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第六章 事件発生
147、リタ失踪事件1
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木曜日の朝、九時三十分。
リタは街の広場に来ていた。エルとの約束は十時だ。いつものベンチに腰掛け、本を開いた。
「リタさんですか?」
「はい……。私に何か?」
「これ……」
本を読み始めて数分後、自分を呼ぶ高めの声がしてリタは顔を上げた。そこには十歳くらいの男の子が立っていた。彼はリタに手紙を差し出す。
「ありがとう」
「エルさんからです。それじゃ」
「あ、待って!」
リタは手紙を渡してその場を去ろうとした男の子に、「お礼よ」と言って千エールの紙幣を渡した。彼はにっこり微笑んで「ありがとう!」と言い、走っていった。
「エルからか……」
折り畳まれた手紙を見つめ、リタは呟いた。中身を見るのが不安だった。
先週エルは気にしなくていいと言ってくれたが、自分のせいで彼に不快な思いをさせてしまった。もしかすると、もう会いたくないと書いてあるのかもしれない。
リタは手紙を両手で胸元に押さえつけ、何度か深呼吸を繰り返した。そして、ゆっくりと手紙を開いた。
「ほっ……」
小さな声とともに安堵の息が漏れる。エルからの手紙にはこう書いてあった。
『リタさんへ
お待たせしてすみません。
急用でどうしても約束の時間に間に合いません。
夕方には街に出られるので、十七時頃に広場で会いましょう。
ぜひ夕食をご馳走させてください。
早くあなたに会いたいです。
エルより』
「よかった……」
リタは手紙を折りたたみカバンにしまった。そして、夕方エルに会うのを楽しみにしながら、笑顔で広場を離れた。
一方、オリビアはいつもの木曜日同様に自分で身支度を済ませ、ジョージとともに登校する。
「おはよっす。あれ、今日はそうきましたか」
「まあね、私も学習したのよ」
眉をわずかに上げ意表をつかれた様子のジョージに、オリビアは得意げに口角を上げ、笑みを見せた。いつもは髪を結おうとして失敗し、ジョージにお直しさせていたが、今日は結うのをやめた。できるかぎり丁寧にブラッシングした銀髪が風に乗ってふわりと揺れる。
「いや、ないでしょう」
「え?」
「髪結わないとか、裸みたいなもんでしょう。ちょっとこっち来てください」
「嫌よ、みんなに見られながら髪結うのなんて!」
「だから、こっちの人通りが少ないところでやるから早く着いてきてください」
「わかったわよ……」
オリビアはその後、人通りの少ない木陰に隠れながらジョージに髪を結ってもらい、校舎に入った。
教室に入りクラスメイトたちと挨拶をして、オリビアはジョージと並んで席についた。ふと、反対側の隣に気配を感じ首を左に捻ると、木曜はいないはずのレオンが座っている。
「レオン殿下、おはようございます」
「おはよう、オリビア嬢、ヘマタイト君も」
「おはようございます、殿下」
「珍しいですね、木曜日にいらっしゃるなんて。いつもはご公務でお休みですから……」
オリビアは単純に好奇心でレオンに質問した。彼は視線をやや下に向け、控えめに口元だけで笑みを浮かべた。
「実は、木曜にある体術の授業に参加しないといけなくてね。さすがに一度も出ないと成績がつけられないそうだ」
「なるほど……そうだったのですね」
「ああ、わからないことがあったらぜひ教えてよ」
「はい、もちろんです」
「ありがとう、オリビア嬢」
話している間もレオンが微笑みを絶やすことはなかった。しかし、彼は機嫌が悪いのではないかと、何かを押し殺すような声のトーンを聞いてオリビアは違和感を覚える。こういうときは気づかないフリが一番だ。今日一日を平和に過ごすために、オリビアはレオンに必要以上に近づかないでおこうと心に誓った。
>>続く
リタは街の広場に来ていた。エルとの約束は十時だ。いつものベンチに腰掛け、本を開いた。
「リタさんですか?」
「はい……。私に何か?」
「これ……」
本を読み始めて数分後、自分を呼ぶ高めの声がしてリタは顔を上げた。そこには十歳くらいの男の子が立っていた。彼はリタに手紙を差し出す。
「ありがとう」
「エルさんからです。それじゃ」
「あ、待って!」
リタは手紙を渡してその場を去ろうとした男の子に、「お礼よ」と言って千エールの紙幣を渡した。彼はにっこり微笑んで「ありがとう!」と言い、走っていった。
「エルからか……」
折り畳まれた手紙を見つめ、リタは呟いた。中身を見るのが不安だった。
先週エルは気にしなくていいと言ってくれたが、自分のせいで彼に不快な思いをさせてしまった。もしかすると、もう会いたくないと書いてあるのかもしれない。
リタは手紙を両手で胸元に押さえつけ、何度か深呼吸を繰り返した。そして、ゆっくりと手紙を開いた。
「ほっ……」
小さな声とともに安堵の息が漏れる。エルからの手紙にはこう書いてあった。
『リタさんへ
お待たせしてすみません。
急用でどうしても約束の時間に間に合いません。
夕方には街に出られるので、十七時頃に広場で会いましょう。
ぜひ夕食をご馳走させてください。
早くあなたに会いたいです。
エルより』
「よかった……」
リタは手紙を折りたたみカバンにしまった。そして、夕方エルに会うのを楽しみにしながら、笑顔で広場を離れた。
一方、オリビアはいつもの木曜日同様に自分で身支度を済ませ、ジョージとともに登校する。
「おはよっす。あれ、今日はそうきましたか」
「まあね、私も学習したのよ」
眉をわずかに上げ意表をつかれた様子のジョージに、オリビアは得意げに口角を上げ、笑みを見せた。いつもは髪を結おうとして失敗し、ジョージにお直しさせていたが、今日は結うのをやめた。できるかぎり丁寧にブラッシングした銀髪が風に乗ってふわりと揺れる。
「いや、ないでしょう」
「え?」
「髪結わないとか、裸みたいなもんでしょう。ちょっとこっち来てください」
「嫌よ、みんなに見られながら髪結うのなんて!」
「だから、こっちの人通りが少ないところでやるから早く着いてきてください」
「わかったわよ……」
オリビアはその後、人通りの少ない木陰に隠れながらジョージに髪を結ってもらい、校舎に入った。
教室に入りクラスメイトたちと挨拶をして、オリビアはジョージと並んで席についた。ふと、反対側の隣に気配を感じ首を左に捻ると、木曜はいないはずのレオンが座っている。
「レオン殿下、おはようございます」
「おはよう、オリビア嬢、ヘマタイト君も」
「おはようございます、殿下」
「珍しいですね、木曜日にいらっしゃるなんて。いつもはご公務でお休みですから……」
オリビアは単純に好奇心でレオンに質問した。彼は視線をやや下に向け、控えめに口元だけで笑みを浮かべた。
「実は、木曜にある体術の授業に参加しないといけなくてね。さすがに一度も出ないと成績がつけられないそうだ」
「なるほど……そうだったのですね」
「ああ、わからないことがあったらぜひ教えてよ」
「はい、もちろんです」
「ありがとう、オリビア嬢」
話している間もレオンが微笑みを絶やすことはなかった。しかし、彼は機嫌が悪いのではないかと、何かを押し殺すような声のトーンを聞いてオリビアは違和感を覚える。こういうときは気づかないフリが一番だ。今日一日を平和に過ごすために、オリビアはレオンに必要以上に近づかないでおこうと心に誓った。
>>続く
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