瑠璃色灰かぶり姫の尽きない悩み

妓夫 件

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恋人の定義と認識その一

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「なにかおかしいですか?」

「え……い、いや、予想外過ぎて。  なぜまた?」

目線をあちこちに彷徨わせて狼狽える彼なんて、初めて見たかもしれない。  透子の方が逆に冷静な気持ちになった。

「この一週間、考えてたんです。  私、嫌いな人に触れられたりはしません。 それに、仮にも一緒に住むのなら中途半端は嫌ですし。 お互いに知り合っていく過程を許すのなら、関係性の定義としてそうあるべきだと思いました」

「なるほど……そういえば、キミの北陸の母君はクリスチャンだったな」

静が神妙な表情でゆっくりと頷くがそれが何の関係があるのだろう。  ただ少なくとも、自分の発言が歓迎されているようには見えない。

「私は宗派を継いでませんし、洗礼を受けてるわけでもないですけど……もちろん私の勝手な申し込みなので、お断りしていただいて結構です。  仕事などもまた自分で」

「キミの仕事は西条に預けたから、その辺は心配しなくていい。  では、まあ。  分かった」

「分かった、って一体」

「その件は心得た。  一つだけ言うのなら、キミが今言ったようなことは俺が先に口にするべきだった」

「そんな決まりはないですし、どちらかからでいいと思いますが」

「そうか」ひと言いい、静が車窓に目を移す。

いやに事務的というか、素っ気ない。
甘い言葉はいつも口にするのに。 と、意外な静の反応だと感じた。 何となく肩透かしを食らった気分───それと同時に、自分の思い上がりを恥じる。
……彼がもう少し、喜んでくれると思っていた。





それから若干無口になった静だったが、しばらくすると普段通りに戻ったようだ。
国立の屋敷に到着し、表に出てきた青木に指示をする。

「今週末も目黒で過ごすから、家のことは頼む」

「かしこまりました。 では、荷を運ばせますので少々お待ちください」

屋敷から運び出してきた大きなダンボールをいくつか積み、それから都内へと向かった。

車窓からは緑の多い市街を過ぎ、段々とオフィスビルが立ち並ぶ景色が垣間見えてくる。
その間車内で、今後の生活についての具体的な話をする。

「丸の内までは電車で二十分ぐらいかな。 キミも残業や勉強があるだろうし。  送迎が必要なら言ってくれ」

「それには及びません。 そんなに近いんですね。  家の事はどうします?」

「ん、家の雑事のことかね。  平日の掃除や料理は人を雇っているし、家の一切を任せてる者もいる」

「では週末は私がしますね。  お家賃を受け取っていただけませんでしたから、その代わりといっては、なんですが」

「そんな必要はない。 金で解決出来るなら。 キミの時間の方が重要だ」

家政婦を雇っていた白井の家でもそうだったが───今までなにもかも一人でやってきていた透子としては、そんな生活にはなかなか馴染めない。

「いかにもお金持ちの…静さんの場合は欧米の考え方ですね」

「そうかな。 俺の仕事の一時間でどれだけの金が動くと思う?  それを増やすことを考えた方が世の中のためだ。  キミも自分のことに時間を使いなさい」

「だけど、家のことが何も出来ないのは人としてどうなんですか」

「何も出来ないとは言ってない。 やらないだけだ。 学生時代はずっと寮にいたしな」

「うう、うーん………」

それでも丸きりお世話になるのは。  率直に拒否反応を顔に出した透子に静がふ、と頬を緩ませる。

「納得しないか。  では余暇としてならいい。  週末はなんなら、一緒に料理や皿洗いでもするかね」

「………はい!……ん」

軽くつつくように口の端に静の唇が触れ、かと思うと、両脇に彼が手をついた。

「え……っ?  ちょっとあの、静さ」

「想像したらムラっときた」

ど、どの辺にそんな要素が?

体が沈みそうなシートに倒されそうになって面食らう。 サワサワ胸を包んでくる静の手を、体を捻って避けようとした。

「母君から教わらなかったかね。  左の乳を揉まれたら右の乳も差し出せと」

この人、真顔で何言ってるんだろう。

「ええと静さん。 頭大丈」

「静様。 着きました」

仕切りの前面についているスピーカーから運転手さんらしき無機質な声が車内に響く。

「……チッ」

「ち?」

「なんでもない。  ついて来たまえ」

ふう、と気を取り直して髪を掻きあげた静が透子に命じ、起き上がって先に車から降りた。


さすがに山の手だけあって国立の家よりは小さなものの。

軽くマンション並みの敷地を携えた白磁の壁。 これも豪邸の部類に入るのだろう。  
義母の家も、周りからすると立派とは言え。 ふと、不思議に思った。
西条のような大企業とも親交がある、大きな会社の御曹司がなぜわざわざ、うちとお見合いなんてしたんだろう、と。


「静様。  お帰りなさいませ」

初老の男性が入口のドアの前で恭しく頭をさげる。
遅れて地面に足を着け、目にした人は───青木だった。

『静様、透子様。  おはようございます』そう言って、今さっき国立で会ったはずだ。 

「………!?  えっ、さっき。  ぶ…分、分れ」

目をまん丸にしてアワアワ慌てる透子に、静がやんわりと諭してくる。

「透子。  増えてない。  青木はアメーバじゃないぞ」

「透子様、お初にお目にかかります。  青木と申します」

同じ姿勢で深々と腰を折る角度も位置も、まさしく青木に違いない。

「?  ぼ……ボ……ッボ!?」

「透子。  青木は痴呆でもない」

侮蔑の言葉を避け、意味不明な単語の羅列を繰り返して焦る透子を落ち着かせようと、彼女の肩を抱いた静に、執事はひそかに眉をあげた。

「わたくしたちは双子の兄弟です。  静様のそれぞれの家に仕えております」

「そ、そそうなんですか。  凄い、そっくり………」

「はあ……あまり似ていないかと存じますが」

「フム」

糸目、低い身長にささやかな髪の量、黒のピシッとした服装に声や口調。  入れ替わっていても気付けないと思う。

「静さんは分かるんですか?」

「長い付き合いだし。 そうだな。 分かりやすく説明すると、涙もろいのが国立で、はにかみやなのが目黒だ」

分かりにくい、分かりにくいよ。
あっ、でも青木さん、今自分のこと言われてはにかんでる?
頬の上を赤らめ「ささ、ご案内いたします」と先立った青木に、透子はほんのりとであるが理解を示した。


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