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気になる私の色と彼の形
3話
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次の日は寝不足のせいか、なんとなく気分も浮かないままチョコレート屋さんのアルバイトに出掛けた。
タクマさんに会えるのが楽しみだったのと、昨日の出来事を考えていたせい。
……それにしても、なんだって今年の残暑はこんなに過ごしづらいんだろう。 蝉の音さえもう、元気がなく疎らに耳に届く。
通りのショーウインドウで自分ををちらっと見ると、なんだか姿勢も悪いし、疲れてるような?
せっかくタクマさんと会うのに、こんなんじゃ駄目だ。
バイト先に到着してバシャバシャと勢いよく顔を洗い、そしたらちょっとスッキリした。
「……森本さん?? 何してるの」
背後から話しかけられて、ふと顔を上げる。 鏡越しに、こないだ話しかけられたバイト仲間の子が映っていた。
「……? 顔、洗ってて」
「それ顔拭いてるの、ハンカチ? 髪と服ビショビショだし、ファンデ付けてないの?」
「うーん? トイレットペーパーはさすがに、顔に付いちゃうよね?」
白いポロポロのが。
暑いからそのうち乾くと思うんだけど。 日焼け止めはしてるけど、大層なメイクもしてないし。
彼女がびっくりしたような表情だったので、どうしたの? と訊くと「いやそれこっちのセリ…」そこまで言って、その子が、ぷっ、と吹きだした。
「おっ…もしろっ。 森本さんってキャラ、そういう感じ!?」
ぽたぽたと髪先から落ちる雫をふるふる振りながら、目の前で笑う女の子を不思議な気持ちで眺めた。
クスクスお腹を抱えてる彼女に他人行儀な様子はない。
どうやら私に対する妙な先入観は解けたらしい。と、理解した。
つられて私も笑い、今さらながらお互いに自己紹介などをして一緒にお店の接客についた。
「今日も暑いよねー。 店の中は寒いけどさ」
「そうだね。 ……冷房が効きすぎてるのかなあ?」
温度差のせいなのか。
先ほどからなんでだか、震えと脂汗が止まらなかった。 そんな私をチラとみた彼女がギョッとした表情をしている。
「え? なんか森本さん、顔色が青、というか真っ白」
表情豊かなひとだなあ、なんて思う間もなく、直後。
自分の足元が揺れた感じとめまいがした。
咄嗟にしゃがもうか、そう思った瞬間に、視界がグルリと反転した。
「………きゃああぁっ!?? 森本さんっ!」
そんな叫び声と、店長おおおー!!などと呼ぶけたたましい複数の声が耳を通り抜けて……段々と小さく消えてった。
◆
「まあ、昔っからバ…一生懸命なとこが可愛いんだろうな」
「この子ったら、夢中なものに関してはバ…耳に入らないほどなのよね」
「おそらく私譲りに専門バ…研究熱心な性質なんだろうね。 欲は才を走らせる火のようなものだとも言うが、な」
「司馬遼太郎と才が聞いたら、ケツに火付けられますよ」
「ふふ、相変わらず読書家だね。 拓真くんは」
気のせいか、失礼なことを言われている気がする。
あ、でも。
「タクマさんっ!??」
たしかにそう聴こえた。
カバっと身を起こそうとしたが、同時におでこに指先が当たり、ぽすん、とまた後ろに体を倒された。
「やっと目覚めたか。 少しだけ、顔色良くなったか。 でも、まだ起きんな」
八畳の私の部屋にタクマさんと父と母がいた。
……状況が呑み込めない。
私のベッドの脇にいたタクマさんが離れて、部屋の隅にある、机にしつらえてある椅子に腰をかける。
「まあ、オレの説教はあとにして、だ」
その代わりに私の枕元に進み出たのは母と父。
「ちょうど綾乃が倒れた先が、お父さんの事務所のすぐ近くだったから良かったのよ。 バイト先から連絡をもらって、すぐに迎えにいってもらったの」
「うちの産業医には診せたが、ストレスと過労だそうだ。 点滴は打ってもらったが、最近、睡眠や食事はまともに取れてたのか? アルバイトばかりで、休みもろくになかったそうじゃないか」
心から心配してる様子の両親から、なにがあったのかは把握した。
「……それから、家庭教師の話も母さんから聞いた。 そんなに一気に、色々とこなせるわけがないだろう?」
「そんなことないよ……」
そう言った声が少しだけ震えた。
ここに居る人たちの中で、私だけが『こなせてない』ような気がした。
母は仕事と家事をしている。 父はいつも遅くまで仕事をしている。 タクマさんだって、仕事を終えてちゃんと迎えに来てくれた。
「今、何時……」時計に目をやる前に、まだ夜の十一時。 と、タクマさんが教えてくれた。
……八時に迎えに来てくれるって聞いてたから、スムーズにいけば、向こうに着こうという時間なのに。
「とにかく綾乃、明日は病院に行きなさい。 拓真くん。 申し訳なかったね」
「いや、オレの方も……」
そんな二人のやり取りを聞きながら、こらえ切れずにボロボロと泣き出してしまった。
「綾乃」母が私を呼んで、しゃがみんで私の手を取る。
「ごめんね。 お母さん、昨晩、もう少し話をしておけばよかったね。 怖かったんだね? 綾乃の気持ちは分かってたけど、疲れてるみたいだったから。 でも、綾乃ぐらいの歳の女性って、まだ、心も体も不安定なんだよ。 お母さんもそうだったから。 それは仕方が無いの。 大事にしよう、ね?」
「………っ…」
優しい、優しい、私の両親。
だけどそれより。 こんな所をタクマさんに聞かれてるのが恥ずかしかった。
それなのに、止まらない。
「ごめ……ん、なさい……」
「泣くな綾乃」
強い口調で室内に響いたその声に、私の昔からの習性なのか。 反射的に、ひくっ、と涙が止まった。
「前に少し言ったか。 オマエは普段怒らない。 そうして当然な時にさえ、怒らない。 その分、溜め込んで泣く癖がある。 こんな親の元で育って、人を傷付ける方法を思い付かないんだろ。 そういうのはオマエの強さだとオレは思うけど、そんなら、泣く前に親やオレを頼れ」
泣くのが強いの? タクマさんの言った最後の方は、よく分からなかった。
分からなかったけど、父と母が顔を見合わせて、ふっ、と、とても柔らかな視線を交わし合う。
……ああ、これもある意味、恥ずかしい。
これから始まるであろう光景を想像し、私は目を伏せた。
「……じゃあまあ、そういうことで」
母を伴った父が連れ立ち部屋を出ていこうとする。
「拓真さん。 って、私も呼んでいいかしら。 休み中はよければここで、綾乃のそばに付いてあげてくれる? 昔はキツそうな男の子のイメージしか無かったから、見違えたけど……やっぱり、裕之さんの見る目は間違いないみたい」
「その中でも、佐和子さんを選んだ私の審美眼を一等賞賛して欲しいものだけどね」
躊躇いがちに顔を伏せようとする佐和子(40)の頬にそっと触れる裕之(48)。
見つめ合う、二人。
「こんな私でも……?」
「もちろんだ」
森本裕之と佐和子夫妻が、体を寄せ合いそのまま二人の世界に入りながら部屋を出て行く。
その場にタクマさんと私が取り残された。
「……真面目か……アレ」
「……ああなると、私のことも時々忘れ去られるんだよ」
「なんか、合点いった。 オマエのことも」
真剣な表情で頷くタクマさんだった。
タクマさんに会えるのが楽しみだったのと、昨日の出来事を考えていたせい。
……それにしても、なんだって今年の残暑はこんなに過ごしづらいんだろう。 蝉の音さえもう、元気がなく疎らに耳に届く。
通りのショーウインドウで自分ををちらっと見ると、なんだか姿勢も悪いし、疲れてるような?
せっかくタクマさんと会うのに、こんなんじゃ駄目だ。
バイト先に到着してバシャバシャと勢いよく顔を洗い、そしたらちょっとスッキリした。
「……森本さん?? 何してるの」
背後から話しかけられて、ふと顔を上げる。 鏡越しに、こないだ話しかけられたバイト仲間の子が映っていた。
「……? 顔、洗ってて」
「それ顔拭いてるの、ハンカチ? 髪と服ビショビショだし、ファンデ付けてないの?」
「うーん? トイレットペーパーはさすがに、顔に付いちゃうよね?」
白いポロポロのが。
暑いからそのうち乾くと思うんだけど。 日焼け止めはしてるけど、大層なメイクもしてないし。
彼女がびっくりしたような表情だったので、どうしたの? と訊くと「いやそれこっちのセリ…」そこまで言って、その子が、ぷっ、と吹きだした。
「おっ…もしろっ。 森本さんってキャラ、そういう感じ!?」
ぽたぽたと髪先から落ちる雫をふるふる振りながら、目の前で笑う女の子を不思議な気持ちで眺めた。
クスクスお腹を抱えてる彼女に他人行儀な様子はない。
どうやら私に対する妙な先入観は解けたらしい。と、理解した。
つられて私も笑い、今さらながらお互いに自己紹介などをして一緒にお店の接客についた。
「今日も暑いよねー。 店の中は寒いけどさ」
「そうだね。 ……冷房が効きすぎてるのかなあ?」
温度差のせいなのか。
先ほどからなんでだか、震えと脂汗が止まらなかった。 そんな私をチラとみた彼女がギョッとした表情をしている。
「え? なんか森本さん、顔色が青、というか真っ白」
表情豊かなひとだなあ、なんて思う間もなく、直後。
自分の足元が揺れた感じとめまいがした。
咄嗟にしゃがもうか、そう思った瞬間に、視界がグルリと反転した。
「………きゃああぁっ!?? 森本さんっ!」
そんな叫び声と、店長おおおー!!などと呼ぶけたたましい複数の声が耳を通り抜けて……段々と小さく消えてった。
◆
「まあ、昔っからバ…一生懸命なとこが可愛いんだろうな」
「この子ったら、夢中なものに関してはバ…耳に入らないほどなのよね」
「おそらく私譲りに専門バ…研究熱心な性質なんだろうね。 欲は才を走らせる火のようなものだとも言うが、な」
「司馬遼太郎と才が聞いたら、ケツに火付けられますよ」
「ふふ、相変わらず読書家だね。 拓真くんは」
気のせいか、失礼なことを言われている気がする。
あ、でも。
「タクマさんっ!??」
たしかにそう聴こえた。
カバっと身を起こそうとしたが、同時におでこに指先が当たり、ぽすん、とまた後ろに体を倒された。
「やっと目覚めたか。 少しだけ、顔色良くなったか。 でも、まだ起きんな」
八畳の私の部屋にタクマさんと父と母がいた。
……状況が呑み込めない。
私のベッドの脇にいたタクマさんが離れて、部屋の隅にある、机にしつらえてある椅子に腰をかける。
「まあ、オレの説教はあとにして、だ」
その代わりに私の枕元に進み出たのは母と父。
「ちょうど綾乃が倒れた先が、お父さんの事務所のすぐ近くだったから良かったのよ。 バイト先から連絡をもらって、すぐに迎えにいってもらったの」
「うちの産業医には診せたが、ストレスと過労だそうだ。 点滴は打ってもらったが、最近、睡眠や食事はまともに取れてたのか? アルバイトばかりで、休みもろくになかったそうじゃないか」
心から心配してる様子の両親から、なにがあったのかは把握した。
「……それから、家庭教師の話も母さんから聞いた。 そんなに一気に、色々とこなせるわけがないだろう?」
「そんなことないよ……」
そう言った声が少しだけ震えた。
ここに居る人たちの中で、私だけが『こなせてない』ような気がした。
母は仕事と家事をしている。 父はいつも遅くまで仕事をしている。 タクマさんだって、仕事を終えてちゃんと迎えに来てくれた。
「今、何時……」時計に目をやる前に、まだ夜の十一時。 と、タクマさんが教えてくれた。
……八時に迎えに来てくれるって聞いてたから、スムーズにいけば、向こうに着こうという時間なのに。
「とにかく綾乃、明日は病院に行きなさい。 拓真くん。 申し訳なかったね」
「いや、オレの方も……」
そんな二人のやり取りを聞きながら、こらえ切れずにボロボロと泣き出してしまった。
「綾乃」母が私を呼んで、しゃがみんで私の手を取る。
「ごめんね。 お母さん、昨晩、もう少し話をしておけばよかったね。 怖かったんだね? 綾乃の気持ちは分かってたけど、疲れてるみたいだったから。 でも、綾乃ぐらいの歳の女性って、まだ、心も体も不安定なんだよ。 お母さんもそうだったから。 それは仕方が無いの。 大事にしよう、ね?」
「………っ…」
優しい、優しい、私の両親。
だけどそれより。 こんな所をタクマさんに聞かれてるのが恥ずかしかった。
それなのに、止まらない。
「ごめ……ん、なさい……」
「泣くな綾乃」
強い口調で室内に響いたその声に、私の昔からの習性なのか。 反射的に、ひくっ、と涙が止まった。
「前に少し言ったか。 オマエは普段怒らない。 そうして当然な時にさえ、怒らない。 その分、溜め込んで泣く癖がある。 こんな親の元で育って、人を傷付ける方法を思い付かないんだろ。 そういうのはオマエの強さだとオレは思うけど、そんなら、泣く前に親やオレを頼れ」
泣くのが強いの? タクマさんの言った最後の方は、よく分からなかった。
分からなかったけど、父と母が顔を見合わせて、ふっ、と、とても柔らかな視線を交わし合う。
……ああ、これもある意味、恥ずかしい。
これから始まるであろう光景を想像し、私は目を伏せた。
「……じゃあまあ、そういうことで」
母を伴った父が連れ立ち部屋を出ていこうとする。
「拓真さん。 って、私も呼んでいいかしら。 休み中はよければここで、綾乃のそばに付いてあげてくれる? 昔はキツそうな男の子のイメージしか無かったから、見違えたけど……やっぱり、裕之さんの見る目は間違いないみたい」
「その中でも、佐和子さんを選んだ私の審美眼を一等賞賛して欲しいものだけどね」
躊躇いがちに顔を伏せようとする佐和子(40)の頬にそっと触れる裕之(48)。
見つめ合う、二人。
「こんな私でも……?」
「もちろんだ」
森本裕之と佐和子夫妻が、体を寄せ合いそのまま二人の世界に入りながら部屋を出て行く。
その場にタクマさんと私が取り残された。
「……真面目か……アレ」
「……ああなると、私のことも時々忘れ去られるんだよ」
「なんか、合点いった。 オマエのことも」
真剣な表情で頷くタクマさんだった。
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