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誰より優しく奪う

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「失礼します」

コンコン、とノックの音がし先程の執事の人が部屋に入ってきた。  首尾よく八神家の執事がローテーブルにティーセットを配置する。

優雅な仕草で、銀のポットから黄金色の液体の束がカップに注がれていく。
映画の一幕かと思われるさまを眺めていると静が続けて話しかけてきた。

「キミは高校時代、学力やスポーツに秀でていた。 容姿も……決して悪くない。 家の事情はあるにしても、都心に出て、有名大学からそれなりの企業に入る道もあっただろう」

家の事情。 また自分のことを調べたのだろうか。 ご苦労なことだ、と透子がやる気なく口を開く。

「私にはそれほどの余裕はありませんでしたから」

「余裕?」

「おぼっちゃまには分からない世界でしょうけど。  今どき都会の大学生が年間いくらかかるか知ってるんですか?   賃貸でも都内を外したとして、築何十年の物件を駅から自転車で通うとしても最低月五万。  プラス、物価も田舎より格段に高いですし。  学費は国公立に特待生を狙うにしても、今は奨学金制度が先行して、一人当たりの貸付なんて借金並」

色々調べては進学の道が絶望的になった当時を思い出し、透子が思い詰めた目付きで、つらつらとリアルな現実を話し出す。
それに気圧された静が両手を顔の前で広げた。

「い、いや…わ…わかった。  それなら、白井の家から援助を受けなかったのか?」

「援助って……当時はただ私は叔母と姪いう間柄に過ぎませんでしたし」

「……それさえも無かったのなら、逆になぜキミは突然親族の養女に入らされて……知らない男と見合いなどと?  こんなのは騙し討ちもいいとこだ。  それともやはり裕福な暮らしに憧れが?」

「……そんなもの、貴方には関係ないでしょう」

ぷい、と静から顔を背けて短く言い放つ。

「関係ない?」ソファに肘を置いていた静が眉をあげる。

「俺は無関係の人間に時間を使わない。 少なくとも今の時点では、キミは俺の見合い相手だろう」

お見合いなんて形式上だ。
そもそもこの人は最初から居なかった割には距離感がおかしい。
彼の言うとおりに義母が騙し討ちをしたとして、
嘘の見合い→誘拐→暴行未遂→また嘘の誘拐←イマココ

後者の方が悪質に決まってる。

それで今は自分の身の上を尋問されてるときた。 
透子がここに来て何度目かの呆れたため息をつく。

「貴方って、友達がいないですよね」

つい、こんな嫌味も言いたくなる。

「友人?  そんなものが必要があるのかね。 在学時代ならまだしも大人の世界で 」

「お見合いの時にいた男性はそうじゃないんですか?」

「は……あれが?   うちの会社から相応しい人間を選んだだけだ。 いかにも先方から断られそうな」

「最低ですね」

人を人とも思えない発言。  お見合いの時の彼に対し、微かな親近感を抱いていた透子は余計にカチンときた。

「強制はしていないし、それなりの報酬も払ってる。  彼の事情も組んでのことだ」

そんな透子の非難になんのダメージも受けてない様子で、ティーカップを口に運んだ静はしばらく黙っていた。

「透子」

と、急に名前を呼び捨てにされたのでドキリとした。

「俺は大学を卒業して……二年前にこの世界に入った。 女性と遊ぶ時間もないし、もうそんな気もない。  利害の一致とは、考えようによっては一番の信用だ。 この家が目的の女が相応しいような気がしたが、それもなんというか……俺は決めかねていた」

しんとした室内にカチャリとカップを置く音が響く。

「だが俺とキミとはどこか似ている」

そんな静の発言に目が点になりそうになった。

「え……それ、真面目に言ってます?  全く似てませんよ。 私はこんなお屋敷に住んだことないし、八神さんみたいに態度がでかくもありませんから」

「態度?  それはキミの方も大概ではないのかね」

「相手がそうだとこちらもそうなるでしょう。  普通は」

「ほお…なるほど……すると、キミは俺が優しくすれば応えてくれるのか」

「そ、それは…まあ」

珍しく殊勝そうな静の発言に不審に思うも、彼が身を乗り出し、テーブル越しに……透子の膝の上にある手にそっと触れた。

「透子は……俺では不満なのか」

隙も許さずに目を合わせて見詰めてくるこの人のこれは、ずるいと思う。
澄んだ不思議な色の瞳はどこか頼りなげというか、まるで懇願しているようで。



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