瑠璃色灰かぶり姫の尽きない悩み

妓夫 件

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自立(と調教)への一歩は王子から

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平静を装い手元に目を落とした。 腰を折った静が、スマホに映っている会社概要のページを覗き込む。

「面接…キミが仕事を?  今見てるそこか?」

「……まあ、そうです」

話しかけられた透子が事務的に答えた───そもそも静が自分をどう思おうが関係ない……のだし。
会社名を呟いた静がふと何かを思い出したかのように眉根を寄せる。

「止めておいた方がいい。  良い評判は聞かない。 もって今期一杯だ……よくある話。  破産寸前で社員を抱え、当座の金を稼いだ挙句トンズラする類いの」

「……そう、なんですか?」

噂が広まりやすい田舎ではあり得ないことだ。 思わず目をぱちぱち瞬かせる。

「探さずともキミなら大概は出来るだろう?   俺に言ってくれればいくらでも」

「え、いえ。 そういうのはちょっと」

「なぜ?」

「こういうのは自分で探さないと意味がないというか……」

「キミは俺を侮辱したいのか」

「へ?  そんなつもりは」

「親の跡を継いでる俺も似たようなものだろう」

「あ、私と静さんとは全く。 そんなつもりは無くって……すみません。  静さんは立派だと思います」

「立派?」

「学生を早くに終えてすぐに、親御さんの大きな会社で働いてらっしゃるんでしょう?  そんな人は私の周りにいません」

「………」

「………え?」

ふいと顔を横に背け、仏頂面の癖に心無しか静の頬が赤い。 こんな表情の彼を見たことがないので意外だった。 まるで普通の男性みたいだ。

「……それは、照れてるんですか?」

「キミからそんな風に褒められたのは初めてだ」

「こないだもたしか綺麗だと褒めましたが」

「見た目を言われるのは慣れているから。  心配するな、ちゃんとあれは録音してある」

録音?  なぜに。

「い、今もですか」

「当たり前だ。  あの日のキミのベッドでの声もしっかりと」
「いやあああああっ!!」

勢い静に飛びついて口を塞ごうとすると彼が体を反らして避ける。

「いきなり叫ぶな道の往来で。 非常識だぞ」

「ひ、非常識とは………?」

一体どっちが常識が無いと!?  とでも言いたげな口調の透子の怒り顔を見、静が怯えたように後ずさった。

「そ、そう怖い顔をするな。  かわいい顔が台無しだろう」

「かわ……」

先ほど赤くなった直後顔が青くなり、また赤くなる。
そんな透子に笑みを漏らし、雰囲気を和らげた静が透子の手を取った。

「さて……気を取り直して行こうか」

「どこへですか?」

「キミの野暮用に付き合ってもいい。  ただし仕事を決めた後は、ディナーとこないだの続きに付き合いたまえ」

「え、それは嫌です。 特に最後の怪しい方」

「また攫われたくなければつべこべ言わず車に乗れ」

「…………」

この人一体、何しに来たんだろう。相変わらずの物言いに透子の口がへの字になる。
それでも何となく分かってきたけど、静さんって言ったらきかない性格だと思う。
先の予定も無くなったことだし。 ちょっと体も冷えていたところだったけれども。


再び豪奢な車内に乗り合わせ、しぶしぶといった表情の透子に静が尋ねてきた。

「さっきの会社。 キミの希望は事務方か?」

「そう…ですかね。 それぐらいしか職歴が無いので」

「語学は英語の他に何を?」

「ええと。  少しだけ勉強したことあるのは、中国語とフランス語ぐらい……仕事の片手間ですけど」

「これは読めるかね」

なにかの記事が載っているタブレットを渡されたのでそれを見てみる。 向こうの新聞のようだ。
白井の家ではあまりすることがない為、ニュースや動画はよく見ていた。

「あ、昨日の昼にフランスの大統領が会談したやつですよね。 西アフリカの支援問題で……電力供給で現地派遣、冬の国際会議に向けて企業参加を行う」

「それが読めるなら問題ない。  通関士資格があるなら経理もいけるか。  省庁の受付でも勤まりそうだが」

面接でも受けているみたいだと思った。
指に顎を乗せ、考え込みながら車窓の外に目を移す静の意図が分からない。

「なんですか?   で、なぜ私の履歴書把握してるんですか」

「気にするな」

「気にします。  個人情報保護する気ゼ」

文句を言いかけるとそれをサラッと無視して静が話し出す。

「だがまあ、受付なんかさせて助平爺の目にキミを晒すのは御免だな。  そしたら貿易事務はどうだ。 事務とはいえ外国人相手の接客や会計も入ってくるし、言語はあと最低二つ。  スキルアップになるだろう?」

確かにいま透子が持ってる資格や職歴からは、理想的な選択だろうと自分でも思うも。

「私、そんな仕事に就ける学歴なんてありません。 実務経験も足りませんし」

「学歴なんてものは単なる出自の証明に過ぎない。 前職の評判も申し分ないと聞いてる。  キミの人となりは俺が保証するから問題あるまい」

自分の前職の評判をなんで知ってるんだろう、とその辺りの質問をするのは諦めた。
けれど、お見合いの相手が就職を斡旋してくれるなんて聞いたことがない。

「……なんでそんなに私に良くしてくださるんですか?」

「ん、働きたいのだろう?  キミのような有能な人間を遊ばせておくのは国の損失だ。 だがはき違えるな。  あくまで働くのはキミだ」

「それは大袈裟だと思いますけど……」

顎の下に指を置いていた静が、何かを思い付いた様子で視線を上げた。

「フム……だがキミの家からは少々通勤しづらい。 都心に通うには駅からも不便だ。 何なら目黒のうちから通うといい」

「あ、ごめんなさい。  それなら無理です」

「……あの白井の家にずっと居るつもりなのか?」

今の生活を考えた透子が横に首を振る。

「いえ、次は誰かのお世話になるのは避けたいんです。  職が見付かって落ち着けば、また一人暮らしをします。  実は田舎に戻ることも考えましたが……新卒ならまだしも、余計に就職が厳しそうで」

「ではそれまでうちから通いなさい。 手伝いの者もいるし」

都内の別宅にも静が住んでいるという、青木の話が頭に浮かんだ。 『目黒のうち』とはきっとそこのことだろう、と推測する。
それは有り難い話だ。 けれども、男の人と……一緒に?

「なにか問題が?  目処がついたらいつでも出ればいい」

にこ、と静が優しげに口の端をあげた。 透子がドキリとして俯く。

「そしたら……へ、変なことは……しませんか?」

「変、とは?」

「あの、こないだみたいな。 セ……」

「せ?」

「……エっ…え」

俯いてまごまごしている透子を見、静が口に手をあて軽く噴いた。

「……プッ」

「わ、分かって訊いてるでしょう!?」

「フ…つい。  かわいくて」

「………」

これはからかわれてるんだろうか。 静とは基本的には紳士だ。 その辺りのことについては。
たぶん。

「大丈夫だ。 俺のその辺はキミも少しは分かってるだろう?」

とはいえ、奥手ということでは決してなく。

「た、確かに……でも」

むしろとてもとても手が早いと、そう思う。
逃げ出した自分のことなど早々に忘れられているだろう。 そう思っていた透子は、またこの人と縁が出来るなんて、と複雑な気分でいた。

「無理にはしない」

「………」

「無理には」

「二回言いましたが」

じろりと睨む透子に、静が楽しげな、だが色香の纏った笑みをこぼしてみせた。

「フ……」


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