9 / 32
4月
3−4オムライスで自覚
しおりを挟む
新堂のおすすめの中から、マリはオムライスを選んだ。カウンターで受け取り、ふたりは空いてるテーブルへ向かい、席につく。
「ねえ……新堂。話が違うけど」
そう言って少し眉間にしわを寄せ、マリが新堂を睨んだ。彼は肩を竦める。
「みんな制服の男子はどうでも良かったけど、女子はそうじゃなかったみたいだな」
周りの席や、通りすがりの学生たちの視線がマリに集中している。彼女が居心地悪そうに俯いた。ここまで注目されるのは、新堂にとっても予想外だった。少し申し訳なさそうにマリに声をかける。
「せっかく来たし温かいうちに食べよう。早く食べて中庭のベンチ行くのはどう?」
ふうと息を吐き、マリがわずかに口角を上げる。
「そうね。いただきます」
「いただきます」
お互い一口目を同時に口へ運ぶ。マリの口元が弧を描いた。目を細め、幸福感たっぷりの顔をしている。
「そんなにうまかった?」
「すごくおいしい!」
マリの声が弾んでいる。新堂は彼女の新たな一面に、緊張よりもかわいいという言葉で脳内を支配された。唇にほんの少しついたケチャップを舐め取る姿はもうたまらなかった。
「口にあったなら良かった。しばらく食べてないんだよな、ここのオムライス。次に来るときはそれにしようかな」
「あ、一口食べる?」
マリが次の一口すくい、自分の口へ運ぶ前にそう言った。妹とはよく外食で食べたいものをシェアしていたせいか、自然なことだったのだ。
「いいの? じゃあ……」
新堂は、スプーンを持ったマリの手をつかみ、自分の口へと運んだ。
「……え?」
起きている状況に思考が追いつかず、マリの声が裏返る。
「うま。なんか前よりうまくなってる。ありがとな。チキンカツ食べる?」
新堂は自分の大胆な行動に驚きつつ、平静を装った。
「あ、ううん。いいや」
真っ赤な顔でこたえるマリ。新堂に触れられた手が熱くなる気がした。その後、オムライスの味はわからなくなってしまった。
自分に起きた初めての変化に、マリは戸惑った。
初めてだが、何かはわかっていた。今まで読んだたくさんの本のいくつかに、同じような感情の描写があったから。
(……新堂のこと、好きになりそうなんだ)
ふたりは食事が終わると、中庭まで戻り、残りの十五分ほどをベンチで過ごした。
午後の強い日差しを、木の枝の影がうまく和らげている。
好きな作家の話、おすすめの本の話、お気に入りの書店の話。マリにとって新堂との会話は、昨日初めて話したとは思えないくらいに心地がよかった。
フルネームも知らない、顔もよくわからない、好きな作家が一緒なだけ。それなのにどうして会話が尽きないのか。マリはずっと考えていた。
同時に彼をもっと知りたいとも思っていた。名前、読書以外の趣味、家族、住んでいる場所、小学生や中学生の頃のこと……。色々聞きたいが、同時に自分も言わなくてはいけないことを考えると、聞き出す勇気はなかった。
時間はあっという間に過ぎ、予鈴が鳴る。二人は教室へ戻っていった。
「ねえ……新堂。話が違うけど」
そう言って少し眉間にしわを寄せ、マリが新堂を睨んだ。彼は肩を竦める。
「みんな制服の男子はどうでも良かったけど、女子はそうじゃなかったみたいだな」
周りの席や、通りすがりの学生たちの視線がマリに集中している。彼女が居心地悪そうに俯いた。ここまで注目されるのは、新堂にとっても予想外だった。少し申し訳なさそうにマリに声をかける。
「せっかく来たし温かいうちに食べよう。早く食べて中庭のベンチ行くのはどう?」
ふうと息を吐き、マリがわずかに口角を上げる。
「そうね。いただきます」
「いただきます」
お互い一口目を同時に口へ運ぶ。マリの口元が弧を描いた。目を細め、幸福感たっぷりの顔をしている。
「そんなにうまかった?」
「すごくおいしい!」
マリの声が弾んでいる。新堂は彼女の新たな一面に、緊張よりもかわいいという言葉で脳内を支配された。唇にほんの少しついたケチャップを舐め取る姿はもうたまらなかった。
「口にあったなら良かった。しばらく食べてないんだよな、ここのオムライス。次に来るときはそれにしようかな」
「あ、一口食べる?」
マリが次の一口すくい、自分の口へ運ぶ前にそう言った。妹とはよく外食で食べたいものをシェアしていたせいか、自然なことだったのだ。
「いいの? じゃあ……」
新堂は、スプーンを持ったマリの手をつかみ、自分の口へと運んだ。
「……え?」
起きている状況に思考が追いつかず、マリの声が裏返る。
「うま。なんか前よりうまくなってる。ありがとな。チキンカツ食べる?」
新堂は自分の大胆な行動に驚きつつ、平静を装った。
「あ、ううん。いいや」
真っ赤な顔でこたえるマリ。新堂に触れられた手が熱くなる気がした。その後、オムライスの味はわからなくなってしまった。
自分に起きた初めての変化に、マリは戸惑った。
初めてだが、何かはわかっていた。今まで読んだたくさんの本のいくつかに、同じような感情の描写があったから。
(……新堂のこと、好きになりそうなんだ)
ふたりは食事が終わると、中庭まで戻り、残りの十五分ほどをベンチで過ごした。
午後の強い日差しを、木の枝の影がうまく和らげている。
好きな作家の話、おすすめの本の話、お気に入りの書店の話。マリにとって新堂との会話は、昨日初めて話したとは思えないくらいに心地がよかった。
フルネームも知らない、顔もよくわからない、好きな作家が一緒なだけ。それなのにどうして会話が尽きないのか。マリはずっと考えていた。
同時に彼をもっと知りたいとも思っていた。名前、読書以外の趣味、家族、住んでいる場所、小学生や中学生の頃のこと……。色々聞きたいが、同時に自分も言わなくてはいけないことを考えると、聞き出す勇気はなかった。
時間はあっという間に過ぎ、予鈴が鳴る。二人は教室へ戻っていった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
足を踏み出して
示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。
一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。
そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。
それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
壺花
戸笠耕一
青春
唐橋近美は京都にある堂上学園に合格し、四月から高校一年生になる。外部の生徒として最初は疎外感を感じつつも、清水谷榮子と同じ寮室で生活をしていくうちになじんでいく。ある日、榮子を敵対視する山科結衣が近美に興味を持ち始める。学生時代という少女たちは壺に収まった花。6つの若き花が織りなす青春ストーリー。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる