攫われ婚は幸せの始まり?〜婚約者に裏切られ踏んだり蹴ったりの貧乏令嬢は、異国の領主様に溺愛されながら才色兼備の領主夫人として生きていきます〜

松浦どれみ

文字の大きさ
上 下
4 / 50
第一章 攫われハッピーウェディング

第4話 金色の航海路

しおりを挟む
「わあ、本当に砂の上を滑っているわ」
「アリス! あまり身を乗り出したら危ないよっ」
「…………」

 アリスは身を乗り出し外を眺めた。一面に広がる砂の海を、二頭のシャラパカに引かれながら颯爽と進んでいく。 アリス、ウィリアム、ファハドの三人は砂漠に囲まれた国アラービヤ限定の移動手段、砂船すなふねに乗っていた。

「ねえウィル、シャラパカってラクダに似ているけど足の速さは馬並みね。風がとっても気持ちいいわ」
「シャラパカはラクダが高速移動のために進化した動物といわれていて、コブがない以外はラクダにそっくりなんだ。って、もう危ないからちゃんと座って!」

 窓から身体を出して風を感じるアリスを、ウィリアムが嗜めながら引っ張り込み席に座らせる。「はーい」と言いながらアリスは肩をすくめた。視線は窓の外だ。

 アリスの故郷ラウリンゼ王国には砂漠がない。粒子の細かい黄土色の砂粒が時折太陽の光を反射してキラキラと輝いている。気分は金の海を渡る航海士だった。少し暑いがカラリと乾いた風もまた心地よい。

「ウィリアム、本当に連れてきてよかったのか? やはり屋敷に帰すべきでは?」

 ファハドが足を組み、頬杖をつきながら唇を尖らせていた。昨日アリスが実家に同行したいと申し出たとき、彼は断ったのだ。

「兄さん、その話はいいじゃないか。僕もこうして一緒に行くし。僕はアリスを信じるよ」
「ウィル、ありがとう」
「簡単に言いくるめられて……バカな弟だ」

 手を取り合い笑顔を交わすウィリアムとアリス。その向かいに座っているファハドは不満そうに鼻を鳴らしそっぽを向いた。結婚を承諾したとはいえ元は攫ってきたのだ。数日後に実家に戻したらもう帰らないと騒ぐかもしれない。ファハドは弟が傷つく姿を見たくなかった。

「ファハドさん、本当に私は逃げません。約束通り手紙も書きましたし、家族に正体も表しませんから……」

 アリスが困り顔でファハドに言った。変装し家族にバレないようにするのが、同行するための条件だった。アリスはファハドの言いつけ通り、男性従者用の白いシャツと幅の広いズボンに腰巻きをして、その上に袖がない黒のロングコートを着ていた。さらに白い帽子に黒い薄布で顔を隠す完全防備。話さなければ家族でも正体はわからないだろう。

「もし逃げたら、支度金もなくなるからな。ウィリアム、アリスから目を離すなよ」
「わかってるよ、兄さん」

 不機嫌な兄の顔色をうかがいながら、ウィリアムがアリスの手を握り直した。彼女のことを信じてはいるものの、やはり家族との暮らしを望むかもしれないことが不安ではあった。

「大丈夫よ、ウィル。私はを取り戻して、あなたと一緒にアラービヤに戻るわ」

 アリスはウィリアムの手を握り返し彼に微笑みかけた。ラウリンゼに戻るのには目的があった。実家に置いてきたあるものを取り戻したかったのだ。

……ウェディングドレスのことだよね?」
「ええ、そうよ」

 ウィリアムの問いかけに、アリスは険しい表情で頷いた。
 元婚約者ハリーとの結婚式で着るはずだったウェディングドレス。仕事の傍ら自分で生地を選び、レースを編み、嫁入りする日を心待ちにしながら一年かけて縫い上げた。
 アリスはそれを、どうしても自分の手で取り戻したかったのだ。

「無事取り戻せるといいね」

 アリスの手を握り朗らかに笑いかけているウィリアム。強張っていた顔の筋肉が緩む。アリスは「ありがとう」と言って彼に笑顔を返した。

「できればあなたとの結婚式で着たいわ」
「今も綺麗だけど、ドレスを着たアリスはもっと綺麗なんだろうな。楽しみで仕方ないよ」

 アリスとウィリアムは互いに見つめ合い、昨日出会ったとは思えないラブラブっぷりを向かいのファハドに見せつけていた。彼は大きなため息を吐き窓から遠くを見ていた。

「そろそろ国境だ。お前たちも今は一応、男同士なんだからイチャイチャするなよ」

 アリスとウィリアムは慌てて握っていた手を離した。
 直後に砂船がスピードを落としていき、ゆっくりと停止する。続いてファハドの従者が乗った砂船も停まる。
 金の海の航海は終わり、一行は陸地に降り立ち馬車に乗り換え、アリスの故郷ラウリンゼ王国を目指した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【本編は完結】番の手紙

結々花
恋愛
人族の女性フェリシアは、龍人の男性であるアウロの番である。 二人は幸せな日々を過ごしていたが、人族と龍人の寿命は、あまりにも違いすぎた。 アウロが恐れていた最後の時がやってきた…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...