朝凪の口付け

妓夫 件

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侵食を繰り返す荒波の記憶

3話

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二人揃って朝寝坊した今朝は、遅い時間に海辺へと向かう。

スッキリと薄青色に晴れた空に、いわし雲。
紺碧こんぺきの潮の音を聴きながら、色んな話をする。

今度はタクマさんのお家に行ってみたいとか。 だけど私の別荘の方が妙に寛げるとはタクマさんの意見。
私のお兄ちゃんが未だに意地悪だとか。
そういや生意気そうなツラしてたな。 なんて言うから、今もだよ?  苦々しい顔をすると彼が笑う。

「ちょっと水買ってくる」と、途中の商店に寄る彼を、道路脇の歩道で待った。


「タケが言ってたのって、あの子かな?」

「ちょっ、イズミ。 声大っき」

へ、タケさん?

声の方向に振り向くと、五メートル程向こうに、赤い車が止まっていた。
目を凝らすと女性が二人乗ってるようだった。

周りを見ても人は居なかったので、軽く会釈をしてみると、助手席の方の女性がそれに応じてくれた。

こないだの、タクマさんのお仲間の人かな? そう思い付いたが声が少し違うように思えた。

「若い時って、大人に憧れる時期あるからねえ」

私に言ってるんだろうか?
でも、この人たちも若そうだけど。

「イズミ、止めなよ」

「確かにタクマはいい体してるし。 タケと違ってつまんないけど」

「……もう、なんなの?  行こうよ」

なんというか。

リアクションに困った。

困ってるうちに車のエンジンがかかり、私の脇を通り過ぎていく。 
イズミさんというらしき運転席の人は私の方を見向きもせず。 助手席の方の女性は当惑顔で、こちらに詫びるようにまた会釈をした。

「…………」

ふむ。
こういうのって、田舎独特なんだなあ。 情報の伝わるのの早さとか、狭さとか。

私もここに住んだら気を付けよう。
 

「待ったか」

「ううん。 あの、今」

ペットボトルを持って戻ってきたタクマさんとまた歩き出した。
 浜辺に出る階段に差し掛かり、石段を降りていく。

「イズミさんって女の人知ってる?  髪の長い細そうな」

「誰……仲間内にはいねぇけど。  聞いたことあるような。  タケんとこの客じゃね?   いちいち覚えてねぇな。  なんかあったか」

「タクマさんのこと言ってて?  なんだか褒めてるような、けなしてるような」

「フーン……」

特に気に留める様子もなく、タクマさんが先に砂の地面を踏みしめる。

「なんか……いい体してるとか?」

「気持ち悪ぃ、なんだソレ」

私の髪が潮風にひるがえり、眼前の、拓けた視界に目を細めた。

「痴漢には気を付けてね」

「ぷッ……了解」

タクマさんのことを本当に知ってるなら、『つまんない』なんて言わないもの。  加えて、そんな評価を口に出す人と、彼が深い関係になるわけないし。

ただあの挑発的な物言いからして、タクマさんに好意を抱いてるらしいということは分かる。

「ダンマリなってどうした?  言っとくけど、なんもねぇぞ」

さすがにこの時間になると陽射しが強い。
帽子のつばを抑え、もう直視出来ない陽を遮った。

「そんなのは気にしないよ。  タクマさんって、モテるんだなあって感心してたんだよ」

「モテるのはオレじゃなくてタケな。 だらしないヤツじゃねえけど、商売柄、ちっと煮え切らねえつか」

それは分かりやすく分かる。
長身イケメンの洒落たカフェの店主。 あんな人の彼女は大変なんだろうな。

今日はいつもの汚れてもいい服装ではなく、普通の外出着を着てきたため、持ってきた小さなビニールシートを敷き、そこにタクマさんと並んで座る。


いつもの朝焼けは見れないけど、くっきりとした夏の海。

小さな、白い帆を張ったオモチャみたいな船がいくつか、遠くに見える。

これはこれでいいものだ。


「……そういうのとか、マジメな話はなるべく会って話そうな。  時間作るから」

「?」

寄せては返し、泡立つ波しぶきに目を奪われていた私は、タクマさんの言わんとしていることを図りかねて、彼に目線を移した。

「スマホとかはお互いがよく見えねえから。  オレはこんなだし、変な誤解もさせたくないから」

「……そうだね!  私もそう思うよ!」

「あんま分かってねえだろ?  単に会うのが嬉しいだけだろ」

バレてる。

でも、そうはいうけど、ここのところのタクマさんはよく話してくれる。
相変わらずな物言いではあっても、付き合う前みたいに、何を考えているか分からない。 そんなことは決してない。

「誤解なんて杞憂……だといいけどな」

そうして、ようやく実った私の片想い。

今年は本当に貴重な年だったなあ。 

私は世界一の幸せ者だと改めて噛み締め、先々の些末な心配をしようとするタクマさんに、「大丈夫だよ」と明るく声をかけた。


ザザ…ザ─ンッ────………


風と波の音が同時に聴こえる。

後ろの公道を走っている車の音なんてかき消してしまうほど、この時間の海は力強い。  
しばらくの間、私たちはなにも言わずにそんな目の前の景色を眺めていた。

「……そういえばタクマさん、昨晩のことだけど」

彼の視線を感じたけど、私は恥ずかしかったので前を向いたままで言った。  
今訊いておかないと、東京に帰ったら気に病んでしまうような気がした。

「私、その。  変じゃなかったかな?  車の中で」


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