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月色の獣
序1
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瞼の裏に薄く光の残像が見えて、もう朝なのかと思った。
もうすっかりと慣れてしまったベッドの隣を伸ばした手で確かめるといつもそこにある筈の彼がいない。
トイレかな……? 軽く身を起こすとそこは見慣れた自宅の寝室では無かった。
ただ真っ暗な中に明るく光る月と、その下にぼんやりと佇む白銀の獣。
ああ、琥牙だ。
狼になったんだ。
なぜかは分からなかったけどそう思った。
今私を見ている静かで優しげな琥珀の瞳のせいかもしれない。
月明かりに照らされたその体はきらきらと輝いて、息を飲むほどに綺麗。
珀斗さんを上回る大きく力強い体躯が揺るがない野生を思い起こさせる。
「良かったね。 最近は全然風邪も引かなくなったし、そのせいなのかなあ」
そう言いながら彼の傍に寄ろうとすると琥牙は僅かに後ずさった。
「大丈夫だよ。 どんな姿でも私は琥牙が好きだから。 むしろフワフワで気持ちよさそうだし」
すると少しだけ首を傾げてから伸ばされた私の指先に鼻をつけ、その頬を軽く擦り付けてくる。
向かい合わせで座ってる彼は私の腰の高さ以上に大きい。
その場でしゃがんでから私は腕を回して彼を抱きしめた。
「驚かないのか?」
「なんで? ふふ。 こっちは凄くおっきいんだね」
「変わった人間だな」
「そんなの琥牙が一番よく分かって……わ、こら。 くすぐったい」
肩の上に乗っけられた頭にスリスリと押し付けられて思わずくすくすと笑ってしまう。
「あ、でもさすがにするのはダメ。 人の時だけね。 ……頑張ればいけるのかもしれないけど、そこは超えちゃいけないラインっていうか」
「…………」
「っと、それは置いといて。 でもこうなったら琥牙、どうする? 帰りたい?」
「……お前はどうしたい?」
「私? ……なんだろ。 実は私、最初琥牙とか珀斗さんに会った時、どっか不思議な感じがしたんだよね。 その時はよく分かんなかったけど、今の琥牙見たらなんだか懐かしい、なんて一瞬、そんな気がして。 おかしいかな?」
「懐かしい?」
「うん。 だから私はどっちでもいいよ。 もし琥牙がそうしたいんなら一緒に帰ろう」
「……そうだな。 また一緒に」
「うん」
「待っている」
「……え?」
その瞬間、腕の中の彼がまるで破れた羽まくらみたいに銀の塵となり手の中にこぼれた。
ずっと───────
「………真弥」
「あ…、待っ…」
「真弥」
「………ん? あれ?」
ぼんやりとした焦点が徐々にくっきりと定まり、すると正面には私を覗き込んでいる琥牙の人の顔があった。
「夢でもみてた? 寝言いってたけど」
「あれ? 琥牙、また戻ったの?」
「何言ってるの? 真弥こそ早く現実に戻ってきなよ。 おはよ、朝ご飯出来たよ」
頬に当たる唇の感触、とパンを焼く匂い。
マンションの寝室。
いつもの朝の風景だ。
さっきのは、夢?
ダイニングに向かうと後ろ向きで洗い物をしていた琥牙が話しかけてきた。
「昨日言ったけど、おれ今日は夜まで出掛けるから。 雨は降らないと思うけど仕事帰りは気を付けてね」
「ん。 琥牙も気を付けて」
行ってきます、また夜に。 そう言って半袖のシャツを羽織った彼が額と首筋に軽く口付けてきてマンションを出て行った。
「変わった夢だったな」
けれどそれにしては妙にリアルだった気がする。
どこか不思議な感じだった。
……懐かしい様な切ない様な。
───────コンコン
バルコニーのガラスを軽く叩く音が聴こえてカーテンを開けると琥牙と入れ違いに窓の隙間から珀斗さんの顔(鼻)が見える。
「おはようございます。 琥牙ってば今さっき出掛けたんですよ」
「ああ、そうでしたか。 近くまで寄ったので様子を見に来たんですよ。 いやあ、今日も暑くなりそうですね。 緑の多いうちの里はこれ程でもないんですが」
珀斗さん専用のお皿に冷たい水を入れてあげると美味しそうにそれを口にする。
人になれない珀斗さんは、琥牙や雪牙よりも口に入れるものは動物のそれに近い。
外見も銀灰色の毛並みもよく図鑑で見る、いかにも狼といった風情。
喉を潤して落ち着いた様子の珀斗さんにふと訊いてみる。
「琥牙様のお父上、ですか?」
「はい。 どんなだったのかなって思いまして。 毛の色とかはやはり白い感じ?」
そうするとすぐに返答があった。
「基本的に人狼は白ですね。 雪牙様もそうですし」
「座ったらこれ位あります?」
私の胸の下辺りに手をやると大体それ位です。 と珀斗さんが頷いた。
「亡き父上に限らず歴代の人狼のリーダーは皆そうです。 美しく、威風堂々としております。 琥牙様からお聞きになりました?」
「そ、そうですね」
そんな訳じゃないけど。
もうすっかりと慣れてしまったベッドの隣を伸ばした手で確かめるといつもそこにある筈の彼がいない。
トイレかな……? 軽く身を起こすとそこは見慣れた自宅の寝室では無かった。
ただ真っ暗な中に明るく光る月と、その下にぼんやりと佇む白銀の獣。
ああ、琥牙だ。
狼になったんだ。
なぜかは分からなかったけどそう思った。
今私を見ている静かで優しげな琥珀の瞳のせいかもしれない。
月明かりに照らされたその体はきらきらと輝いて、息を飲むほどに綺麗。
珀斗さんを上回る大きく力強い体躯が揺るがない野生を思い起こさせる。
「良かったね。 最近は全然風邪も引かなくなったし、そのせいなのかなあ」
そう言いながら彼の傍に寄ろうとすると琥牙は僅かに後ずさった。
「大丈夫だよ。 どんな姿でも私は琥牙が好きだから。 むしろフワフワで気持ちよさそうだし」
すると少しだけ首を傾げてから伸ばされた私の指先に鼻をつけ、その頬を軽く擦り付けてくる。
向かい合わせで座ってる彼は私の腰の高さ以上に大きい。
その場でしゃがんでから私は腕を回して彼を抱きしめた。
「驚かないのか?」
「なんで? ふふ。 こっちは凄くおっきいんだね」
「変わった人間だな」
「そんなの琥牙が一番よく分かって……わ、こら。 くすぐったい」
肩の上に乗っけられた頭にスリスリと押し付けられて思わずくすくすと笑ってしまう。
「あ、でもさすがにするのはダメ。 人の時だけね。 ……頑張ればいけるのかもしれないけど、そこは超えちゃいけないラインっていうか」
「…………」
「っと、それは置いといて。 でもこうなったら琥牙、どうする? 帰りたい?」
「……お前はどうしたい?」
「私? ……なんだろ。 実は私、最初琥牙とか珀斗さんに会った時、どっか不思議な感じがしたんだよね。 その時はよく分かんなかったけど、今の琥牙見たらなんだか懐かしい、なんて一瞬、そんな気がして。 おかしいかな?」
「懐かしい?」
「うん。 だから私はどっちでもいいよ。 もし琥牙がそうしたいんなら一緒に帰ろう」
「……そうだな。 また一緒に」
「うん」
「待っている」
「……え?」
その瞬間、腕の中の彼がまるで破れた羽まくらみたいに銀の塵となり手の中にこぼれた。
ずっと───────
「………真弥」
「あ…、待っ…」
「真弥」
「………ん? あれ?」
ぼんやりとした焦点が徐々にくっきりと定まり、すると正面には私を覗き込んでいる琥牙の人の顔があった。
「夢でもみてた? 寝言いってたけど」
「あれ? 琥牙、また戻ったの?」
「何言ってるの? 真弥こそ早く現実に戻ってきなよ。 おはよ、朝ご飯出来たよ」
頬に当たる唇の感触、とパンを焼く匂い。
マンションの寝室。
いつもの朝の風景だ。
さっきのは、夢?
ダイニングに向かうと後ろ向きで洗い物をしていた琥牙が話しかけてきた。
「昨日言ったけど、おれ今日は夜まで出掛けるから。 雨は降らないと思うけど仕事帰りは気を付けてね」
「ん。 琥牙も気を付けて」
行ってきます、また夜に。 そう言って半袖のシャツを羽織った彼が額と首筋に軽く口付けてきてマンションを出て行った。
「変わった夢だったな」
けれどそれにしては妙にリアルだった気がする。
どこか不思議な感じだった。
……懐かしい様な切ない様な。
───────コンコン
バルコニーのガラスを軽く叩く音が聴こえてカーテンを開けると琥牙と入れ違いに窓の隙間から珀斗さんの顔(鼻)が見える。
「おはようございます。 琥牙ってば今さっき出掛けたんですよ」
「ああ、そうでしたか。 近くまで寄ったので様子を見に来たんですよ。 いやあ、今日も暑くなりそうですね。 緑の多いうちの里はこれ程でもないんですが」
珀斗さん専用のお皿に冷たい水を入れてあげると美味しそうにそれを口にする。
人になれない珀斗さんは、琥牙や雪牙よりも口に入れるものは動物のそれに近い。
外見も銀灰色の毛並みもよく図鑑で見る、いかにも狼といった風情。
喉を潤して落ち着いた様子の珀斗さんにふと訊いてみる。
「琥牙様のお父上、ですか?」
「はい。 どんなだったのかなって思いまして。 毛の色とかはやはり白い感じ?」
そうするとすぐに返答があった。
「基本的に人狼は白ですね。 雪牙様もそうですし」
「座ったらこれ位あります?」
私の胸の下辺りに手をやると大体それ位です。 と珀斗さんが頷いた。
「亡き父上に限らず歴代の人狼のリーダーは皆そうです。 美しく、威風堂々としております。 琥牙様からお聞きになりました?」
「そ、そうですね」
そんな訳じゃないけど。
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