瑠璃色灰かぶり姫の尽きない悩み

妓夫 件

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誰より優しく奪う

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以前車を降りようとしたときと同じに、否応なしに油断させられる。

「……ぜ、前回の謝罪を受けてませんし、お互いのことをまだなにも知りません」

「キミは俺の立場での謝罪がどんな意味かを分かってないだろう」

「立場は関係なく、人として当然のことを言ってます」

静がソファから立ち上がり、近付いてくると同時に透子も腰をあげかけた。
それを制するように、自分が座っていた一人掛けのソファの背もたれの両脇に静が手をつく。

「それでは……その代わりに俺は誰よりも優しくキミを奪う。 透子───だからキミを教えて欲しい」

動きと視界を塞がれドクリと鼓動が跳ねる。
逃げたいのに体が動かない。 
俯いていた首を小さく横に振った。

「わ、たしは……貴方が分からな」

「キスをしてもいいか」

「嫌で」

透子の拒絶を静が拒む。
重なる唇を下から追いかけるがごとく掬い上げる動きに、透子の後頭部が背もたれにこつんと当たった。

目を見開いている透子の視界には、瞼が閉じられた顔のどアップが映っている。
スルスルと薄い皮膚を移動していく柔らかな感触に、体が固まった。  そして呼吸が出来ない。
息継ぎのタイミングが掴めない。

(そ、そうだ! 執事さんは……!!)

先程まで戸口に佇んでいた筈の老人に目を走らせるも、そこに彼の姿は無かった。

「ぶ、ぷは…!!」

口を離した静はどこか可笑しそうに……それでも穏やかに内心パニックに陥っている透子を見詰めてきた。

「……別に無理に目を閉じろとも言わないが、せめて俺を見てなさい」

続けざまにまるで大事なものを扱うように、頬や額にやんわりと口付けを落とされるものだから、余計に頭が混乱した。

「や、八神さんの目の色って」

「ん」と静が動きを止め、自分の目元に触れる。

「ああ……これはイギリス人の祖母の遺伝だな。  なぜか俺には強く出たらしい。 狼の瞳がこんな色だとか。 やっと俺に興味が湧いてくれたのか?」

無言でいた顔が熱くなった。

「そういう反応は嬉しい」

「……あっ」

耳から首すじの髪の生え際に、つつと静の唇が滑っていく。
静の口の隙間からこぼれる息は熱を帯びていて、それは嫌なものではなかった。  くすぐったいような、恥ずかしいような、それとも違うような。

「キミは瞳も髪も濡れたように青みがかった黒だな。  その癖にうなじや乳房も透き通るように白い。  あれから俺は何かの拍子に思い出していた……心ならずも」

「……っ…」

開かれた衣服の胸元に、すべらかな彼の指が入り込む。
いちいち感触を確かめるように進む指先は肌を軽く押し、たまに当たる爪先や関節の存在を鮮明に伝えてきた。

「……ここに置かれる深い瑠璃色の誕生石はきっとキミに合う。  美しいものを見たいから俺は贈りたいに過ぎない」

今この瞬間に自分を拘束しているものはなにもなかった。
男性の体重も押さえ付ける手も。

なのに息苦しい。

ゆったりと話す言葉。
肌を流れる指先。
そのあとに滑る口付け。
この場に縫い付けられたように身動きが取れなかった。

「や、八神……さ」

「静と呼んで欲しい」

じんわりと瞳に膜が張るのが分かる。

「わ、私…帰ります」

細く訴える声は静の耳に届いているはずだ。
それなのに彼の瞳は、透子の肌に吸い付いて微動だにしない。

「うちの庭に白薔薇が咲いてる。 蕾が開きかけると、こんな風に……花弁の端が薄らとピンク色がかかって…とても綺麗だ」

静がうっとりと詩でも詠むように話すので、恥ずかしくて隠すことを思いつかなかった。
それはあまりにも現実離れしているからかもしれない。 今、ここにいる場所も傍にいる静という人物も。

胸の下着さえもいつの間に外され、肩紐が肘に引っかかっていた。
静の吐息が胸をくすぐる。
視線と吐息から熱が広がり、それをせき止めるように乳房の周りをなぞる指先に背中がぞくっとした。

「言葉では表せない……それこそこんな風に、口付けたくなるぐらいに」

そう呟く静が胸の先に唇を触れさせた。

ピクン、と晒した胸をわずかに仰け反らせ小さく声をあげた。  ゆるいキスを繰り返され、行き場のない感情が身の内に溜まっていく。

「も…もう、やめ…」

「キミのここはそう言ってない。 それより我慢しないで声を出しなさい」

段々と自分の体の感覚が鋭敏になってくる。
そんな変化に戸惑い、震えそうになるのを堪えた。

「こ、声……?」

「透子が気持ちいいときに出る声。  さっきみたいに……こうやって」

歯らしき硬いものでカリ、と軽く胸を挟まれる。 「ひゃうっ」と驚きと甘えを含んだような悲鳴が喉を通った。
それから間を置かずに静が乳房の先を口内に含む。

「ふ……ぁあっ…や」

「こういうときのキミはたまらなくかわいいな」

今度は空に浮きそうに甘やかな感覚。
舌でねぶるように転がされてるのは、ほんの小さな頼りない自分の器官の一部。

それを他人にこんな風にされて───なんで私はこんなに?

「し…ずかさ……わ、私…変」

「変になりそうなのはこっちもだ」

視線を下げると、自分を見上げた静と目が合った。

男性にしては白い肌…その頬にはほんのりと赤みがさしていた。
眇めた目はなにかを堪えているような、それでいて、いつかみたいに気遣わしげな様子が見て取れる。

トクトクと鳴る鼓動がなぜだか静のものと呼応してるように感じた。
我知らず───透子が僅かに開かれた静の薄桃色の唇に指を伸ばす。 その指先は震えていた。

「静さんっ…て…綺麗」

心に描いた言葉をつい呟いた透子の手を取り、静がその指や爪先に唇を乗せる。

「今頃気付いたのか」

そう言った静が少年のように悪戯っぽく口の端を上げる。

「キミから俺に触れてくれるとは」

「────……」

……いつも態度がでかくて嫌なやつならこんな所すぐに逃げ出すのに。
こんなに心臓が苦しくならないのに。

周りが静かなので、自分の胸の音が聞こえやしないかと思うほどだった。

「明朝一緒に庭を見に行こう」

今度は初めて静がにっこりと微笑む。それはさながら周囲の光をより集めたような輝く笑み。 またもや面食らって慌てて頷く。

「お、お庭?  はい」

彼が立ち上がったときに、自らの衣服の乱れように気付き、それを直そうとする間もなく───背と膝の裏に腕を差し込んだ静が、透子の体を軽々と掬い上げた。

「フフ……言霊は取ったぞ」

「えっ?」



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