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第五章 交差する陰謀
140、僕は剣術が得意じゃない4
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放課後、王宮に戻ったレオンは母で元マルズワルト王国王女のレイチェルに頼んで、ハイランドシープ生地と生地見本を手配することにした。「友達のために」と言うと母は嬉しそうに母国に手紙を書いていた。
それからレオンは、ひとりで王宮内の一室に向かう。
「レオンです。入ってもよろしいでしょうか?」
王宮内でも一際大きく装飾も豪華なドアをノックすると、ガチャンと解錠する音が廊下に響いた。部屋の主は床に伏せており、入り口に聞こえるほどの大きな声は出ない。解錠の音が入室許可の唯一の合図だ。
「お祖父様、ただいま戻りました」
「……レオン、おかえり。学校はどうだった?」
ここはレオンの祖父の部屋だ。彼は先代の国王でチャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトス。齢九十を過ぎており、この国の平均寿命である八十歳を大幅に超え、長生きと呼べるだろう。しかしここ数年はすっかり弱り、床に伏せているばかりだった。
今日は自力で上半身を起こせたので、体調はいいようだ。
レオンはベッドと彼の背中の間にクッションを二つ重ねて挟めた。そして、自分はベッドの傍らの椅子に腰掛ける。
「楽しかったですよ。ただ、剣術の授業で女子と対戦して負けてしまいました」
「それはいかんな。苦手なことほど稽古をしっかりするんだぞ」
「はい、授業もちゃんと受けます」
「そうだ、その意気だ。私が学院に通っていた頃は……」
気分がいいときはよく学院に通っていた頃の話をレオンに話してくれる祖父。幼馴染の女の子、同級生の男の子、留学してきた親友でレオンのもうひとりの祖父のこと……。
そして床に伏せるようになってからは、いつもこの言葉で締めくくる。
「ステファニー、ノア……一体どこに行ってしまったんだ……。君たちに会いたい。話したいことが、たくさんあるというのに……」
「お祖父様……」
数年前、もうひとりの祖父で隣国マルズワルトの元国王だったミハイルが亡くなった頃から、チャールズは一気に心身が弱り、たちまち寝たきりになってしまった。
親友の死が、行方不明になった元婚約者や彼女と一緒に消えた友人への未練の引き金になったようだった。
「お祖父様、大丈夫です。近いうちに必ずステファニーに会わせてあげますから」
レオンは手を伸ばし空色の瞳に涙を浮かべる祖父の手をそっと包み込んだ。
それから二週間ほど、レオンはハイランドシープの生地見本をオリビアに渡したり、たまに昼食をともにしたりと、彼女とあくまで同級生としてだが友好な関係を築いていた。
周りの生徒たちの間でも、夏の夜会ではふたりの婚約のニュースが駆け巡るのではないかと噂されるようになった。
当のオリビア本人は事実無根と気にしていなかったが、小さな既成事実は周囲で静かに積み重なっていったのだ。
「結局、オリビア嬢と侍女の魔法はわからずじまいか……」
「も、申し訳ございませんっ」
王宮のレオンの私室。レオンは大きなため息をつき、大理石でできたテーブルを人差し指でトントンとリズミカルに叩いた。護衛でオリビアの侍女リタを調査しているオリバーが、肩をびくりと吊り上げてから頭を下げた。
もうすでに期限の二ヶ月のうち、半分を消化してしまっていた。
周囲に自分とオリビアの関係を勘繰らせ、いつ婚約を発表してもいいくらいのところまで持ってきてはいる。しかし、ここで婚約に踏み切る材料がないのだ。
オリビアのことを気に入ってはいるが、恋人や伴侶としてというよりは今の気を使わなくていい友人関係が一番望ましいと、最近気がついた。
もし万が一彼女が時空の巫女ステファニー・クリスタルの生まれ変わりではないのなら、わざわざリアムと引き離してまで自分が横槍を入れたくはない。
「正直もう残りの時間も少ない。オリバー、多少強引な手を使っても構わない、金もいくら使っても構わないから、お前の解析魔法で侍女の魔法を探るんだ。」
「はっ、はい。かしこまりました!」
レオンが思案している間、頭を下げたたままだったオリバーが頭を上げ、再び上半身を折って頭を下げた。その隣ではクリスタル領の調査を終え護衛に戻ったハリーも背筋を正し直立している。
「けれどくれぐれも怪我などさせないように。いいね?」
「かしこまりました!」
「じゃあ今日はもう下がっていいよ。また明日」
「「失礼いたします」」
オリバーとハリーがいなくなった部屋で、レオンは純金よりも美しいと称される金髪をかきあげ、大きなため息をついた。
>>次話へ続く
それからレオンは、ひとりで王宮内の一室に向かう。
「レオンです。入ってもよろしいでしょうか?」
王宮内でも一際大きく装飾も豪華なドアをノックすると、ガチャンと解錠する音が廊下に響いた。部屋の主は床に伏せており、入り口に聞こえるほどの大きな声は出ない。解錠の音が入室許可の唯一の合図だ。
「お祖父様、ただいま戻りました」
「……レオン、おかえり。学校はどうだった?」
ここはレオンの祖父の部屋だ。彼は先代の国王でチャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトス。齢九十を過ぎており、この国の平均寿命である八十歳を大幅に超え、長生きと呼べるだろう。しかしここ数年はすっかり弱り、床に伏せているばかりだった。
今日は自力で上半身を起こせたので、体調はいいようだ。
レオンはベッドと彼の背中の間にクッションを二つ重ねて挟めた。そして、自分はベッドの傍らの椅子に腰掛ける。
「楽しかったですよ。ただ、剣術の授業で女子と対戦して負けてしまいました」
「それはいかんな。苦手なことほど稽古をしっかりするんだぞ」
「はい、授業もちゃんと受けます」
「そうだ、その意気だ。私が学院に通っていた頃は……」
気分がいいときはよく学院に通っていた頃の話をレオンに話してくれる祖父。幼馴染の女の子、同級生の男の子、留学してきた親友でレオンのもうひとりの祖父のこと……。
そして床に伏せるようになってからは、いつもこの言葉で締めくくる。
「ステファニー、ノア……一体どこに行ってしまったんだ……。君たちに会いたい。話したいことが、たくさんあるというのに……」
「お祖父様……」
数年前、もうひとりの祖父で隣国マルズワルトの元国王だったミハイルが亡くなった頃から、チャールズは一気に心身が弱り、たちまち寝たきりになってしまった。
親友の死が、行方不明になった元婚約者や彼女と一緒に消えた友人への未練の引き金になったようだった。
「お祖父様、大丈夫です。近いうちに必ずステファニーに会わせてあげますから」
レオンは手を伸ばし空色の瞳に涙を浮かべる祖父の手をそっと包み込んだ。
それから二週間ほど、レオンはハイランドシープの生地見本をオリビアに渡したり、たまに昼食をともにしたりと、彼女とあくまで同級生としてだが友好な関係を築いていた。
周りの生徒たちの間でも、夏の夜会ではふたりの婚約のニュースが駆け巡るのではないかと噂されるようになった。
当のオリビア本人は事実無根と気にしていなかったが、小さな既成事実は周囲で静かに積み重なっていったのだ。
「結局、オリビア嬢と侍女の魔法はわからずじまいか……」
「も、申し訳ございませんっ」
王宮のレオンの私室。レオンは大きなため息をつき、大理石でできたテーブルを人差し指でトントンとリズミカルに叩いた。護衛でオリビアの侍女リタを調査しているオリバーが、肩をびくりと吊り上げてから頭を下げた。
もうすでに期限の二ヶ月のうち、半分を消化してしまっていた。
周囲に自分とオリビアの関係を勘繰らせ、いつ婚約を発表してもいいくらいのところまで持ってきてはいる。しかし、ここで婚約に踏み切る材料がないのだ。
オリビアのことを気に入ってはいるが、恋人や伴侶としてというよりは今の気を使わなくていい友人関係が一番望ましいと、最近気がついた。
もし万が一彼女が時空の巫女ステファニー・クリスタルの生まれ変わりではないのなら、わざわざリアムと引き離してまで自分が横槍を入れたくはない。
「正直もう残りの時間も少ない。オリバー、多少強引な手を使っても構わない、金もいくら使っても構わないから、お前の解析魔法で侍女の魔法を探るんだ。」
「はっ、はい。かしこまりました!」
レオンが思案している間、頭を下げたたままだったオリバーが頭を上げ、再び上半身を折って頭を下げた。その隣ではクリスタル領の調査を終え護衛に戻ったハリーも背筋を正し直立している。
「けれどくれぐれも怪我などさせないように。いいね?」
「かしこまりました!」
「じゃあ今日はもう下がっていいよ。また明日」
「「失礼いたします」」
オリバーとハリーがいなくなった部屋で、レオンは純金よりも美しいと称される金髪をかきあげ、大きなため息をついた。
>>次話へ続く
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