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第三章 アレキサンドライト領にて
87、マルズワルト王国1
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マルズワルト王国。ジュエリトス王国の東隣にある友好国。
一般的に知られている情報として、マルズワルトは決して敵対国ではなかった。
国土はジュエリトスの二倍ほど、やや寒冷の候なので厚手の生地などが輸入品として流通してくる。
それらは高級品として扱われ、平民には到底手に入れられるようなものではなかった。
国境を越えるには唯一隣接しているペリドット領からとなるが、深い谷と険しい山、さらには結界がある。
入国許可証を持ち案内人を伴ったものでないと生きて辿り着くことは困難だ。
また、入国許可証は一部の上級貴族と王族のみが持っており、ジュエリトス王国の国民のほとんどが隣国のことを新聞や本でしか知り得ることはなかった。
古い文献には、現在の国王陛下の父にあたる、チャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトスが王太子時代に、留学してきていたマルズワルトの第二王子、ミハイルと親友になり、彼らが即位した際に両国は友好国となった。と書かれている。
ジュエリトスに存在する文献や書物に、戦争についての文字は一言も記載されていない。
「……というのが、私の知っているマルズワルト王国についてです」
「私は、騎士団に入るまで名前すら知りませんでした。貴族の警護に当たった際に「取引先の隣国」とだけ……」
「そうね。うちは国境が近いから少し詳しく教えているけど、ほとんどの国民は名前以上のことは知らないわ。しかも、事実とは異なる情報」
依然、戸惑いの表情を隠せないリタとセオに向かって、オリビアは必要な情報を淡々と話した。
「まず、王太子二人の話は本当よ。彼らが親友だったから戦争にはならなかった。けれど本当は八十年前にマルズワルトはジュエリトスを侵略しようと当時アンバー領と呼ばれた地域を襲ったの。今のペリドット領とクリスタル領のことよ。ミハイル殿下の協力でジュエリトスはマルズワルトの軍勢を撃退し、結界を張って今も国を守り続けている。そしてリチャード殿下とミハイル殿下は即位後、友好国として関係を築いた」
「オリビア様、不思議なのですが……マルズワルトでは第二王子のミハイル殿下が王となったのですか?」
そう言ってリアが首を捻り、セオもその質問に同調するように頷いた。オリビアはお茶を一口飲んで再び口を開いた。
「マルズワルト軍撃退後、いろいろあって王と第一王子、それから大臣の半数が亡くなったそうよ。それで急遽第二王子だったミハイル殿下が即位した。さすがにいろいろについては私も知らないし……知りたくないわ。まあ、そういうことだから結界を通り抜けるには通行許可証が必須よ。越境するときは両国の人間の立ち会いが必要だし」
「ということは……」
先の言葉を察した様子のリタが呟く。セオは言葉が出ないようだ。オリビアは静かに息を吐き、頷いた。
「そう、ジュエリトス国内に協力者がいるはずなの。あとは、マルズワルトでは魔法を使えるのは王族と神官や聖女などの聖職者のみなの。大勢の魔道士がいるのもおかしい。さっきも言った通り、マルズワルトとの繋がりがあるのは上級貴族や王族……調査には細心の注意を払わないといけないわ。それに、レオン殿下は私の魔法や領地のことについて嗅ぎ回っている。これを撒きつつだから、慎重に進めないとね」
「確かにその通りですね。私も日頃、一層気をつけて過ごします」
「私も、領地で不審者や異常がないか常に目を光らせますよ」
オリビアはリタとセオが自分のやるべきことを自覚し、使命として受け止める言葉を発したことが心強かった。ふたりの瞳はしっかりと強い意志を宿しており、それに安堵して微笑する。
「ありがとう、ふたりとも。頼りにしてるわね。さて、もうひとり頼りになるはずの彼に連絡しましょうか」
>>続く
一般的に知られている情報として、マルズワルトは決して敵対国ではなかった。
国土はジュエリトスの二倍ほど、やや寒冷の候なので厚手の生地などが輸入品として流通してくる。
それらは高級品として扱われ、平民には到底手に入れられるようなものではなかった。
国境を越えるには唯一隣接しているペリドット領からとなるが、深い谷と険しい山、さらには結界がある。
入国許可証を持ち案内人を伴ったものでないと生きて辿り着くことは困難だ。
また、入国許可証は一部の上級貴族と王族のみが持っており、ジュエリトス王国の国民のほとんどが隣国のことを新聞や本でしか知り得ることはなかった。
古い文献には、現在の国王陛下の父にあたる、チャールズ・ダイヤモンド=ジュエリトスが王太子時代に、留学してきていたマルズワルトの第二王子、ミハイルと親友になり、彼らが即位した際に両国は友好国となった。と書かれている。
ジュエリトスに存在する文献や書物に、戦争についての文字は一言も記載されていない。
「……というのが、私の知っているマルズワルト王国についてです」
「私は、騎士団に入るまで名前すら知りませんでした。貴族の警護に当たった際に「取引先の隣国」とだけ……」
「そうね。うちは国境が近いから少し詳しく教えているけど、ほとんどの国民は名前以上のことは知らないわ。しかも、事実とは異なる情報」
依然、戸惑いの表情を隠せないリタとセオに向かって、オリビアは必要な情報を淡々と話した。
「まず、王太子二人の話は本当よ。彼らが親友だったから戦争にはならなかった。けれど本当は八十年前にマルズワルトはジュエリトスを侵略しようと当時アンバー領と呼ばれた地域を襲ったの。今のペリドット領とクリスタル領のことよ。ミハイル殿下の協力でジュエリトスはマルズワルトの軍勢を撃退し、結界を張って今も国を守り続けている。そしてリチャード殿下とミハイル殿下は即位後、友好国として関係を築いた」
「オリビア様、不思議なのですが……マルズワルトでは第二王子のミハイル殿下が王となったのですか?」
そう言ってリアが首を捻り、セオもその質問に同調するように頷いた。オリビアはお茶を一口飲んで再び口を開いた。
「マルズワルト軍撃退後、いろいろあって王と第一王子、それから大臣の半数が亡くなったそうよ。それで急遽第二王子だったミハイル殿下が即位した。さすがにいろいろについては私も知らないし……知りたくないわ。まあ、そういうことだから結界を通り抜けるには通行許可証が必須よ。越境するときは両国の人間の立ち会いが必要だし」
「ということは……」
先の言葉を察した様子のリタが呟く。セオは言葉が出ないようだ。オリビアは静かに息を吐き、頷いた。
「そう、ジュエリトス国内に協力者がいるはずなの。あとは、マルズワルトでは魔法を使えるのは王族と神官や聖女などの聖職者のみなの。大勢の魔道士がいるのもおかしい。さっきも言った通り、マルズワルトとの繋がりがあるのは上級貴族や王族……調査には細心の注意を払わないといけないわ。それに、レオン殿下は私の魔法や領地のことについて嗅ぎ回っている。これを撒きつつだから、慎重に進めないとね」
「確かにその通りですね。私も日頃、一層気をつけて過ごします」
「私も、領地で不審者や異常がないか常に目を光らせますよ」
オリビアはリタとセオが自分のやるべきことを自覚し、使命として受け止める言葉を発したことが心強かった。ふたりの瞳はしっかりと強い意志を宿しており、それに安堵して微笑する。
「ありがとう、ふたりとも。頼りにしてるわね。さて、もうひとり頼りになるはずの彼に連絡しましょうか」
>>続く
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