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恋人の定義と認識その一

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それは置いても、動き出してしまったものは仕様がない。
とりあえずは眼前の問題を解決しよう。  自室のベッドの端に座わった透子はほうと息を吐いた。

「家に挨拶、かあ………」

二人は本当の静を知らない。
どうするのがいいんだろう。 またゴブリンさん(仮)に頼む、とか。  それは失礼なような……少し考え込み、ひとまず静に連絡することにした。

今さっき静と会ったばかり、というか。
なんだか『イケナイコト』をした後の気分だ。
実際にそうなんだけど。 あんな車の中で、あんな格好で……スマホの連絡先をタップし手のひらの裏で頬を包み、火照りを冷ましていると間もなく静が電話に出た。

「どうした?」

端末越しの彼の声にドキッとしたが、先程の義母たちとのやり取りを簡潔に伝える。

「挨拶は俺も考えていた。  そういえば……まだあの時の答えを訊いてなかったな。 キミは今の白井の家と今後どう付き合っていきたいんだね」

答え?  そんなことを訊かれただろうか、と首を捻る。

「北陸に居たときも学生で一人暮らしするのに保証人になってくれて……色々お世話になったので、出来ればご迷惑は掛けたくないと思ってます」

「ご迷惑、ね。 それだけなのか?」

「え……?  はい」

「……分かった、それなら心配しなくていい。  ところで、週末はキミを目黒の家に案内したい。  土地勘をつけるついでに、越してくる前に一度見ておいた方がいいだろうから。 家の手伝いの者にも紹介する」

「それはとても助かります。  よろしくお願いします」

「他人行儀だな。 俺から言い出したことだろう。 その時にまた色々話そう」

自分のことを気にかけてくれる静の様子に正直、ホッとした。

「平日は新しい職場の準備だな。  西条に借りを作ったと思わせてくれるなよ」

上からな物言いだが、遠回しに応援されているような気がして元気よく「ハイ!」と答える。

「フ…また連絡する。  ま、もし俺に会いたくなったら」

「あ、大丈夫です。  静さんもお忙しいでしょうし。 では遅くにすみませんでした。  お休」

「………」

挨拶の途中にもかかわらず通話が切れてしまった。
やはり静は忙しいのだろう、と思いつつもやっぱり失礼な人だ。 今さら始まったことじゃないけど。
むう、と不満げにスマホを眺める。


そのあと窓の外に目を移した。

以前のように感じていた閉塞感がない。
今晩は煌々と輝く丸い月は、自分の明るい前途を表しているみたいにも思える。
出窓に寄り、サッシ中央の取っ手を外しスライドを上にあげる。
吹く11月の夜風は冷たく、だがすっきりと澄み肌を洗うように撫でていった。

ノートPCを広げた透子は早速、西条に送る資料の準備に取り掛かった。





週末までの日々はまたたく間に過ぎていった。

穏やかそうな外見のわりに、西条は結構なスパルタだった───OJTのマニュアルは辞書並みに分厚く、入社まで全て目を通しておいてね。 と明るく言われた。
それでも提示された給与は自分にとっては破格のもので、前職の数倍を超えていた。

「中途とはいえ未経験なら部署の最低額からだけど、構わないかな?  身贔屓する訳にはいかないから」

これなら業務をこなせる見通しがつけば、まもなく一人暮らしも出来るだろうと思った。


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