211 / 230
第八章 決戦!ペリドット領
212、やってきた恋人
しおりを挟む
チャームから飛び出した光を見送りながら、オリビアは得意げに笑った。正面で見ていたエヴァ・ペリドットが額に青筋を立てている。彼女は唇を震わせながら怒りの言葉を口にした。
「騙したわね! わざと私に壊させて、魔道具を発動するなんて!」
眉のしわが深くなったエヴァに視線を移し、さらに笑みを深める。これで彼女は怒りから冷静な判断はできない。助けが来る前に移動するなど、対策しようとは微塵も思っていないだろう。オリビアはエヴァをさらに挑発した。
「あら、騙してなんかないわ。あなたが勝手に勘違いしてチャームをこわしたのでしょう?」
瞬間、頬に衝撃が走り乾いた音が牢内に響く。じんじんと熱い顔の左側と口の中に広がる鉄臭さ。頬を打たれたのだと、打撃で閉じた目を開き気づく。目の前のエヴァが肩で息をしながら、真っ赤な顔でオリビアを睨んでいた。
「そうやって、生まれながらの貴族様は他人をバカにするのが上手ね。あんた、私が何もできないと高を括っているでしょう?」
水色の両眼は鋭さを増す。銀糸の髪を強く引っ張られ、オリビアは痛みに呻いた。エヴァの顔が近づき、彼女は口角を上げた。
「痛いでしょう? 武器なんかなくてもこうして私はあんたを痛めつけることができる。この手で、その細い首を絞めて殺すことだってできるのよ」
「そんなこと、させない!」
そう言って、オリビアは頭を後ろに傾けた。そして腹に力を入れて体ごと頭を前に思い切り起こす。オリビアの額がエヴァの鼻に勢いよくぶつかった。
「痛いっ!!」
「でしょうね」
鼻を押さえてよろめくエヴァ。オリビアも額に鈍い痛みを感じていた。この一撃で怒りが最高潮まで達したであろう伯爵夫人。初対面の頃とは別人のようだった。感情に身を任せ声を張り上げている。
「許さないわよこのクソガキ! 絶対に生きて帰すものか!!」
エヴァが体勢を立て直し向かってくる。彼女が一歩踏み出そうとしたときだった。
「キャア!!」
「え?」
背後から吊られるように、エヴァの体が浮いた。奥には黒い影。そのまま彼女は入り口に引っ張られ、浮いた足をバタつかせた。だがすぐに動かなくなる。何者かに気絶させられたようだ。床に降ろされたエヴァは力無く壁にもたれている。さらに鼻から血が一筋流れている。オリビアは自分のせいだと察し、少しだけ彼女を気の毒に思った。
「オリビア嬢!」
「リアム様?」
牢の中に入ってきたのはリアムだった。怪我はないようだが、なぜか片腕だけ服の袖がない。何があったのだろう?
それでも、来てくれた。
彼に駆け寄りたかったが拘束され動けずもどかしい。リアムがナイフで縄を切る。やっとオリビアは自由を取り戻し、彼の腕の中で安堵の息を漏らした。
「怪我しているじゃないか。すぐに治す」
「ありがとうございます」
オリビアの頬が大きな手で包まれる。温かな魔力が流れ込み、頬の痛みは消え去った。さらに縄ですり傷になった腕や頭突きで使った額、馬車で打ちコブになっていた頭も治してもらう。
「他に痛むところはないか?」
「はい。もう平気です」
リアムがオリビアの髪を撫でながら、その手を頬に持っていく。顔を上げ、笑顔を向けると彼は困ったように眉を下げ笑った。少し潤んだ瞳からは、喜びや安心だけではなく、悔しさや不安も入り混じる複雑な感情も見える。
「本当に心配したよ。君が無事でよかった」
「リアム様。大丈夫だと言って出てきたのに、こんなことになって申し訳ありませんでした。けれど、必ず来てくれると信じておりましたわ」
両手を伸ばし、逞しく広い背中に回す。顔を傾け胸の辺りに耳を置くと感じる、愛しい人の体温と胸の鼓動。本当に助かったのだと心が落ち着くのを実感しながら、オリビアは先ほどまでの緊張が解け、静かに涙を流した。
>>続く
「騙したわね! わざと私に壊させて、魔道具を発動するなんて!」
眉のしわが深くなったエヴァに視線を移し、さらに笑みを深める。これで彼女は怒りから冷静な判断はできない。助けが来る前に移動するなど、対策しようとは微塵も思っていないだろう。オリビアはエヴァをさらに挑発した。
「あら、騙してなんかないわ。あなたが勝手に勘違いしてチャームをこわしたのでしょう?」
瞬間、頬に衝撃が走り乾いた音が牢内に響く。じんじんと熱い顔の左側と口の中に広がる鉄臭さ。頬を打たれたのだと、打撃で閉じた目を開き気づく。目の前のエヴァが肩で息をしながら、真っ赤な顔でオリビアを睨んでいた。
「そうやって、生まれながらの貴族様は他人をバカにするのが上手ね。あんた、私が何もできないと高を括っているでしょう?」
水色の両眼は鋭さを増す。銀糸の髪を強く引っ張られ、オリビアは痛みに呻いた。エヴァの顔が近づき、彼女は口角を上げた。
「痛いでしょう? 武器なんかなくてもこうして私はあんたを痛めつけることができる。この手で、その細い首を絞めて殺すことだってできるのよ」
「そんなこと、させない!」
そう言って、オリビアは頭を後ろに傾けた。そして腹に力を入れて体ごと頭を前に思い切り起こす。オリビアの額がエヴァの鼻に勢いよくぶつかった。
「痛いっ!!」
「でしょうね」
鼻を押さえてよろめくエヴァ。オリビアも額に鈍い痛みを感じていた。この一撃で怒りが最高潮まで達したであろう伯爵夫人。初対面の頃とは別人のようだった。感情に身を任せ声を張り上げている。
「許さないわよこのクソガキ! 絶対に生きて帰すものか!!」
エヴァが体勢を立て直し向かってくる。彼女が一歩踏み出そうとしたときだった。
「キャア!!」
「え?」
背後から吊られるように、エヴァの体が浮いた。奥には黒い影。そのまま彼女は入り口に引っ張られ、浮いた足をバタつかせた。だがすぐに動かなくなる。何者かに気絶させられたようだ。床に降ろされたエヴァは力無く壁にもたれている。さらに鼻から血が一筋流れている。オリビアは自分のせいだと察し、少しだけ彼女を気の毒に思った。
「オリビア嬢!」
「リアム様?」
牢の中に入ってきたのはリアムだった。怪我はないようだが、なぜか片腕だけ服の袖がない。何があったのだろう?
それでも、来てくれた。
彼に駆け寄りたかったが拘束され動けずもどかしい。リアムがナイフで縄を切る。やっとオリビアは自由を取り戻し、彼の腕の中で安堵の息を漏らした。
「怪我しているじゃないか。すぐに治す」
「ありがとうございます」
オリビアの頬が大きな手で包まれる。温かな魔力が流れ込み、頬の痛みは消え去った。さらに縄ですり傷になった腕や頭突きで使った額、馬車で打ちコブになっていた頭も治してもらう。
「他に痛むところはないか?」
「はい。もう平気です」
リアムがオリビアの髪を撫でながら、その手を頬に持っていく。顔を上げ、笑顔を向けると彼は困ったように眉を下げ笑った。少し潤んだ瞳からは、喜びや安心だけではなく、悔しさや不安も入り混じる複雑な感情も見える。
「本当に心配したよ。君が無事でよかった」
「リアム様。大丈夫だと言って出てきたのに、こんなことになって申し訳ありませんでした。けれど、必ず来てくれると信じておりましたわ」
両手を伸ばし、逞しく広い背中に回す。顔を傾け胸の辺りに耳を置くと感じる、愛しい人の体温と胸の鼓動。本当に助かったのだと心が落ち着くのを実感しながら、オリビアは先ほどまでの緊張が解け、静かに涙を流した。
>>続く
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
9回巻き戻った公爵令嬢ですが、10回目の人生はどうやらご褒美モードのようです
志野田みかん
恋愛
アリーシア・グランツ公爵令嬢は、異世界から落ちてきた聖女ミアに婚約者を奪われ、断罪されて処刑された。殺されるたびに人生が巻き戻り、そのたびに王太子マクシミリアンはミアに心奪われ、アリーシアは処刑、処刑、処刑!
10回目の人生にして、ようやく貧乏男爵令嬢アリーに生まれ変わった。
もう王太子や聖女には関わらない!と心に決めたのに、病弱な弟のために王宮の侍女として働くことに。するとなぜか、王太子マクシミリアンは聖女ミアには目もくれず、男爵令嬢アリーを溺愛し始めて……。
(頭を空っぽにして笑えることを目指したコメディです。2020年に執筆した作品です。本作を読みたいというお声があったため再掲します。作者は健康上の理由で、書籍化を含む小説執筆活動を休止しております)
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる