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第四章 ふたりは恋人! オリビア&リアム
124、リタの休日3−2
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「目的のものが買えてよかったです! さて、少し準備したいので一旦店に戻りましょう」
「はい」
繁華街の奥にあるエルの店。今日はリタの主人アリビアが恋人のリアムとデートする日だった。彼女たちは最後にエルの店に来店するので、リタはエルと共にオリビアに料理を振る舞うつもりだったのだ。先日の来店の際に彼に相談したところ快諾され、手伝いのために待ち合わせた。
まずは仕込みのため、リタは荷物を半分持ちながら歩いてここまでやってきた。店が近づくにつれ、エルの呼吸が乱れていたのが心配だったものの、なんとかたどり着いてほっと胸を撫で下ろした。
「到着! リタ様、荷物持ちありがとうございました」
「いいえ、お役に立ててよかったです」
「それじゃあ、これから夕食のメインを仕込みますね! でもリタ様、リビー様に聞かないで作ってしまって本当に大丈夫なんですか?」
「ええ。リビー様はきっと『おまかせで』と言うはずです。大丈夫ですよ」
買ってきた食材を仕分けるエルに、リタはにっこりと笑顔を向けた。きっと主人は恋人とのデートで胸いっぱいの状態で来店する。食事を何にしようかと考える余裕はないはずだ。
「すごいなあ、やっぱりリビー様のことをよく理解しているんですね!」
「もう何年も仕えていますから。それに、リビー様はわかりやすいタイプですし」
「確かにそうかもしれませんね。でも、きっとリタ様やジョージ様を信頼しているからだと思うんですよ」
「そうだと嬉しいです」
そう言ってリタが目尻を下げると、カウンター内にいるエルが灰色の瞳を細めていた。目の保養となり嬉しいものの、いつもと何かが違うと違和感を覚える。なぜだろう、何が違うのだろうと、いつのまにか彼を凝視していたようだ。エルが不安げに眉を寄せ首を傾げた。
「……リタ様?」
「あ、いえ! 何だかいつもと違う気がして……すみません」
慌てて小刻みに頭を下げていると、エルが「ああ」と言って一度頷き、口角を上げ口を開いた。
「きっと前髪を上げているからですね」
「ああ、そうか!」
リタは思ったよりも大きな声が出てしまい、恥ずかしくなり口を手で塞いだ。それくらいの衝撃だった。
いつもは目や鼻などの各パーツが、前髪が揺れた隙間から覗く程度なのだ。それでも十分彼が美しい顔立ちなのはわかっている。
しかし今日は形が良い唇に加え、筋が通っていて高い鼻も、くっきりとした二重に長いまつ毛が特徴の目も、髪の毛と同じ灰色の眉も全て見えている。
やはりエルは美形で有名なジュエリトスの王族も裸足で逃げ出すレベルの美しさを携えている。
「料理をするときは髪の毛はまとめるんです。ドジ防止も兼ねています」
「そうでしたか。外ではそうしないのですか?」
彼の場合、外でもドジ防止策が必要ではないかと思った、純粋な疑問だった。リタの言葉に対し、エルは眉を下げてわずかに苦笑した。
「僕の容姿は、珍しいみたいで……特に瞳の色は。この国にはおそらく一人もいないでしょう。買い物のときなんてお店の人が驚いてしまうから、外では前髪を下ろすようにしているんです」
「エル、申し訳ありません。無神経なことを聞いてしまいました」
リタは自分がクリスタル領という寛容な場所で生きてきたものだから、全く気がついていなかったと反省した。王都では異国人に厳しい人間も少なくない。
俯くリタに、エルが優しい口調で返事をした。
「いいえ、気にしないでください。そんなつもりで話したわけじゃありませんよ。肉の下拵えをしたらランチに行きましょう。美味しいサンドイッチのお店があるんです」
「はい。ありがとうございます、エル」
リタが顔を上げると、エルはカウンターから笑顔でこちらを見ていた。それはもう優しく、まるで労わるかのような視線だった。その笑顔を自分の黒い瞳に焼きつけながら、リタはいつか彼が人目を気にすることなく、自由に外を歩けるようになることを心から願った。
>>続く
「はい」
繁華街の奥にあるエルの店。今日はリタの主人アリビアが恋人のリアムとデートする日だった。彼女たちは最後にエルの店に来店するので、リタはエルと共にオリビアに料理を振る舞うつもりだったのだ。先日の来店の際に彼に相談したところ快諾され、手伝いのために待ち合わせた。
まずは仕込みのため、リタは荷物を半分持ちながら歩いてここまでやってきた。店が近づくにつれ、エルの呼吸が乱れていたのが心配だったものの、なんとかたどり着いてほっと胸を撫で下ろした。
「到着! リタ様、荷物持ちありがとうございました」
「いいえ、お役に立ててよかったです」
「それじゃあ、これから夕食のメインを仕込みますね! でもリタ様、リビー様に聞かないで作ってしまって本当に大丈夫なんですか?」
「ええ。リビー様はきっと『おまかせで』と言うはずです。大丈夫ですよ」
買ってきた食材を仕分けるエルに、リタはにっこりと笑顔を向けた。きっと主人は恋人とのデートで胸いっぱいの状態で来店する。食事を何にしようかと考える余裕はないはずだ。
「すごいなあ、やっぱりリビー様のことをよく理解しているんですね!」
「もう何年も仕えていますから。それに、リビー様はわかりやすいタイプですし」
「確かにそうかもしれませんね。でも、きっとリタ様やジョージ様を信頼しているからだと思うんですよ」
「そうだと嬉しいです」
そう言ってリタが目尻を下げると、カウンター内にいるエルが灰色の瞳を細めていた。目の保養となり嬉しいものの、いつもと何かが違うと違和感を覚える。なぜだろう、何が違うのだろうと、いつのまにか彼を凝視していたようだ。エルが不安げに眉を寄せ首を傾げた。
「……リタ様?」
「あ、いえ! 何だかいつもと違う気がして……すみません」
慌てて小刻みに頭を下げていると、エルが「ああ」と言って一度頷き、口角を上げ口を開いた。
「きっと前髪を上げているからですね」
「ああ、そうか!」
リタは思ったよりも大きな声が出てしまい、恥ずかしくなり口を手で塞いだ。それくらいの衝撃だった。
いつもは目や鼻などの各パーツが、前髪が揺れた隙間から覗く程度なのだ。それでも十分彼が美しい顔立ちなのはわかっている。
しかし今日は形が良い唇に加え、筋が通っていて高い鼻も、くっきりとした二重に長いまつ毛が特徴の目も、髪の毛と同じ灰色の眉も全て見えている。
やはりエルは美形で有名なジュエリトスの王族も裸足で逃げ出すレベルの美しさを携えている。
「料理をするときは髪の毛はまとめるんです。ドジ防止も兼ねています」
「そうでしたか。外ではそうしないのですか?」
彼の場合、外でもドジ防止策が必要ではないかと思った、純粋な疑問だった。リタの言葉に対し、エルは眉を下げてわずかに苦笑した。
「僕の容姿は、珍しいみたいで……特に瞳の色は。この国にはおそらく一人もいないでしょう。買い物のときなんてお店の人が驚いてしまうから、外では前髪を下ろすようにしているんです」
「エル、申し訳ありません。無神経なことを聞いてしまいました」
リタは自分がクリスタル領という寛容な場所で生きてきたものだから、全く気がついていなかったと反省した。王都では異国人に厳しい人間も少なくない。
俯くリタに、エルが優しい口調で返事をした。
「いいえ、気にしないでください。そんなつもりで話したわけじゃありませんよ。肉の下拵えをしたらランチに行きましょう。美味しいサンドイッチのお店があるんです」
「はい。ありがとうございます、エル」
リタが顔を上げると、エルはカウンターから笑顔でこちらを見ていた。それはもう優しく、まるで労わるかのような視線だった。その笑顔を自分の黒い瞳に焼きつけながら、リタはいつか彼が人目を気にすることなく、自由に外を歩けるようになることを心から願った。
>>続く
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