上 下
228 / 230
終章 婚約者はマッチョ騎士!

229、時空を超えた友情

しおりを挟む
 驚き口を開いたままタブレットを凝視する先王の姿を見て、オリビアは立ち上がり身を前に出し、画面を覗き込んだ。ビデオ通話のアプリは正常に起動し、目の前にはステファニーが映し出されている。

『あ、オリビア! ねえ、もしかして、後ろの人って……』

「ええ。前国王、チャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトス陛下よ」

『ステフ? なになに、どうしたの?』

 画面の奥からノアが現れた。彼もこちらの世界を興味深そうに覗いてくる。

『ノア! この人チャールズよ! 見て、すっかりおじいちゃんだわ。わかってはいたけど、本当にあれから八十年近く経つのね』

『この人がチャールズ? うん、確かに面影がある』

「ステファニー、ノア……」

 チャールズが目に涙を浮かべ、旧友たちの名を呼ぶ。オリビアはゆっくりと椅子に座り直し、彼に優しく声をかけた。

「先王陛下、よろしければふたりに話しかけてあげてください」

「ああ、ありがとう。ステファニー、ノア、久しぶりだな。きっとどこかで生きていると信じていた。君たちは変わらないな」

 まさか自分の魔法で彼らを繋ぐ日が来るとは思っていなかった。この場にいる全員がそう思っているだろう。人目も憚はばからず涙を流し、画面に向かって話しかけるチャールズを見ていると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

『久しぶり、チャールズ。ていうかよく生きていたわね。ジュエリトス人の寿命を考えたら、あなたはもう生きていないだろうと思ってた』

「君たちのことが気がかりで、ここまで生きながらえてしまったよ。あのときは助けられなくてすまなかった」

『チャールズ、君は何も悪くない。謝ることなんてないさ』

『そうよ。あなたのせいじゃないわ。ここは時間の流れも違う異世界で、私たちはもう二度と故郷に戻ることはできない。けれど愛する人と堂々と生きていける、手を取り合って日々を重ねられる。そのことが本当に幸せなの』

「ステファニー……」

『俺も妹の消息がわからないままなのは心残りではある。でも身分や立場と関係なく、ステファニーと対等に愛し合えるこの世界に来てよかった。幸せだよ。チャールズ、君は幸せに過ごしているか?』

 彼らが話すあのときのことを、オリビアも詳しくは知らない。

 住む世界も時間の流れ方も変わった彼らは、今日までずっと互いの幸せを願っていたのだ。それぞれの慈しむような優しい声色からよく伝わってくる。

「ああ、私は幸せだよ。そうだ、君たちに紹介したい子がいる。レオン、こちらに来なさい」

 ふいに声をかけられレオンは「はい」と言って椅子をベッドに近づけ、祖父に身を寄せる。オリビアはふたりがカメラに映るように角度を調節した。

『この子はチャールズのお子さん、いやお孫さんかな?』

『うわあ、美形だなあ。王子様って感じ』

「いかにも。私の四番目の孫、レオンだ。私の息子とミハイルの娘が結婚して生まれた子なんだよ」

『ええ~!!』

 仰天という言葉にふさわしい大声がタブレットから飛び出した。先王チャールズは満足そうに目を細めている。そしてレオンの肩を叩き画面を指さした。

「レオン、彼はお前の祖母の兄にあたる人だ」

「え、お祖母様の?」

『チャールズ、君は妹を、イーリスを助けてくれたのか?』

「ああ、約束しただろう? 出自を隠すためにアイリスと名を変えさせたがね」

 先王が画面に向かってウインクをしてから肩をすくめた。照れ隠しのように見える。タブレットからは「ありがとう」と繰り返す、ノアの涙声が何度も聞こえた。

 二時間ほどのビデオ通話を終え先王の部屋を出たオリビアに、レオンが頭を下げた。

「オリビア嬢、リアムも、今日はありがとう。あんなに元気で嬉しそうなお祖父様を見たのは久しぶりだったよ」

「それはよかったです。本当に素敵な時間でしたわね」

 心からの礼の言葉に笑顔を返す。
 時空を超えた友情を目の当たりにして、自分の魔法が役に立って、喜びや達成感で心が満たされていた。

 それからオリビアはレオンに見送られ、リアムと馬車に乗り込んだ。

「リアム様、今日はご協力いただきましてありがとうございました」

「礼なんていいよ、オリビア嬢。あの場に立ち会えたことを光栄に思っている。君の言う通り、素敵な時間だった」

「そう思っていただけて嬉しいですわ」

 謁見での緊張の糸も切れたせいか、ふわふわと足元が浮くように感じる。表情も緩み、目尻を思い切り下げ恋人に笑いかけると、彼もまたうっとりと深緑の瞳が弧を描いていた。

「あとは、夜会まで休暇を貰えるのが実は嬉しい」

「一週間もお休みなのですね。私は月曜から学院に通います」

「そうか。夏の休暇前、最後の一週間だな。ところでオリビア嬢、このあとなんだが」

 つい今まで笑顔を浮かべていたリアムが、口をつぐんで視線を散らした。不思議に思いオリビアは首を傾げる。

「リアム様、どうされたのですか?」

「今日はアレキサンドライトの屋敷に来ないか? 明日の夕方にはちゃんと学院に送り届けるよ」

>>続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...