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4月
3−2いつもとは違う朝
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「マリ、今日はお弁当いらないのよね?」
新堂との作業の翌日、部屋着で顔を洗ったばかりのマリに、彼女の母が声をかけた。
「うん。食堂に行く」
「オーケー、着替えてご飯食べちゃって」
まだ覚醒していない体でゆっくり階段を登り、マリは一度自室へ戻った。眠たいのは本を読んでいたのもあるが、昨夜はソワソワして寝付けなかったからだ。
制服に着替え、再び階段を降り、ダイニングへ向かう。
「おはよう、マリ」
「おはよう、パパ、ハル」
すでに食事を終えてコーヒーを飲んでいる父と、食事中の妹に挨拶をして席に着く。
「おはよ! マリ、遅かったね。また本?」
「うん……」
母が出したスープを飲みながら、返事をするマリ。明らかに眠そうな彼女とは違い、妹のハルカは朝から元気がいい。食事を済ませ食器を下げ、スポーツバッグを肩にかけた。
「ごちそうさま! 朝練あるから行くね、いってきます!」
「いってらっしゃい」
マリは妹を食卓から見送り、今度はバターロールをかじる。口の中にふわりとバターの風味が広がった。
「食堂って大学にあるやつ?」
父が声を掛ける。
「うん。雑用を手伝ったら先生がチケットをくれたの」
次はサラダを食べるマリ。少し目が覚めてきた。
「大学は広いけど大丈夫かい?」
清流館のOBである父は心配だった。彼は自分の娘が少しばかり方向音痴なことを知っている。
「平気。よく食堂に行くクラスメイトと一緒だから」
「ユージくんじゃなくて?」
父の問いに、再びスープマグへ手を伸ばしながらマリは答えた。
「ううん。一緒に雑用した外部組の子」
「男の子~? もしかして彼氏? ふふふっ」
母の言葉に、マリと父は互いに咽せて咳き込む。
「違うよ! 昨日初めて話したばかりだし! 何言ってるの? ママ」
「……そ、そうだよな。マリには彼氏なんてまだまだだよな。な?」
マリは珍しく大きな声で返事し、父は気管にコーヒーが流れたのか、か細い声を絞り出した。念押しは忘れないところが必死だ。
「パパ、マリもお年頃なのよ~」
「だから違うってば! 好きな作家が一緒なだけ!」
母は、否定するマリの顔が少しだけ赤らんでることを微笑ましく思った。
「はいはい、お友達ね。ふふふ」
「そう、友達だよな。友達」
父も咳払いをしながら母に続く。彼にはまだ娘の恋愛は受け入れられないようだ。
「パパ、ちょっとしつこい。ごちそうさま!」
父が目を見開いて固まっている。娘の言葉がショックだったのだ。マリは気にすることなく席を立ち食器を下げた。
「マリ、いってらっしゃい」
「いってきます」
玄関の姿見で全身を確認し、カバンを持って靴を履き、外へ出る。寝不足の日には少し辛いはずの朝の日差しが、いつもより心地よく感じた。
学校へは徒歩一五分。その足取りはいつもよりずっと軽かった。
その理由に、マリはまだ気づいていない。
新堂との作業の翌日、部屋着で顔を洗ったばかりのマリに、彼女の母が声をかけた。
「うん。食堂に行く」
「オーケー、着替えてご飯食べちゃって」
まだ覚醒していない体でゆっくり階段を登り、マリは一度自室へ戻った。眠たいのは本を読んでいたのもあるが、昨夜はソワソワして寝付けなかったからだ。
制服に着替え、再び階段を降り、ダイニングへ向かう。
「おはよう、マリ」
「おはよう、パパ、ハル」
すでに食事を終えてコーヒーを飲んでいる父と、食事中の妹に挨拶をして席に着く。
「おはよ! マリ、遅かったね。また本?」
「うん……」
母が出したスープを飲みながら、返事をするマリ。明らかに眠そうな彼女とは違い、妹のハルカは朝から元気がいい。食事を済ませ食器を下げ、スポーツバッグを肩にかけた。
「ごちそうさま! 朝練あるから行くね、いってきます!」
「いってらっしゃい」
マリは妹を食卓から見送り、今度はバターロールをかじる。口の中にふわりとバターの風味が広がった。
「食堂って大学にあるやつ?」
父が声を掛ける。
「うん。雑用を手伝ったら先生がチケットをくれたの」
次はサラダを食べるマリ。少し目が覚めてきた。
「大学は広いけど大丈夫かい?」
清流館のOBである父は心配だった。彼は自分の娘が少しばかり方向音痴なことを知っている。
「平気。よく食堂に行くクラスメイトと一緒だから」
「ユージくんじゃなくて?」
父の問いに、再びスープマグへ手を伸ばしながらマリは答えた。
「ううん。一緒に雑用した外部組の子」
「男の子~? もしかして彼氏? ふふふっ」
母の言葉に、マリと父は互いに咽せて咳き込む。
「違うよ! 昨日初めて話したばかりだし! 何言ってるの? ママ」
「……そ、そうだよな。マリには彼氏なんてまだまだだよな。な?」
マリは珍しく大きな声で返事し、父は気管にコーヒーが流れたのか、か細い声を絞り出した。念押しは忘れないところが必死だ。
「パパ、マリもお年頃なのよ~」
「だから違うってば! 好きな作家が一緒なだけ!」
母は、否定するマリの顔が少しだけ赤らんでることを微笑ましく思った。
「はいはい、お友達ね。ふふふ」
「そう、友達だよな。友達」
父も咳払いをしながら母に続く。彼にはまだ娘の恋愛は受け入れられないようだ。
「パパ、ちょっとしつこい。ごちそうさま!」
父が目を見開いて固まっている。娘の言葉がショックだったのだ。マリは気にすることなく席を立ち食器を下げた。
「マリ、いってらっしゃい」
「いってきます」
玄関の姿見で全身を確認し、カバンを持って靴を履き、外へ出る。寝不足の日には少し辛いはずの朝の日差しが、いつもより心地よく感じた。
学校へは徒歩一五分。その足取りはいつもよりずっと軽かった。
その理由に、マリはまだ気づいていない。
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