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終章 婚約者はマッチョ騎士!
229、時空を超えた友情
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驚き口を開いたままタブレットを凝視する先王の姿を見て、オリビアは立ち上がり身を前に出し、画面を覗き込んだ。ビデオ通話のアプリは正常に起動し、目の前にはステファニーが映し出されている。
『あ、オリビア! ねえ、もしかして、後ろの人って……』
「ええ。前国王、チャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトス陛下よ」
『ステフ? なになに、どうしたの?』
画面の奥からノアが現れた。彼もこちらの世界を興味深そうに覗いてくる。
『ノア! この人チャールズよ! 見て、すっかりおじいちゃんだわ。わかってはいたけど、本当にあれから八十年近く経つのね』
『この人がチャールズ? うん、確かに面影がある』
「ステファニー、ノア……」
チャールズが目に涙を浮かべ、旧友たちの名を呼ぶ。オリビアはゆっくりと椅子に座り直し、彼に優しく声をかけた。
「先王陛下、よろしければふたりに話しかけてあげてください」
「ああ、ありがとう。ステファニー、ノア、久しぶりだな。きっとどこかで生きていると信じていた。君たちは変わらないな」
まさか自分の魔法で彼らを繋ぐ日が来るとは思っていなかった。この場にいる全員がそう思っているだろう。人目も憚はばからず涙を流し、画面に向かって話しかけるチャールズを見ていると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
『久しぶり、チャールズ。ていうかよく生きていたわね。ジュエリトス人の寿命を考えたら、あなたはもう生きていないだろうと思ってた』
「君たちのことが気がかりで、ここまで生きながらえてしまったよ。あのときは助けられなくてすまなかった」
『チャールズ、君は何も悪くない。謝ることなんてないさ』
『そうよ。あなたのせいじゃないわ。ここは時間の流れも違う異世界で、私たちはもう二度と故郷に戻ることはできない。けれど愛する人と堂々と生きていける、手を取り合って日々を重ねられる。そのことが本当に幸せなの』
「ステファニー……」
『俺も妹の消息がわからないままなのは心残りではある。でも身分や立場と関係なく、ステファニーと対等に愛し合えるこの世界に来てよかった。幸せだよ。チャールズ、君は幸せに過ごしているか?』
彼らが話すあのときのことを、オリビアも詳しくは知らない。
住む世界も時間の流れ方も変わった彼らは、今日までずっと互いの幸せを願っていたのだ。それぞれの慈しむような優しい声色からよく伝わってくる。
「ああ、私は幸せだよ。そうだ、君たちに紹介したい子がいる。レオン、こちらに来なさい」
ふいに声をかけられレオンは「はい」と言って椅子をベッドに近づけ、祖父に身を寄せる。オリビアはふたりがカメラに映るように角度を調節した。
『この子はチャールズのお子さん、いやお孫さんかな?』
『うわあ、美形だなあ。王子様って感じ』
「いかにも。私の四番目の孫、レオンだ。私の息子とミハイルの娘が結婚して生まれた子なんだよ」
『ええ~!!』
仰天という言葉にふさわしい大声がタブレットから飛び出した。先王チャールズは満足そうに目を細めている。そしてレオンの肩を叩き画面を指さした。
「レオン、彼はお前の祖母の兄にあたる人だ」
「え、お祖母様の?」
『チャールズ、君は妹を、イーリスを助けてくれたのか?』
「ああ、約束しただろう? 出自を隠すためにアイリスと名を変えさせたがね」
先王が画面に向かってウインクをしてから肩をすくめた。照れ隠しのように見える。タブレットからは「ありがとう」と繰り返す、ノアの涙声が何度も聞こえた。
二時間ほどのビデオ通話を終え先王の部屋を出たオリビアに、レオンが頭を下げた。
「オリビア嬢、リアムも、今日はありがとう。あんなに元気で嬉しそうなお祖父様を見たのは久しぶりだったよ」
「それはよかったです。本当に素敵な時間でしたわね」
心からの礼の言葉に笑顔を返す。
時空を超えた友情を目の当たりにして、自分の魔法が役に立って、喜びや達成感で心が満たされていた。
それからオリビアはレオンに見送られ、リアムと馬車に乗り込んだ。
「リアム様、今日はご協力いただきましてありがとうございました」
「礼なんていいよ、オリビア嬢。あの場に立ち会えたことを光栄に思っている。君の言う通り、素敵な時間だった」
「そう思っていただけて嬉しいですわ」
謁見での緊張の糸も切れたせいか、ふわふわと足元が浮くように感じる。表情も緩み、目尻を思い切り下げ恋人に笑いかけると、彼もまたうっとりと深緑の瞳が弧を描いていた。
「あとは、夜会まで休暇を貰えるのが実は嬉しい」
「一週間もお休みなのですね。私は月曜から学院に通います」
「そうか。夏の休暇前、最後の一週間だな。ところでオリビア嬢、このあとなんだが」
つい今まで笑顔を浮かべていたリアムが、口をつぐんで視線を散らした。不思議に思いオリビアは首を傾げる。
「リアム様、どうされたのですか?」
「今日はアレキサンドライトの屋敷に来ないか? 明日の夕方にはちゃんと学院に送り届けるよ」
>>続く
『あ、オリビア! ねえ、もしかして、後ろの人って……』
「ええ。前国王、チャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトス陛下よ」
『ステフ? なになに、どうしたの?』
画面の奥からノアが現れた。彼もこちらの世界を興味深そうに覗いてくる。
『ノア! この人チャールズよ! 見て、すっかりおじいちゃんだわ。わかってはいたけど、本当にあれから八十年近く経つのね』
『この人がチャールズ? うん、確かに面影がある』
「ステファニー、ノア……」
チャールズが目に涙を浮かべ、旧友たちの名を呼ぶ。オリビアはゆっくりと椅子に座り直し、彼に優しく声をかけた。
「先王陛下、よろしければふたりに話しかけてあげてください」
「ああ、ありがとう。ステファニー、ノア、久しぶりだな。きっとどこかで生きていると信じていた。君たちは変わらないな」
まさか自分の魔法で彼らを繋ぐ日が来るとは思っていなかった。この場にいる全員がそう思っているだろう。人目も憚はばからず涙を流し、画面に向かって話しかけるチャールズを見ていると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
『久しぶり、チャールズ。ていうかよく生きていたわね。ジュエリトス人の寿命を考えたら、あなたはもう生きていないだろうと思ってた』
「君たちのことが気がかりで、ここまで生きながらえてしまったよ。あのときは助けられなくてすまなかった」
『チャールズ、君は何も悪くない。謝ることなんてないさ』
『そうよ。あなたのせいじゃないわ。ここは時間の流れも違う異世界で、私たちはもう二度と故郷に戻ることはできない。けれど愛する人と堂々と生きていける、手を取り合って日々を重ねられる。そのことが本当に幸せなの』
「ステファニー……」
『俺も妹の消息がわからないままなのは心残りではある。でも身分や立場と関係なく、ステファニーと対等に愛し合えるこの世界に来てよかった。幸せだよ。チャールズ、君は幸せに過ごしているか?』
彼らが話すあのときのことを、オリビアも詳しくは知らない。
住む世界も時間の流れ方も変わった彼らは、今日までずっと互いの幸せを願っていたのだ。それぞれの慈しむような優しい声色からよく伝わってくる。
「ああ、私は幸せだよ。そうだ、君たちに紹介したい子がいる。レオン、こちらに来なさい」
ふいに声をかけられレオンは「はい」と言って椅子をベッドに近づけ、祖父に身を寄せる。オリビアはふたりがカメラに映るように角度を調節した。
『この子はチャールズのお子さん、いやお孫さんかな?』
『うわあ、美形だなあ。王子様って感じ』
「いかにも。私の四番目の孫、レオンだ。私の息子とミハイルの娘が結婚して生まれた子なんだよ」
『ええ~!!』
仰天という言葉にふさわしい大声がタブレットから飛び出した。先王チャールズは満足そうに目を細めている。そしてレオンの肩を叩き画面を指さした。
「レオン、彼はお前の祖母の兄にあたる人だ」
「え、お祖母様の?」
『チャールズ、君は妹を、イーリスを助けてくれたのか?』
「ああ、約束しただろう? 出自を隠すためにアイリスと名を変えさせたがね」
先王が画面に向かってウインクをしてから肩をすくめた。照れ隠しのように見える。タブレットからは「ありがとう」と繰り返す、ノアの涙声が何度も聞こえた。
二時間ほどのビデオ通話を終え先王の部屋を出たオリビアに、レオンが頭を下げた。
「オリビア嬢、リアムも、今日はありがとう。あんなに元気で嬉しそうなお祖父様を見たのは久しぶりだったよ」
「それはよかったです。本当に素敵な時間でしたわね」
心からの礼の言葉に笑顔を返す。
時空を超えた友情を目の当たりにして、自分の魔法が役に立って、喜びや達成感で心が満たされていた。
それからオリビアはレオンに見送られ、リアムと馬車に乗り込んだ。
「リアム様、今日はご協力いただきましてありがとうございました」
「礼なんていいよ、オリビア嬢。あの場に立ち会えたことを光栄に思っている。君の言う通り、素敵な時間だった」
「そう思っていただけて嬉しいですわ」
謁見での緊張の糸も切れたせいか、ふわふわと足元が浮くように感じる。表情も緩み、目尻を思い切り下げ恋人に笑いかけると、彼もまたうっとりと深緑の瞳が弧を描いていた。
「あとは、夜会まで休暇を貰えるのが実は嬉しい」
「一週間もお休みなのですね。私は月曜から学院に通います」
「そうか。夏の休暇前、最後の一週間だな。ところでオリビア嬢、このあとなんだが」
つい今まで笑顔を浮かべていたリアムが、口をつぐんで視線を散らした。不思議に思いオリビアは首を傾げる。
「リアム様、どうされたのですか?」
「今日はアレキサンドライトの屋敷に来ないか? 明日の夕方にはちゃんと学院に送り届けるよ」
>>続く
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