うっかり拾った人ならぬ少年は私をつがいにするらしい。

妓夫 件

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引越し蕎麦(よく見ると三人前)

1話

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引越し。

あの時琥牙は言わなかったけど、不純な目的だけという訳じゃあない。

「もうちょっと広くて出入りするとこも考えたら、伯斗たちも悪目立ちしなくて済むんじゃないかなあ。  ここバルコニーも道路側だしね」

数日後にそんな事をぽつりと言っていた。
やっぱり琥牙は何だかんだで伯斗さんたちの事を考えてるのだと思う。

二人でいくつか物件を見回り住む所が決まった後は、平日空いてる琥牙が伯斗さんたちも手伝ってもらいながらマンションの荷物を新居に移していたようだった。

そんな甲斐もあり話をしてから早くも二週間後に、私たちは新しい住まいに足を踏み入れる事になる。


ちなみに引越し当日の本日日曜は雪牙くんがお手伝いに来てくれている。
せいぜい中学校入ったばかりのようなプラチナブロンドに碧眼の男の子が、洗濯機などの重くでかい家電を抱えてとことこ歩いている姿はかなり違和感がある。

琥牙と同じで彼もやはり体力があるんだろう。

「雪牙く……ぎゃっ」

真新しいツルツルしたフローリングの廊下にずりっと踵を滑らせた私を、雪牙くんが反射的に腕を伸ばして背中に支えてくれた。
のけ反り気味にお礼を言う私に心底呆れた顔をする。

「……ったく、このボケ女。 んでんな何も無いとこでコケられんだあんたは? 見えない地縛霊にでも捕まんの? 洗濯機と一緒に運んで欲しいっての?」

「ご、ごめんね。 でも今日はありがとう。 凄く助かったよ」

「……フン。 暇だったし、別にお前のためじゃねーし」

そんな憎まれ口を叩いてさっさと先を歩いていく。
それでも以前に琥牙と気まずい別れ方をしていた雪牙くんは、彼と仲直りするいい口実が出来てどこか嬉しそうだった。


真新しい壁紙の匂いのする寝室に入ると、部屋の二面にある大きな窓からは緑の香りを纏った夏風がふわりと髪を梳く。
駅からは少し離れるが通常は分譲マンションとして売りに出している物件を借主から賃貸で住まわせてもらう事が出来たのだ。

「気持ちいいねえ」

引越し先は自然の多い地区で、鉄筋作りの広いバルコニーからは夏の陽に元気一杯に広げた枝葉が青々として目の前の高さまで伸びていた。

「だね」

これなら狼の出入りも安心だろう。

今回の引っ越しでは、この際にせっかくだからとベッドなど単身用の家具も大きなものに買い換えた。
そんなのは一人暮らしを始めた大学生の時以来で、社会人の今となっては新婚みたいなくすぐったい気分である。

「雪牙くん、お昼にしよう。 お弁当食べよ」

正午にも近くなり、朝から働きっぱなしの二人に声を掛けて回る。

「琥牙も」

「……ん。 あっつ」

冷房の効いてない部屋で荷解きをしていた彼はTシャツの前をぐいと上に引いて汗を拭いた。

汗で濡れた髪がなかなか色っぽくてどきりとする。

そして薄っらと割れた腹筋……
薄……

「ほっそ!」

「え?」

「琥牙ウエストほっそい! やだなんで私のジーンズ履けるのよ」

「なんでキレ気味なの……」

私と違いお尻の辺りがまだ余裕なのに更にむかつく。

「やだもうずるい。 毎日アイスだわコーラだわ食べてる癖に。 私なんか我慢してるのに」

不平を漏らしながらダイニングにとりあえず置いたローテーブルにお弁当を広げていく。

琥牙が困った様子でそれを囲み、雪牙くんも彼に並んで床に座った。 引っ越し当日という事で座布団や食器諸々足りないのはご愛敬だ。

「単におれは成長期なだけで、細いのがいい訳でもないし。 真弥スタイルいいと思うけどなあ。 な、 雪牙」

「し、知らねえよ、そんなの」

雪牙くんは余程お腹が空いていたらしい。

あらかじめそれぞれ少し料理を取り分けておいたお皿があっという間に空になる。 さすが男子。

「雪牙くん美味しい? おにぎり鮭とそぼろどっちがいい?」

「…………」

「お茶も飲んで。 はい!」

「グラスは大きい方がいい? 雪牙」

「うん」

「まだあるからいっぱい食べて」

「お代わりは?」

ほっぺたをぱんぱんにしてご飯を夢中で頬張りながらこくり、こくり、と頷く雪牙くんを見て琥牙と私はふふと笑い合った。

「真弥は料理上手なんだよ。 この唐揚げとか」

「…………うん」

「卵焼き甘いの作ったよ。 雪牙くん好きだって聞いてたから」

「…………………アリガト」

よっしゃ!!

思わずコッソリ隠れてガッツポーズを取る。 懐かない動物が心を許してくれる様になるのって達成感しかないわ。

引越し当日位店でなにか買えばいいのに、という琥牙に調理道具の移動を先に手伝ってもらい、朝の五時に起きてこっちに来て作った甲斐があった。

向かい側に座っていた琥牙がそんな私を見てクッと笑いを漏らす。


それからもちゃくちゃくと作業は進み、ひぐらしが鳴き始める夕方になりあとは細々とした片付けだけになった所で、本日の引っ越しはひと段落させる事にした。

帰ろうとする雪牙くんを琥牙と見送りに行く。

「お疲れ様。 今日はありがとうね」

「……力仕事は男のする事だし。 また何かあったら手伝ってやってもいい。 あと、よくよくみたら真弥って兄ちゃんの好みかも」

「そうなの?」

私が?
自らを指差すと雪牙くんが琥牙と似たような思惑の無さそうな表情でうん、と頷く。

「兄ちゃん胸のでかい女が好きだもんな!」

「はっ? ちょ、雪牙!!」

いきなりの不意打ちを食らった琥牙が雪牙くんに何か言いかけるも、狼に戻った雪牙くんが器用に木の枝に身を躍らせ闇の中へと消えていった。

「ま、また落ち着いたら遊びに来てね」

「……ハハッ」

琥牙が乳好きとは、それは初耳だ。
無言になった彼をちらりと見る。

「……好きなの? 胸」

「そういう訳じゃないよ。 見慣れなくて珍しいからつい目がいくだけで」

困ったみたいに頭を掻いた。

二足歩行動物は胸が目立つのかもね。
Dカップがキツめの私は確かに小さい方ではないし。

「触る?」

「なんか恥ずかしいからいいよ…… 汗かいたし。 でも今日は楽しかった」

「引越しが?」

「うん。 真弥と初めてする事は何でも楽しい」

乙女か。
だけどそういう事を嬉しそうに話してくる彼はとても微笑ましい。
そんな琥牙と向かい合わせになってこつんとおでこ同士をくっ付ける。

「そうだね。 引越しだけじゃなくって、色んな事。 二度目も三度目も楽しかったらいいね」

「うん。 真弥、冷たくって気持ちいい」

「そ? ていうか、琥牙が熱くない」

あれ、熱い。
ホントに熱い。 そしてよくよく見ると琥牙、顔も赤くない?

「……ちょっと琥牙、熱あるんじゃないの? 大丈夫?」

「大丈夫、いつもどお……」

それを言い終わらないうちにずる、とこちらに重みが乗ってきて支えきれず彼ごと崩れそうになる。

「っ? 嘘やだ、琥牙!!!」


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