瑠璃色灰かぶり姫の尽きない悩み

妓夫 件

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誰より優しく奪う

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それから数日後のことだった。

『のちのち使いを寄越す』というあの人の言葉どおり、八神家の人が白井家を訪ねてきた。

どうやら前日に義母が連絡を受けていたらしいとみた。

『透子さん。  午後から出掛けるから支度をしてちょうだい。 沙紀の服とサイズが合って良かったわ』
透子は昼食後に、なにやら高そうなワンピースを手渡された意味を理解した。


前回と同じく、立派な車が家の前に止まっている。 今回迎えに来てくれたのは小柄でパリッとした黒のスーツ姿の、品のいいお爺さんという印象の人物だった。

「先日は失礼いたしました。  直にお目にかかるのは初めてですね。 わたくしは本家の執事の者です。 本日は透子様をお屋敷にご案内をと」

と言われても。  行きたくないのが透子の正直な気持ちだった。
ひょっとするとまたがいたりするんだろうか。

「……先日の無礼について静様が謝罪をしたいと」

「そう……なんですか?」

「はい」

腰を折ったままの八神家の執事が無言の透子に付け加えてくる。 以前に車内に同乗していたのはこの人らしい。
ということは。
八神さんがあの人の言動を聞いて気を使ってくれたんだろうか。 透子が考え込む。
彼は内気そうだったけれど、悪い人にはとても見えなかった。
あんなに地位のある人がこんな風に自分に気を配っ……

「考えごとでしたらお車の中でどうぞ」

「え、あっ。 いやあの」

言い訳も許さずグイグイと車の中に押し込んでくる執事とやらだ。

「透子さん行ってらっしゃーい」

義母ににこやかに見送られ、透子は再び無理やり気味に連れ去られたのだった。





そこから約三十分後。 おそらく都心郊外にあると思われる建物の前に降り立った。

これは洋館?  いやちょっとした宮殿だろうか? 
外観はイギリスかフランスにある建築物に似ている。
両開きの大きなドア口に立っている透子の背後にはご丁寧に噴水まである始末だった。

……どこかの大使館より立派なこれが個人の家だという。

「透子様。 ささ、お早く。 二階で静様がお待ちです」

ポカンと口を開けてる透子の背中を押してくるこの人もまた、どこかの誰かと同じくせっかちらしい。

玄関の両脇を螺旋状に飾る階段や、足が沈んで取られそうな絨毯に何を思う暇もない。 訳が分からないまま客間らしき部屋に通された。


「静様。  透子様がお着きになりました」

「────え……」

扉を開けた向こう。
午後の眩い陽の光を背に、豪奢な長椅子の上で不機嫌そうにふんぞり返っていたのは、車の中にいた男性だった。

「遅い」

相変わらずの態度とそれからオーラが眩し……だからそれは置いといて。

「あ、あの。  八神さんは?」

キョロキョロ辺りを見していると、男性が呆れたように声をかけてくる。

「キミは鈍いのか?  八神静は俺だ」

「………」

「嬉しいだろう?」

そしてなぜだかにやりと口許を緩ませる。

「あ。 は、はい。 それは、とても」

「ふ……そうだろう。  たまに逆に、見合い相手にこちらの素性を調べられることもある。  そんな時の女はこぞって───」

「ええと、すみません」

これも相変わらず理解不能の話を遮ろうと透子が片手をあげた。

「するとこの場合、本人と偽ってお見合いしたのは八神さん側ですよね」

「ン?  まあ、そうかな」

「では義理を欠いた非はそちらにあると思いますので、うちに謝罪して破談にして下さい。 そしたらマナー云々も問題ありませんし」

「……いや」

「ホッとしました」

「いや待て女」

慌てたように立ち上がる男性───静と極力関わらないよう、そそくさとドア口に向かう。

「では私はこれで」

破談になったら養子縁組を解かれるのかもしれない……それでもまた故郷に戻れば済む話。

うーん。 でも、そしたら────……

「待て待て待て待て、貴様!」

内側に開けかけたドアをバンと押され、背後に静の気配を感じた。
考えごとを中断され、心から嫌そうな表情を作った透子が静を見上げる。
居丈高な彼の様子からはやはり『謝罪』なんてものは期待出来そうにない。 透子は負けじと冷たい目線を静に向かって投げた。

「……私は女でも貴様でもありませんが?」

すると執事さんとやらの発言は、体よく自分を呼び出すための方便だったらしいと察した。

「鈍いかと思うと妙な所で頭が回る……」

心無しか引きつった顔をしていた静がほうと息をつき、今度は落ち着いた声を透子に落とす。

「白井透子。 そう急ぐな。 こちらはキミに訊きたいことがある」

「なんなんですか」

「まあ、茶ぐらい飲んでいっても構わんだろう。  そこに掛けたまえよ」

指されたソファの端にそろそろとお尻を乗せ、向かい側の長椅子に座る静の様子を油断なく観察した。

長い長い手足、の割に小顔。  それさえも最早腹立たしい。 つんとして他人を小馬鹿にする態度はこの人の癖なんだろうか。
それからまたどうでもいいけど、この若さで三つ揃いのスーツなんて着てる人を始めて見た。

「少しばかりキミのことを調べた。 来月は誕生日だそうだな。 たしかにその地味な紺色のワンピースに青紫の輝石のネックレスなどは似合うと思うが」

「?  そうなんですか」

誕生日とワンピースと青紫?  静の話してる意味が図りかねた。

「欲しいのなら買ってやらないこともない」

「なんの理由で?  結構です」

また口許を引きつらせた静は微妙な顔をしていた。

「……かわいくない」



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