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恋人の定義と認識その一
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そんなこんなで迎えた土曜。
昨晩も夜中まで勉強していたせいだ。
朝に目覚めると、静との約束の時間までは僅かだった。
「透子ちゃん、準備大丈夫?」
「うっ、うん。 いえ!」
コンコン、とノックされ咲希がドアの隙間から顔を出してきた。
わたわた慌てて支度中の、透子の部屋に散乱する服やバッグ。 それらを見渡した咲希が呆れて腰に両手をあてる。
「お呼ばれなんでしょう? 昨晩でもママに言っといてくれれば……ちょっと! そんなスーパーで売ってるようなペラペラの服で行くつもり?」
着ていたのはまさにスーパーで買った服だったので、びっくりして咲希を見詰めた。
ハア、とため息をついた咲希が透子の手を引き、廊下の奥へとずんずん歩く。
「さ、咲希さん、私急いでるのですけど」
「急いでるんなら来てちょうだい。 ホラ、ここ座って」
咲希の部屋に入ったのは初めてだった。
丸い鏡台が備え付けられたドレッサーの前に座らせられ、戸惑った表情を沙希に向ける。
「髪セットするからネイルしてて。 これ速乾性だから。 なに塗り方知らないの? 最初にファイルあてて」
「本棚ですか」
「文具じゃないわよ!」
そんな風に怒られながらも、咲希のレクチャーの元になんとか身支度を整えていく。
女子力、という単語が頭に浮かんだ。
「髪は少し巻いてく?」
「いえ大丈夫です、もう時間が無いので」
「ちょっとぐらい待ったって、野暮ったい女を連れて歩くよりはマシでしょ」
相変わらずハッキリものを言う。
それでも咲希の発言はいつも間違いとは言い切れない。
横に並ぶと、自分と洗練された咲希の違いがよく分かった。
こないだなんかリクルートスーツだったし。 自嘲気味に先週の自分を振り返る。
静はこんな自分の、なにを気に入ってくれてるんだろうか。 改めて思う。
しかも出会ったばかりだというのに。
「透子ちゃん、最近肌がキレイよね」
それも静のせいだろうか、とぼんやり思った。
『かわいい』と。
『キミを知りたい』と。
彼が発したいくつかの言葉は胸に留まり続けた。 それがなにかの拍子に、透子の心がしっとりと湿りを持つ。
まるで彼に触れられた時のように。
気付かない振りをして忘れてしまうことも出来るのに、そうしたくない。
それらを何もなかったことにする、そしたら自分は大事なものを失ってしまう気がした。
「どしたの? 難しいカオして」
最近の透子はこんな風に、静のことを思い出すとぼうっと意識が離れてしまう時が儘ある。
我に返ると、鏡の中の自分の口角は自然と上がっていた。
「えっ、ななんでも……咲希さん、ありがとうございます」
「なによ、いきなり」
鏡越しの咲希が不審な表情で見てくる。
家を出るまであと一週間。
もう少し咲希と色々話をしたかったと、そんな風にも思う。
「咲希さんって優しいですね」
いつかお義姉さんと呼べる日が来るんだろうか?
寂しい気持ちになり、口に出した透子に彼女が眉を寄せる。
「はあ? どこからそんなおめでたい発想出てくんの」
「はい?」
────ピンポーン…
ピッタリ約束の時間にチャイムが鳴り咲希と顔を見合わせた。
「わ、迎えよね。 服はこれ。 クリーニングして返してよね! とりあえず待っててもらうから!!」
バタバタ部屋を出て行った咲希が階段を降りていく。
今朝は義母が出掛けてることを思い出した。
そういえば、静は挨拶に来る話はどうするつもりなんだろう? 彼からは心配しなくていい、なんて言われたけど。 考え込みながら自室にあったバッグを手に持ち、早足で玄関に向かった。
「静さん、お待たせしました」
「四分遅い」
……またムスッてしてる。
でも今朝の彼はいつもと何かが違う。 いつも通りキラキラだけど、と。
自分の少し前では咲希が後ろ向きに、静と向かい合って立っていた。 今まで二人でなにか話をしていたようだ。
それにしては咲希から不穏な空気が発されているのを感じ取り、彼女の肩に手をかけようとした。
「咲希さん……?」
声をかけた途端、咲希が透子の手をバシッと振り払う。
沙希の怒りがこもった表情に口をつぐむ。
「今まであたしを騙してたのね、あんたも! あんな見合い写真なんて嘘っぱちじゃないの! 当日に八神さんだって分かってたなら、なんで言わなかったの!?」
……静さん、サラッとバラしちゃったんだ。
それでなんでと言われても。 一瞬考え、静と会った初日の出来事を思い出した。
「咲希さんは最初静さんを嫌ってましたけど……私はあの日、ゴブリンさん(仮)の方がずっと良い人だと思ったからです」
「は?」
「そ、そこまでか」
静がショックを受けたように口に手をあてて俯く。
……それからはなんというか。 言いそびれてるうちに事が進んでしまったというか。 つい余計なことが頭に浮かび顔を赤らめる。
咲希はそんな透子を怪訝そうに見ていたが、また思い出したように口を開いた。
「とにかく。 うちを馬鹿にしたことに変わりはないわ。 あんたなんか……もらわれっ子の癖に!!」
すい、と静が間に割って入る。 目を眇めて非難がましい顔を咲希に向けた。
「いい加減にしたまえ。 よくよく蓋を開けてみたら、お互い様ってだけだろう?───義姉の白井咲希」
彼女を見下ろす静が意地悪そうに口の端をあげる。
「………っ!」
咲希がカッと頬を紅潮させた。 それからなにか言い返そうと口を開きかけたが、咲希からスッと目を逸らした静は透子の背中に手を添えた。
「またご主人へ挨拶をしに週中に伺う。 透子、来なさい」
「は、い。 咲希さん行ってきます」
静を睨んでいる咲希を振り向きつつ、彼のあとに車に乗った。
昨晩も夜中まで勉強していたせいだ。
朝に目覚めると、静との約束の時間までは僅かだった。
「透子ちゃん、準備大丈夫?」
「うっ、うん。 いえ!」
コンコン、とノックされ咲希がドアの隙間から顔を出してきた。
わたわた慌てて支度中の、透子の部屋に散乱する服やバッグ。 それらを見渡した咲希が呆れて腰に両手をあてる。
「お呼ばれなんでしょう? 昨晩でもママに言っといてくれれば……ちょっと! そんなスーパーで売ってるようなペラペラの服で行くつもり?」
着ていたのはまさにスーパーで買った服だったので、びっくりして咲希を見詰めた。
ハア、とため息をついた咲希が透子の手を引き、廊下の奥へとずんずん歩く。
「さ、咲希さん、私急いでるのですけど」
「急いでるんなら来てちょうだい。 ホラ、ここ座って」
咲希の部屋に入ったのは初めてだった。
丸い鏡台が備え付けられたドレッサーの前に座らせられ、戸惑った表情を沙希に向ける。
「髪セットするからネイルしてて。 これ速乾性だから。 なに塗り方知らないの? 最初にファイルあてて」
「本棚ですか」
「文具じゃないわよ!」
そんな風に怒られながらも、咲希のレクチャーの元になんとか身支度を整えていく。
女子力、という単語が頭に浮かんだ。
「髪は少し巻いてく?」
「いえ大丈夫です、もう時間が無いので」
「ちょっとぐらい待ったって、野暮ったい女を連れて歩くよりはマシでしょ」
相変わらずハッキリものを言う。
それでも咲希の発言はいつも間違いとは言い切れない。
横に並ぶと、自分と洗練された咲希の違いがよく分かった。
こないだなんかリクルートスーツだったし。 自嘲気味に先週の自分を振り返る。
静はこんな自分の、なにを気に入ってくれてるんだろうか。 改めて思う。
しかも出会ったばかりだというのに。
「透子ちゃん、最近肌がキレイよね」
それも静のせいだろうか、とぼんやり思った。
『かわいい』と。
『キミを知りたい』と。
彼が発したいくつかの言葉は胸に留まり続けた。 それがなにかの拍子に、透子の心がしっとりと湿りを持つ。
まるで彼に触れられた時のように。
気付かない振りをして忘れてしまうことも出来るのに、そうしたくない。
それらを何もなかったことにする、そしたら自分は大事なものを失ってしまう気がした。
「どしたの? 難しいカオして」
最近の透子はこんな風に、静のことを思い出すとぼうっと意識が離れてしまう時が儘ある。
我に返ると、鏡の中の自分の口角は自然と上がっていた。
「えっ、ななんでも……咲希さん、ありがとうございます」
「なによ、いきなり」
鏡越しの咲希が不審な表情で見てくる。
家を出るまであと一週間。
もう少し咲希と色々話をしたかったと、そんな風にも思う。
「咲希さんって優しいですね」
いつかお義姉さんと呼べる日が来るんだろうか?
寂しい気持ちになり、口に出した透子に彼女が眉を寄せる。
「はあ? どこからそんなおめでたい発想出てくんの」
「はい?」
────ピンポーン…
ピッタリ約束の時間にチャイムが鳴り咲希と顔を見合わせた。
「わ、迎えよね。 服はこれ。 クリーニングして返してよね! とりあえず待っててもらうから!!」
バタバタ部屋を出て行った咲希が階段を降りていく。
今朝は義母が出掛けてることを思い出した。
そういえば、静は挨拶に来る話はどうするつもりなんだろう? 彼からは心配しなくていい、なんて言われたけど。 考え込みながら自室にあったバッグを手に持ち、早足で玄関に向かった。
「静さん、お待たせしました」
「四分遅い」
……またムスッてしてる。
でも今朝の彼はいつもと何かが違う。 いつも通りキラキラだけど、と。
自分の少し前では咲希が後ろ向きに、静と向かい合って立っていた。 今まで二人でなにか話をしていたようだ。
それにしては咲希から不穏な空気が発されているのを感じ取り、彼女の肩に手をかけようとした。
「咲希さん……?」
声をかけた途端、咲希が透子の手をバシッと振り払う。
沙希の怒りがこもった表情に口をつぐむ。
「今まであたしを騙してたのね、あんたも! あんな見合い写真なんて嘘っぱちじゃないの! 当日に八神さんだって分かってたなら、なんで言わなかったの!?」
……静さん、サラッとバラしちゃったんだ。
それでなんでと言われても。 一瞬考え、静と会った初日の出来事を思い出した。
「咲希さんは最初静さんを嫌ってましたけど……私はあの日、ゴブリンさん(仮)の方がずっと良い人だと思ったからです」
「は?」
「そ、そこまでか」
静がショックを受けたように口に手をあてて俯く。
……それからはなんというか。 言いそびれてるうちに事が進んでしまったというか。 つい余計なことが頭に浮かび顔を赤らめる。
咲希はそんな透子を怪訝そうに見ていたが、また思い出したように口を開いた。
「とにかく。 うちを馬鹿にしたことに変わりはないわ。 あんたなんか……もらわれっ子の癖に!!」
すい、と静が間に割って入る。 目を眇めて非難がましい顔を咲希に向けた。
「いい加減にしたまえ。 よくよく蓋を開けてみたら、お互い様ってだけだろう?───義姉の白井咲希」
彼女を見下ろす静が意地悪そうに口の端をあげる。
「………っ!」
咲希がカッと頬を紅潮させた。 それからなにか言い返そうと口を開きかけたが、咲希からスッと目を逸らした静は透子の背中に手を添えた。
「またご主人へ挨拶をしに週中に伺う。 透子、来なさい」
「は、い。 咲希さん行ってきます」
静を睨んでいる咲希を振り向きつつ、彼のあとに車に乗った。
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