うっかり拾った人ならぬ少年は私をつがいにするらしい。

妓夫 件

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出来損ないの狼

1話

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目の前の光景に私は唖然として座り込んでいた。

傍にはガラの悪そうな男が二人。
声もあげず夜の冷たいアスファルトに倒れている。

そんな男たちを感情の無い目で見下ろし、煩そうに前髪をかきあげた彼。
琥牙こうがの名前の意味に私はようやく思い当たった。

「立てる?」

私に向かって手を伸ばし、そう言った彼の口の端からは僅かに鋭い犬歯が覗いていた。

肩越しに見える夜空に、左側が欠けた銀色の弦月げんげつ

口の中が乾いてこくんと唾を飲んだ。
こんな状況にはいささか呑気な発言なのかもしれない。

「……琥牙ってホントに狼なんだねえ?」

それに負けじとユルい声のトーンが返ってくる。

「うん。 けど、こうなっても普段とあんまり変わらないなあ。 やっぱりまだおれは半端なんだね」

手を取った私をぐいっと引いて立ち上がらせる。
その力強さに面食らうも、向かい合うといつもの目線にほっとした。
170センチと女にしては長身の私と琥牙の背丈にさほど差はない。


「ううっ……」

鈍いうめき声が足元から聞こえた。
生きてると分かってとりあえずほっとする。
女性をナンパしようとした挙句、襲ってこようとするなんてゲスな人間でも、酷い怪我でもされたら困るもの。

私の仕事帰り、たまには二人で外食でもと、つい遅くなってしまった今晩。

「おれの真弥まやに手出そうとするからだよ」

そんな男前なセリフは彼に似合わずどこか可笑しい。

身長差と、それに加えて。
助けてもらってこういっては何だけど、一緒にいた琥牙が明らかにチョロく見えたんだろう。
パッと見の彼は、15歳位の少年以上青年未満というところ。

こんな暗がりなら何だったら、女の二人連れにも見えたのかもしれない。

「こいつら起きると面倒だし、早く帰ろ」

手を繋いだまま、私に向かってにぱっと微笑みかけてくる。
いつも通りのそんな彼に苦笑を返した。

だって、私にとっての彼は狼というより子犬にしか見えないもの。





「して。 真弥どの。 他に琥牙様に変化は見られませんでしたか?」

ベッドの端にお尻を乗せて首を捻る私の目の前には大きな犬、もとい狼が鎮座している。

「うーん。 暗かったですし、よく分かりません。 私の肩が掴まれたかと思ったら琥牙がそれを捻りあげて。 悲鳴がしたからびっくりして目を閉じてたらなんか終わってました。 とにかく一瞬の事でしたよ。 改めて狼ってあんなに動きが速いんだなあって」

その狼が身を乗り出す勢いでその時の状況を聞いてくる。
そんな彼に私は申し訳なく思いつつも、拙い説明を繰り返すばかりだった。

いぶしたみたいな銀灰色に白くふさふさとした毛は特に首周りが立派。
がっしりとしたその体躯はいかにも飼い慣らされていないといった風情の野生味を感じさせる。

捕食者特有の射貫くような瞳は金色。

けれどもその思慮深い表情には年相応の落ち着きがある。


今更ながら。

こうやって普通に人と狼が1LDKのマンションの部屋で向かい合って話をしてるのは変な絵面だと思う。

彼の名前は伯斗はくとさん。
琥牙の家に代々仕えている狼らしい。

「やっぱり琥牙を覚醒させるお手伝いなんて、私なんかじゃダメなんじゃないかな」

そう言う私に伯斗さんがきっぱりと首を左右に振る。

「いいえ。 琥牙様がいくら人間と狼の混血だからとて、獣の血には逆らえぬもの。 現に今日も自分の気に入った雌が傷付けられる様な事態に陥り、琥牙様に流れる狼の血が騒いだに違いありません」

気に入った雌、ねえ。
確かにいつも助けては貰ってる。

「やっと兆しが……信じて待った甲斐がございました」

そう言って感極まる様子の伯斗さんを尻目に。

早々にベッドに入り、すうすうと寝息をたてている琥牙をちらりと見やる。



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