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第九章 幕引き

221、ペリドットの告白

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 まるで蛇にでも睨まれたかのように、オリビアの体は固まり動けなかった。視線を外すことさえできない。穏やかに微笑するラピスラズリの瞳が、淀み暗い底なし沼のように絡みつく。

「静粛に! 被告人は黙りなさい! 大人しく席につかなければ、このまま閉廷する!」

「ひい!」

 必死になって暴れるペリドットを抑える副裁判官の怒声が、張り詰めた空気を吹き飛ばす。オリビアはラピスラズリから目を逸らし俯いた。

「被告人、まずは席につきなさい。話は後で聞こう。今はまだラピスラズリ侯爵の証言の時間だ」

「はい……」

 国王の言葉でやっと黙るペリドット。騎士団員が床で押さえていた彼の体を起こした。そしてがたがたと音を立て被告人控え席の椅子に座らされた。その様子を見届けてから、国王は再び証言席のラピスラズリに向かう。

「それではラピスラズリ侯爵。今、被告人の口から君が今回の事件に関わっているという趣旨の発言があった。これを認めるか?」

「認めません。私は事件やペリドット伯爵の企てには無関係でございます」

「そうか。では控え席で待つように」

「承知いたしました」

 ラピスラズリが一礼し証人控え席に向かった。その様子をペリドットが眉と顎にしわを寄せ真っ赤な顔で睨んでいたが、彼はそれを視界に入れず涼しい顔で席についた。

「次に、被告人尋問を始める。被告人、ジョルジュ・ペリドットは証言席へ!」

「はい!」

 国王の呼びかけに、ペリドットは鼻息も荒く証言席に立つ。怒りに身を任せ、あまり状況を理解できていないように見える。彼が口走った言葉は証明できなければ妄想として扱われるというのに。オリビアの胸がざわつく。

「では被告人。君の主張を聞こう。それから担当は尋問し、証拠になりうるものは提出しなさい。ペリドット伯爵、君の発言は判決に有利にも不利にもなる。心に留めて発言しなさい」

「はい。承知いたしました!」

 ペリドットは国王に向かって大きく頷き、事件について語り始めた。

「私は両親亡き後、必死に領地を守り続けていました。ラピスラズリ侯爵はそんな私にマルズワルトから生地の仕入れなどの仕事もくださり、なんとか軌道に乗っておりましたが、五年ほど前から財政が厳しくなりました。領民が他領に移住し、税収が減ったのです。しかし国へ収める税は減らないので年々厳しく、二年前にラピスラズリ様に相談しました。そこで、彼はマルズワルトと組み、王都を攻めることを提案したのです」

「ペリドット伯爵、ラピスラズリ侯爵はどのような言葉であなたに王都を攻めることを提案しましたか?」

 担当の騎士団員が問いかける。傍聴人たちが食い入るように証言席を見ていた。法廷中に注目されながらペリドットが答える。

「マルズワルトの傭兵たちと組み、王都を攻めようと。そして王を討ち新たな指導者を迎えようと。そうすれば納税に苦しむこともなくなる、と」

「王都を攻める方法について、具体的な提案はありましたか?」

「はい。傭兵を雇うことと、演習帰りの騎士団を襲うこと。そこで演習場も被害を受けたと嘘の報告をして復旧費用の架空請求、その間演習場で傭兵たちの訓練を行い、準備ができたら王都を攻めることです」

「なるほど。ほぼ計画の全てと思われますがどうですか?」

「その通りです。国家反逆罪については、全てラピスラズリ様の指示に従いました」

 ペリドットがはっきりと大きな声で答える。大法廷はどよめき、傍聴している貴族たちは証言席と控え席を見てひそひそと何かを話していた。副裁判官が「静粛に」という言葉で彼らを黙らせ、騎士団員がペリドットに問いかける。

「ではペリドット伯爵。ラピスラズリ侯爵が指示したという一連の出来事について、証拠はありますか? 例えば手紙や書類など」

「その、手紙はないです。書類も……。でも、この前騎士団に捕まったとき、マルズワルトの魔導士たちがいたはずです。彼らの証言があれば……」

 うろたえ、冷や汗をかき視線が散るペリドット。ここでやっと彼は初めて証拠が必要なことに気づいたようだった。証拠なき証言は嘘や妄想と同じ。裁判においては主張あるものがその証明をしなければいけない。つまり無関係だというラピスラズリではなく、彼が関わっていると先に主張したペリドットに責がある。

 尋問していた騎士団員が大きく息を吐いた。

「事件があった日、捕えた傭兵たちの中にマルズワルト人も魔導士もいなかったんですよ。他の証拠を示してください」

「そん、な……」

 呟いたペリドットの顔色がみるみるうちに青ざめる。彼は首を振り、縋るような瞳でオリビアを見つめた。

「彼女が、オリビア・クリスタル伯爵令嬢が証人です!」

>>続く
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