瑠璃色灰かぶり姫の尽きない悩み

妓夫 件

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自立(と調教)への一歩は王子から

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殺風景な事務所の一角を区切ったパーテーション内で、透子は地味な紺色のスーツに身を固めていた。

「白井透子さん……ね。 高校を卒業後は事務職へ。 へえ、でも、凄いね。  どれも大学卒業レベルだよこれ。 地方公務員の上級と通関士に英検一級。 取ったのは高校の時に?」

「はい。 大学受験がなくて時間が余っていたので」

とりあえず受験料が安くて使えそうな資格を取得しただけだ。
数人の面接官らしき男性が履歴書や職歴に目を通し、時々顔を見合せたり驚いたように質問をしてくる。

「で、親戚の叔母の家に養子縁組をして、退職して上京か。  いや良いんだけどね。  白井さん、今からでも狙う気ないのかな?  大学」

「いえ、私は自立して働きたいんです」

「うーん、勿体ないね。  うちではきっと物足りなくなると思うよ」

「………」

これで三社目だ。





どれも快い反応が無かった。

透子は綺麗に碁盤に道が整った、ビジネス街のメイン通りをトボトボ歩いていた。

「……とはいえ」

逆にいい企業だと学歴や実務を必要とされる。
まさか良かれと思って取っておいた資格が足枷になるとは。

社会人二年足らずの経験なんてたかが知れてる。

地元で就職したのはブラックな会社ではあったけど、自分でお金を稼いで生活していた毎日はそれなりに充実していた。


「────おい」


今の生活。
寝食には困ってないとはいえ、義母は透子が外で働くことをみっともないと言って良しとなかった───かといって、日常の細々に対する生活費を援助してくれる訳でもなく、そんな義理もないだろう。  


「────聞こえないのか」


『八神さんはどうやら、きちんと働いて自立してる女性を好まれるみたいです』

『まあ、そうなの?  ええ、そうねえ、社交の場も多いでしょうし……今どきはそんな時代なのかしら?』

伝家の宝刀、八神様。 彼の名前を借りて義母に慣れない嘘をつき、やっと許しを得て就職活動を初めてはみたものの。

「私って市場価値がないんだなあ………」

歩道の脇にあるベンチに力なくぺたんと腰をおろしため息交じりに呟いた。


「────そこの女」


それでも少なくとも、今の時点でお見合い結婚なんて、不確かなものをあてにする気は無い。  そして親の遺産や貯金には際限があるし、いざという時のために残しておきたい。


「犯すぞ貴様、いい加減」


ここは有楽町のオフィス街。

さっきから、見覚えのあるやたらでかい車が公道に止まってると思ってたら。

「犯罪行為を重ねるのは止めてください」

業を煮やして降りて来たのかは分からないが、透子の目の前にいたのは約一週間振りの八神静だった。

さすがに夕方になると今の季節は冷えてくる。
彼は見るからに上等な生地の外套の裾を翻していた。 長身の人はロングコートが似合うなあ、などと透子は思った。

しかし静は憮然としている。 出会う時の彼はいつも機嫌が悪いようだ。

「……あの日に勝手に帰ったと思ったらなんなんだ?  この所というもの。  青木がいつ連絡しても白井の家に居ない。 キミの手にあるそれは、通話の機能を果たしてないのかね」

「最近やたら鬼電かかってきてたやつですか?  怖いからブロックしました」

「………」

静のこめかみの辺りがピクリと動き、透子は本能的に薄ら寒いものを感じたので、話題を変えようと試みた。

「ところでなんでこんな所に?  暇なんですか」

「……ああ、そうだった」

ふーっと息をついた静がそのまま話し始めた。 自分に向かってではないようだ。

「俺だ。  目標は見付けたからもういい。  また頼む事があるかもしれないから、くれぐれもと各社に伝えといてくれ」

「各社」

「うちが持ってる興信所だ。  警視庁はこのケースでは動かんからな」

どうやら自分は捜索されていた?
私は犯罪者かなんかなんですか、と言いたかった。

「で、キミは俺を放ってなにをしていた?」

「放って……?」

謂われのない言い草だ。 耳元のイヤホンを胸ポケットに仕舞う静に首を傾げる。
そんな透子にイライラした様子で静が声を荒らげた。

「そんなかわいらしい仕草では騙されんぞ。  優しくすればキミもそうしてくれると言っただろう。  俺はあの日、そんなに不誠実だったか?  射精も我慢したのに!」

「し、しゃ……?」

普段聞き慣れない単語に耳を疑う。
写生、いえ射精って言った?  この人?

「誠意を伝えたかったから、俺は自分の欲のためにはやらんと言った。 だがアレが男にとって、どんなに辛いものか解るか!?」

静が苛立たしそうに言い放ち、周囲の好奇の目線を感じた透子はアワアワと焦った。

「いや…あの……その辺の共感はちょっと…出来かねます、申し訳ございません。  というか、ここ外ですから」

お願いだから黙って、というか黙れ。 心の中でそう叫んだ。
一歩前に近付いてきた静が顎で自分の車を指す。

「フン……まあいい。  行くぞ」

「えっ?  どこ、というか…無理です。  私は用事があるので」

「用事だと?  それは俺よりも重要なのか」

「はい。 死活問題ですから。 面接があと一件」

あれ?  でもこの人。
もしかして、もしかしなくても私に……?

「わ、わざわざ会いに来てくれたんですか?」

透子の頬がぽっと染まりかけた、が。  その途端、静の瞳が蔑みの色に変わる。

「ハッ、何だと?  愚鈍な女に応える道理などない」

「………」

やっぱりこの人無理だ。 透子は自分の心がスーッと冷めていくのを感じた。


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