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月色の獣
少女との絆
しおりを挟む「加世。 体の具合はどうだ?」
がたついた粗末な木の引き戸を開けると、夕げの香りがした。
「ええ、ええ。 いつも通りよ。 すっかりこの通り」
本来ならば鼻が利く性分だというのに、家に入るまでそれに気付かない。
それは二人がつつましい暮らしをしているからだという事を物語っている。
顔色が良くないな、そう女に話し掛けると何でもないと加世は笑う。
「こうやって供牙と暮らせるだけで、わたくしは幸せなのに」
そんな加世は本来ならば町一番の大店である薬種問屋で生まれ、何不自由無くとは言わないまでも、それなりの暮らしを約束されていた女性だった。
人目を避ける為にこんな田舎に引っ込み、慣れない暮らしでよく体調を崩す様になった。
***
まだ加世が小さな頃に、店の旦那が番犬替わりにと白い仔犬を拾ってきた。
供牙と名付けたその仔犬は加世によく懐き、そして加世もよくそれを可愛がった。
加世が15歳になろうとする頃、その周囲に変化が訪れる。
器量の良い加世にそろそろと縁談の話が持ち上がろうとしていた。
「まだわたくしはお嫁になど行きたくありません」
俯く一人娘に子煩悩な両親も、いささか困り顔だった。
呉服屋で一番の花嫁衣裳の反物を見に行こうと誘っても、歳の近い誠実な男を選ぶからと言っても、一向に首を縦に振らない。
このままでは年頃を超えて娘に変な噂が立ってしまわないだろうか?
当時は16、17歳にもなれば嫁入りは当たり前とされていたのだ。
そんなある日の夜。
寝所から身を起こした加世は、時も九つ(約0時)を過ぎた頃に室の障子を開けてそっと外へと抜け出した。
離れの隣にある家の納屋には、すっかりと大きくなった飼い犬、供牙が丸くなって眠っている。
加世の気配に気付いた彼は小さな声でそれをたしなめた。
人にしてはあまりにも低い、唸り声にも似た人の言葉だった。
「あまりここに来ると危ないだろう」
「いいの。 ここが一番落ち着くの」
そう言って供牙にもたれかかる加世の体を冷えないようにと尻尾でくるみ、供牙は目を細めて歳若い娘の話にじっと耳を傾けた。
その日はどこそこに咲いてた薄紫の花がとても綺麗で、多少摘み帰って家の鉢に移し替えたとか。
「ねえ。 けれどわたしくしは可哀想な事をしたのかしらね? あの美しい花はきっと家族と一緒だったのに」
「実や種子を遠くに飛ばし家族を増やすものにとって、それは決して悪い事では無いだろう。 加世が大切に育ててやるのなら」
「そうね。 そうするつもり」
どちらかというと内気な加世は供牙の前だとよく話す。
それはまだ供牙が言葉を話さなかった仔犬の頃から変わらなかった。
「また縁談を断ったのか? 日中旦那様が私の所まで来てボヤいていた」
「……する気にならないんだもの」
「気分でするものではあるまい。 私の様な奇異な獣と夜毎過ごしていると知れば、旦那様はどんなに動揺し、ご心配なさるか」
二人は強い絆で結ばれていたが、その底流にあるものは少しばかり異なっていた。
供牙にとって加世は主人の娘であり何を置いても護るべきもの。
加世にとって供牙は親友でありこの世で一等理解のある兄の様なもの。
「……供牙と離ればなれになるのは嫌よ」
「それなら旦那様にそれを話してみるといい。 許されるなら、私は嫁ぐお前と共に行こう」
「本当に!? ……っぷ!!」
ばふんと大きな尻尾で口を塞がれ、驚いた加世がぎゅっと目をつむる。
「こら。 大声を出すな」
「本当に? ……わたくしと一緒に来てくれるの?」
「ああ。 きっとそれが一番良いだろう」
弾んだ様子で納屋を出ていく加世を見送り、供牙はほうとため息をつく。
これで旦那様も安心するはずだ。
あの子はただ見知らぬ土地に一人で嫁ぐ勇気が無いのだろう。
そしてそれは幼少の頃から共に居すぎた私の責任でもある。
再び体を丸めて微睡みに落ちる直前に、ふわりと自分の尾から加世の香りがした。
あんなに女になっても心はまるで子供。
人間とは難儀なものだな、と供牙は思った。
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