8 / 10
102年後
鳥模様の櫛
しおりを挟む
◆
戴冠式を終え、国民は新しい王の誕生に大いに湧いた。
王となったアレックと並んで城の上から手を振り、オーロラもほぼ新たな妃として、皆に知らしめられた。
続けざまの祝い事や新しい公務でアレックの日々は多忙であった。
アレックはオーロラが歩き回るのを嫌った。
『特に弟には会わないようにね』
朝食の席で、改めてアレックに言われたオーロラは不思議そうに首を傾げた。
『弟王子様に? なぜ?』
アレックは口許だけで笑顔を作りながらも、理由を言わなかった。
……オーロラは再び口をつぐんだ。
『良い子だね。 夜はちゃんと寝室に戻るから、待っておいで』
テーブルを立ち、オーロラの額にキスを落としたアレックが公務へと出掛けていく。
そんな今朝のやり取りを頭に浮かべながら、朝食の帰りに、オーロラは移動のために廊下を歩いていた。
(弟王子様、というと。 なんとなく怖そうな、背の高い……あ、でも多分、王子…いえ、今は国王と同じぐらいね)
クロードとは最初に家族を引き合わせる時に目にして、軽く挨拶を交わしただけだ。
戴冠式の際も、クロードは形だけ出席したかのように控え目な様子だった。
無口な弟王子をオーロラが俯いて思い出していると、曲がり角からやってきた人物に勢いよくぶつかった。
「きゃあっ…!!」
「……ぶねえな。 前みろ前」
後ろにコケて尻もちをついたオーロラに、クロードは無遠慮に口を開いた。
この人が、うん。 弟王子様。 やっぱり怖いわ。 オーロラは心の中で頷いた。
ついでに頭ごなしに注意され、かちんときたオーロラは内心思った。
(髪なんか、鴉の濡れ羽みたいに不吉だし)
率直にクロードに言ってみる。
「ごめんなさい。 でも、城内でそんなに早く歩く貴方も悪いと思う」
「へえ? そりゃ、悪かったな」
クロードの視線はオーロラの背後に向かっていた。
オーロラは少しの間、当然のマナーとして、クロードが手を差し出してくれるのを待っていた。
ところが、クロードは廊下に座り込んでいるオーロラをそのまま通り過ぎた。
「あの、ちょっと……」
クロードを振り返ると、彼はぶつかった際に、オーロラが落とした櫛を拾ってくれている所だった。
それで、オーロラの顔がぱあっと明るく輝いた。
実はクロードは親切な人で、兄のことを良く言われるのは彼にとって嬉しいだろう。 単純にオーロラは思い、弾んだ声を出した。
「あ、ありがとう! その櫛は、とても大切なものなの。 お兄さんが私に」
それを手にしてじっと眺めていたクロードがぽつりと言う。
「欠けてる」
「えっ!??」
オーロラが驚いて立ち上がり、クロードの手元を覗き込もうとした途端。
「落ちた拍子にかな。 ふん、鳥? あんたにゃこんな安物、似合わねえ」
馬鹿にしたような口ぶりで言ったクロードが二本の指で櫛を挟んだ。
パキッ……
「っ!??」
オーロラは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
カラン、カラン、と軽い音を立て、廊下に落ちた櫛は、縦に真っ二つに割れている。
「……もっと良いモン買ってもらえ」
オーロラの顔を見ようともせずクロードは背中を向けた。
(大切だって、確かに言ったのに)
「ど、どうして……?」
オーロラは唖然として櫛とクロードを交互に見詰めた。
壊されてしまった大切な、王子様からの初めてのプレゼント。
オーロラが城に来てから今まで、こんな風に接してきた人間はいなかった。
そもそも自分がクロードに何をしたというんだろう。
理不尽だと思う感情が湧いてきて、オーロラは物も言わず立ち去ろうとするクロードの後ろ姿に大声をぶつけた。
「わ、私! 貴方なんて、大嫌い!!」
「こっちこそ……生意気な女は趣味じゃない」
クロードは振り向くことなく大股でその場を去っていった。
取り残されたオーロラは、怒りと悲しみで震えながら立ち竦んでいた。
◆
日が暮れて夜更けも大分過ぎた頃。
公務を終えたアレックはやっとオーロラの寝室を訪ねることができた。
「うっ…う…うえっ…」
寝室の、声がした一角に入ると、衝立の影にあるソファーに突っ伏したオーロラは、珍しく泣いていた。
(こんなオーロラは初めてだ)
妻を慰めるのも善き夫の務めだな。 アレックは珍しく謙虚な気持ちになり、傍に座ってオーロラの頭を撫でながら聞いたのだった。
「どうしたの? 何があったのかな」
ところがどれだけ経っても、オーロラはその理由を話そうとせず泣くばかりだ。
16歳からほぼ眠っていたオーロラは、歳の割に幼く、対して、十近く歳上のアレックはオーロラにうんざりしてきた。
「オーロラ、俺は公務で疲れてるんだよ。 これから国を支える母堂がそんなことじゃいけないね」
少しきつい口調で諭したところ、オーロラがしゃくりあげながら口を開いた。
「だって私。 く、櫛を……う、壊し…て」
「櫛?」
アレックが訝しげに聞き返した。
顔を上げたオーロラが、慌てて体を起こし言葉を重ねる。
「あっ。 もちろん、わ、わざと…じゃ」
「ああ、あの蝶々のやつね。 それなら明日行商を呼ぼうか。 新しい物を買えばいい」
アレックは何だそんなこと、とでも言いたげに軽く微笑みを返した。
「……」
目に涙を溜めたまま、オーロラがじいっとアレックを見詰める。
「どうしたの、そんなことで俺が怒るとでも?」
「…い、っえ……でも」
どこか戸惑った様子のオーロラが視線を下に向ける。
「おいで」
腕を伸ばしたアレックがオーロラの肩を抱き寄せて身体を包んだ。
戴冠式を終え、国民は新しい王の誕生に大いに湧いた。
王となったアレックと並んで城の上から手を振り、オーロラもほぼ新たな妃として、皆に知らしめられた。
続けざまの祝い事や新しい公務でアレックの日々は多忙であった。
アレックはオーロラが歩き回るのを嫌った。
『特に弟には会わないようにね』
朝食の席で、改めてアレックに言われたオーロラは不思議そうに首を傾げた。
『弟王子様に? なぜ?』
アレックは口許だけで笑顔を作りながらも、理由を言わなかった。
……オーロラは再び口をつぐんだ。
『良い子だね。 夜はちゃんと寝室に戻るから、待っておいで』
テーブルを立ち、オーロラの額にキスを落としたアレックが公務へと出掛けていく。
そんな今朝のやり取りを頭に浮かべながら、朝食の帰りに、オーロラは移動のために廊下を歩いていた。
(弟王子様、というと。 なんとなく怖そうな、背の高い……あ、でも多分、王子…いえ、今は国王と同じぐらいね)
クロードとは最初に家族を引き合わせる時に目にして、軽く挨拶を交わしただけだ。
戴冠式の際も、クロードは形だけ出席したかのように控え目な様子だった。
無口な弟王子をオーロラが俯いて思い出していると、曲がり角からやってきた人物に勢いよくぶつかった。
「きゃあっ…!!」
「……ぶねえな。 前みろ前」
後ろにコケて尻もちをついたオーロラに、クロードは無遠慮に口を開いた。
この人が、うん。 弟王子様。 やっぱり怖いわ。 オーロラは心の中で頷いた。
ついでに頭ごなしに注意され、かちんときたオーロラは内心思った。
(髪なんか、鴉の濡れ羽みたいに不吉だし)
率直にクロードに言ってみる。
「ごめんなさい。 でも、城内でそんなに早く歩く貴方も悪いと思う」
「へえ? そりゃ、悪かったな」
クロードの視線はオーロラの背後に向かっていた。
オーロラは少しの間、当然のマナーとして、クロードが手を差し出してくれるのを待っていた。
ところが、クロードは廊下に座り込んでいるオーロラをそのまま通り過ぎた。
「あの、ちょっと……」
クロードを振り返ると、彼はぶつかった際に、オーロラが落とした櫛を拾ってくれている所だった。
それで、オーロラの顔がぱあっと明るく輝いた。
実はクロードは親切な人で、兄のことを良く言われるのは彼にとって嬉しいだろう。 単純にオーロラは思い、弾んだ声を出した。
「あ、ありがとう! その櫛は、とても大切なものなの。 お兄さんが私に」
それを手にしてじっと眺めていたクロードがぽつりと言う。
「欠けてる」
「えっ!??」
オーロラが驚いて立ち上がり、クロードの手元を覗き込もうとした途端。
「落ちた拍子にかな。 ふん、鳥? あんたにゃこんな安物、似合わねえ」
馬鹿にしたような口ぶりで言ったクロードが二本の指で櫛を挟んだ。
パキッ……
「っ!??」
オーロラは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
カラン、カラン、と軽い音を立て、廊下に落ちた櫛は、縦に真っ二つに割れている。
「……もっと良いモン買ってもらえ」
オーロラの顔を見ようともせずクロードは背中を向けた。
(大切だって、確かに言ったのに)
「ど、どうして……?」
オーロラは唖然として櫛とクロードを交互に見詰めた。
壊されてしまった大切な、王子様からの初めてのプレゼント。
オーロラが城に来てから今まで、こんな風に接してきた人間はいなかった。
そもそも自分がクロードに何をしたというんだろう。
理不尽だと思う感情が湧いてきて、オーロラは物も言わず立ち去ろうとするクロードの後ろ姿に大声をぶつけた。
「わ、私! 貴方なんて、大嫌い!!」
「こっちこそ……生意気な女は趣味じゃない」
クロードは振り向くことなく大股でその場を去っていった。
取り残されたオーロラは、怒りと悲しみで震えながら立ち竦んでいた。
◆
日が暮れて夜更けも大分過ぎた頃。
公務を終えたアレックはやっとオーロラの寝室を訪ねることができた。
「うっ…う…うえっ…」
寝室の、声がした一角に入ると、衝立の影にあるソファーに突っ伏したオーロラは、珍しく泣いていた。
(こんなオーロラは初めてだ)
妻を慰めるのも善き夫の務めだな。 アレックは珍しく謙虚な気持ちになり、傍に座ってオーロラの頭を撫でながら聞いたのだった。
「どうしたの? 何があったのかな」
ところがどれだけ経っても、オーロラはその理由を話そうとせず泣くばかりだ。
16歳からほぼ眠っていたオーロラは、歳の割に幼く、対して、十近く歳上のアレックはオーロラにうんざりしてきた。
「オーロラ、俺は公務で疲れてるんだよ。 これから国を支える母堂がそんなことじゃいけないね」
少しきつい口調で諭したところ、オーロラがしゃくりあげながら口を開いた。
「だって私。 く、櫛を……う、壊し…て」
「櫛?」
アレックが訝しげに聞き返した。
顔を上げたオーロラが、慌てて体を起こし言葉を重ねる。
「あっ。 もちろん、わ、わざと…じゃ」
「ああ、あの蝶々のやつね。 それなら明日行商を呼ぼうか。 新しい物を買えばいい」
アレックは何だそんなこと、とでも言いたげに軽く微笑みを返した。
「……」
目に涙を溜めたまま、オーロラがじいっとアレックを見詰める。
「どうしたの、そんなことで俺が怒るとでも?」
「…い、っえ……でも」
どこか戸惑った様子のオーロラが視線を下に向ける。
「おいで」
腕を伸ばしたアレックがオーロラの肩を抱き寄せて身体を包んだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
獣人さんのいる世界で大っきいカレに抱き潰されるお話
妓夫 件
ファンタジー
とある教育機関の試験に合格した主人公(Lサイズ)は、
断絶された獣人たちが棲まう世界の門戸を叩く。
ところが彼女が目を覚ました所は
エリート獣人さん(3Lサイズ)の腕の中─────?
こんなの騙し討ちだ!!
いやでもモフモフ好きだし!?
って困惑しまくりながら気持ちよくなっちゃうお話。
半分以上ただのエロ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
俺の彼女が黒人デカチンポ専用肉便器に堕ちるまで (R18禁 NTR胸糞注意)
リュウガ
恋愛
俺、見立優斗には同い年の彼女高木千咲という彼女がいる。
彼女とは同じ塾で知り合い、彼女のあまりの美しさに俺が一目惚れして付き合ったのだ。
しかし、中学三年生の夏、俺の通っている塾にマイケルという外国人が入塾してきた。
俺達は受験勉強が重なってなかなか一緒にいることが出来なくなっていき、彼女は‥‥‥
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる