麗しのマリリン

松浦どれみ

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4月

3−4オムライスで自覚

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 新堂のおすすめの中から、マリはオムライスを選んだ。カウンターで受け取り、ふたりは空いてるテーブルへ向かい、席につく。

「ねえ……新堂。話が違うけど」

 そう言って少し眉間にしわを寄せ、マリが新堂を睨んだ。彼は肩を竦める。

「みんな制服の男子はどうでも良かったけど、女子はそうじゃなかったみたいだな」

 周りの席や、通りすがりの学生たちの視線がマリに集中している。彼女が居心地悪そうに俯いた。ここまで注目されるのは、新堂にとっても予想外だった。少し申し訳なさそうにマリに声をかける。

「せっかく来たし温かいうちに食べよう。早く食べて中庭のベンチ行くのはどう?」

 ふうと息を吐き、マリがわずかに口角を上げる。

「そうね。いただきます」
「いただきます」

 お互い一口目を同時に口へ運ぶ。マリの口元が弧を描いた。目を細め、幸福感たっぷりの顔をしている。

「そんなにうまかった?」
「すごくおいしい!」

 マリの声が弾んでいる。新堂は彼女の新たな一面に、緊張よりもかわいいという言葉で脳内を支配された。唇にほんの少しついたケチャップを舐め取る姿はもうたまらなかった。

「口にあったなら良かった。しばらく食べてないんだよな、ここのオムライス。次に来るときはそれにしようかな」
「あ、一口食べる?」

 マリが次の一口すくい、自分の口へ運ぶ前にそう言った。妹とはよく外食で食べたいものをシェアしていたせいか、自然なことだったのだ。

「いいの? じゃあ……」

 新堂は、スプーンを持ったマリの手をつかみ、自分の口へと運んだ。

「……え?」

 起きている状況に思考が追いつかず、マリの声が裏返る。

「うま。なんか前よりうまくなってる。ありがとな。チキンカツ食べる?」

 新堂は自分の大胆な行動に驚きつつ、平静を装った。

「あ、ううん。いいや」

 真っ赤な顔でこたえるマリ。新堂に触れられた手が熱くなる気がした。その後、オムライスの味はわからなくなってしまった。

 自分に起きた初めての変化に、マリは戸惑った。
 初めてだが、何かはわかっていた。今まで読んだたくさんの本のいくつかに、同じような感情の描写があったから。

(……新堂のこと、好きになりそうなんだ)

 ふたりは食事が終わると、中庭まで戻り、残りの十五分ほどをベンチで過ごした。
 午後の強い日差しを、木の枝の影がうまく和らげている。
 好きな作家の話、おすすめの本の話、お気に入りの書店の話。マリにとって新堂との会話は、昨日初めて話したとは思えないくらいに心地がよかった。

 フルネームも知らない、顔もよくわからない、好きな作家が一緒なだけ。それなのにどうして会話が尽きないのか。マリはずっと考えていた。

 同時に彼をもっと知りたいとも思っていた。名前、読書以外の趣味、家族、住んでいる場所、小学生や中学生の頃のこと……。色々聞きたいが、同時に自分も言わなくてはいけないことを考えると、聞き出す勇気はなかった。

 時間はあっという間に過ぎ、予鈴が鳴る。二人は教室へ戻っていった。
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