様に話をした時、前領主夫妻のことも話しました。詳細については私ではなく、夫妻の養子で現領主でもあるウィリアム様がお話しすべきと思いまして」
「なるほどね」
ウィリアムが唇に指を当てて数秒考え込む。彼に辛いことを思い出させてしまっているのではないか。無理をさせているのではないか。アリスは不安で唇をキュッと結んだ。
「ウィル、もし話をするのが辛いなら無理しなくても……」
アリスの言葉に「ううん」と首を振るウィリアム。彼は葡萄酒を一口流し込み、アリスに優しく笑いかけた。
「ありがとう、アリス。僕は大丈夫。君はアラービヤについて——後継者争いについて話は聞いている?」
「ええ。後継者争いは十年ほど前に、ファハドさんが指名されて落ち着いていると教わったわ」
ウィリアムが小さく頷く。アリスは穏やかな表情を崩さない彼を見つめながら静かに話の続きを待った。
「表面上はね。でも後継者争いは今も終わっていないんだ」
「え?」
アリスは夫の話を聞き目を見開いた。
ウィリアムは無理もないといった様子で苦笑する。
「アリスの故郷ラウリンゼは一夫一妻制だし、第一王子が跡を継ぐように生まれた時から区別して育てられるから、あまりこういうことは馴染みがないよね。アラービヤは違う。けど、なんとなく第一夫人の子や第一王子が後継になるのが慣例になっていて、兄さんが後を継ぐのは異例なんだ」
「そっか、ファハドさんは第二王子だものね」
ピエールの授業を思い出しながらアリスが呟いた。
ウィリアムは「うん」と首を縦に振った。話を続ける。
「しかも兄さんの母親は第三夫人なんだ。第一王子は第一夫人の子だから、ほとんどの貴族が後継者は彼だと思っていた。けど、十五年前に王が『後継者は能力や資質を見て選ぶ』と言って話が変わった。貴族たちは第一王子派と兄さん、そして第三王子派に分裂した。内戦が始まってアラービヤは資金難で破産寸前になったんだ」
「国が、破産……?」
アリスは顔から血の気が引いた。実家が商売をしているので金勘定には敏感だ。実家だって従業員を雇っていたので破産したら自分たちだけでなく彼らも路頭に迷わせてしまう。国ならどうか。考えただけで恐ろしい。
「十年前、国家の存続自体が危ういという窮地を救って、資金難を解消したのがファハド兄さんなんだ。彼はこの功績を認められて後継者に指名された。その後も第一王子派は諦めずに水面下で兄さんに攻撃を仕掛けてきてね」
「王の決定に、全然納得していなかったのね」
なんとなく、話が見えてきた。アリスはそう思いながら夫の話に時折相槌を打つ。彼の話は続く。
「そういうこと。そしてついに二年前、このサウード領で王と兄さんを狙った暗殺事件が起きた。食事に毒を盛られて……直前で食事の皿を交換した養父母が亡くなったんだ」
「そんな……」
アリスは言葉を失った。思わず両手で口元を隠す。ウィリアムを見ると、彼は話している時と同じように苦笑したままだ。
「ここからは私から話をさせてください」
ピエールがナプキンで口元を押さえ、水を飲んで静かに話し始める。
「事件の犯人は外国の人間と屋敷のメイドでした。メイドはこの地の出身で事件の一年ほど前に計画的にサウード家に雇われていました。私たちはすぐに使用人の身元を確認、疑わしいものは証拠がなくても解雇。欠員はファハド様や私が信用できると判断した者で埋めています。なので今いる使用人たちは信用できると言えるでしょう」
「そうだったの」
「アリス、話せば君が養父母のことで胸を痛めると思っていたから話せなかったんだ。ごめんね。でも安心して、この屋敷の安全は間違いないから。屋敷から出なければアリスに危険が及ぶようなことはないからね!」
話を全て終え、ウィリアムはアリスに向かってにっこりと微笑んだ。
事情はよくわかったが領地をこのままにしておくのはよくないのではないか。アリスはこの空気感の中とても気まずいと思いつつ「えーと」と話を切り出した。
「ウィル、私のことを心配してくれてありがとう。けど、私……一度、領地を見に行きたいの」
>>続く
夕食の時間になり、仕事を終えたウィリアムが勢いよく書斎のドアを開けた。アリスに抱きつき視線の先にピエールを見つけて首を傾げる。
「ウィル、お疲れ様。今日は話があるから三人で夕食にしましょう」
「ウィリアム様、お邪魔して申し訳ございません」
「いいけど」言いながら、ウィリアムはアリスを補給する。それから妻を席にエスコートし、自分も席についた。続いてピエールが席につく。
「それで、話って何?」
ウィリアムがアリスとピエールを交互に見て問う。食事をしながら当たり障りのない話をしていたアリスは、彼に注目した。
次にピエールに視線を移す。彼はアリスと目が合うと小さく頷き話し始めた。
「先ほど領地の件でアリス奥様に話をした時、前領主夫妻のことも話しました。詳細については私ではなく、夫妻の養子で現領主でもあるウィリアム様がお話しすべきと思いまして」
「なるほどね」
ウィリアムが唇に指を当てて数秒考え込む。彼に辛いことを思い出させてしまっているのではないか。無理をさせているのではないか。アリスは不安で唇をキュッと結んだ。
「ウィル、もし話をするのが辛いなら無理しなくても……」
アリスの言葉に「ううん」と首を振るウィリアム。彼は葡萄酒を一口流し込み、アリスに優しく笑いかけた。
「ありがとう、アリス。僕は大丈夫。君はアラービヤについて——後継者争いについて話は聞いている?」
「ええ。後継者争いは十年ほど前に、ファハドさんが指名されて落ち着いていると教わったわ」
ウィリアムが小さく頷く。アリスは穏やかな表情を崩さない彼を見つめながら静かに話の続きを待った。
「表面上はね。でも後継者争いは今も終わっていないんだ」
「え?」
アリスは夫の話を聞き目を見開いた。
ウィリアムは無理もないといった様子で苦笑する。
「アリスの故郷ラウリンゼは一夫一妻制だし、第一王子が跡を継ぐように生まれた時から区別して育てられるから、あまりこういうことは馴染みがないよね。アラービヤは違う。けど、なんとなく第一夫人の子や第一王子が後継になるのが慣例になっていて、兄さんが後を継ぐのは異例なんだ」
「そっか、ファハドさんは第二王子だものね」
ピエールの授業を思い出しながらアリスが呟いた。
ウィリアムは「うん」と首を縦に振った。話を続ける。
「しかも兄さんの母親は第三夫人なんだ。第一王子は第一夫人の子だから、ほとんどの貴族が後継者は彼だと思っていた。けど、十五年前に王が『後継者は能力や資質を見て選ぶ』と言って話が変わった。貴族たちは第一王子派と兄さん、そして第三王子派に分裂した。内戦が始まってアラービヤは資金難で破産寸前になったんだ」
「国が、破産……?」
アリスは顔から血の気が引いた。実家が商売をしているので金勘定には敏感だ。実家だって従業員を雇っていたので破産したら自分たちだけでなく彼らも路頭に迷わせてしまう。国ならどうか。考えただけで恐ろしい。
「十年前、国家の存続自体が危ういという窮地を救って、資金難を解消したのがファハド兄さんなんだ。彼はこの功績を認められて後継者に指名された。その後も第一王子派は諦めずに水面下で兄さんに攻撃を仕掛けてきてね」
「王の決定に、全然納得していなかったのね」
なんとなく、話が見えてきた。アリスはそう思いながら夫の話に時折相槌を打つ。彼の話は続く。
「そういうこと。そしてついに二年前、このサウード領で王と兄さんを狙った暗殺事件が起きた。食事に毒を盛られて……直前で食事の皿を交換した養父母が亡くなったんだ」
「そんな……」
アリスは言葉を失った。思わず両手で口元を隠す。ウィリアムを見ると、彼は話している時と同じように苦笑したままだ。
「ここからは私から話をさせてください」
ピエールがナプキンで口元を押さえ、水を飲んで静かに話し始める。
「事件の犯人は外国の人間と屋敷のメイドでした。メイドはこの地の出身で事件の一年ほど前に計画的にサウード家に雇われていました。私たちはすぐに使用人の身元を確認、疑わしいものは証拠がなくても解雇。欠員はファハド様や私が信用できると判断した者で埋めています。なので今いる使用人たちは信用できると言えるでしょう」
「そうだったの」
「アリス、話せば君が養父母のことで胸を痛めると思っていたから話せなかったんだ。ごめんね。でも安心して、この屋敷の安全は間違いないから。屋敷から出なければアリスに危険が及ぶようなことはないからね!」
話を全て終え、ウィリアムはアリスに向かってにっこりと微笑んだ。
事情はよくわかったが領地をこのままにしておくのはよくないのではないか。アリスはこの空気感の中とても気まずいと思いつつ「えーと」と話を切り出した。
「ウィル、私のことを心配してくれてありがとう。けど、私……一度、領地を見に行きたいの」
>>続く
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