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102年後

オーロラ姫にかけられた魔法

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治療のために、片羽根を小枝で固定され、体に布を巻かれた鳥は、部屋の窓際に作られた小さなベッドに佇んでいた。

クロードは自室のソファーに寝転がり、天井を眺めていた。

瀕死の鳥を城に連れて帰り、塗り薬が思いのほか効いたのか。 程なくして鳥は話せるようになったようだった。

「……とにかく、鶏が先か卵が先か。 あの紋様がまんま原因だったと」

クロードは鳥の話に耳を傾けていた。
鳥はポクルと名乗った。
ポクルが今話しているのは、城にかけられた呪いのことである。

「紋様は姫様にとって『異なる相手』が傍にいると、強く拒絶をしますから。 そもそも、本来の相手にとっては、あれは呪いではなく護り……解呪の魔法です。 最初から、姫様の貞操に触れたのがもしも弟王子様ならば、あんなに激しく反応はしなかったかもしれません」

「……それはどうだか」

クロードは声に出さず自嘲気味に笑った。
今のアレックとオーロラを見る限り、とてもそうは思えなかったからだ。

「事実、弟王子様の献身のおかげで姫様の紋様は無くなりました」

「お前たちが俺にそれを教えなかったのはなぜだ?」

「もしも口外すると、悪い魔女が元かけた呪いの効力のみが残り、お城は永遠に閉じ込められたままになっていたでしょう……」

クロードはしょんぼりしているポクルを責める気にはならなかった。

アレックが手を回して、他の男からオーロラを遠ざけていたのは知っていた。
そうやってアレックもオーロラ姫を守っていた。

(俺は結局、兄貴を止めることをしなかったのだから。  好きな女が良いように扱われていたのを、見て見ぬふりをしていただけの間抜けだ)

ここぞという時に、自分はいつも押しが弱い。
好感を持った女性をアレックに取られたのも、初めてではなかった。
実際こうなっても、どういうわけかアレックに対する怒りは無い。

(我ながら……情けない)

クロードはポクルに声をかけた。

「そうか。 なら、気にすんな。 あそこの城の……姫さんの両親も生き返った。 思ったより姫さんは幸せそうだしな。 あれならアレックと一緒になっても心配無いかもしれない」

「王子様……」

かくしていばらの城は生まれ変わり、近隣の人々から、バラ城と呼ばれて受け入れられた。
オーロラの両親は控えめな人物だった。
今さら金銭にものをいわせて、周りを支配下におこうなどとは考えなかった。
今後はこの国の属国となり、広い土地の領主として、穏やかに暮らすらしい。

「色々上手く進んで、近々兄王の戴冠式、次いでオーロラ姫との結婚式だ。 元々俺は王になる器じゃなかった。 終わり良ければってやつだ」

思えば、途中からゲームなんてどうでもよくなっていたことにクロードは思い当たった。



ポクルは何ともなさげに取り繕うクロードに、どんな言葉をかけて良いか分からなかった。

「……王子様は、これからどうされるのですか」

ん、と視線を空に彷徨わせ、クロードが床に足をつけて立ち上がる。

「さあなあ。 身軽になったし、どっか旅にでも出てみるか。 心配要らねえよ。 お前はもう少し元気になったら、元の場所に返しに行く」

ポクルは部屋を出ていくクロードの背中を見送った。

休んでいたポクルは時折、ここの城の人間の噂話を耳にしていた。

『穏やかな弟王子とは違い、兄王子は恐ろしいお方だ』
『逆らうと何をされるか……嘘でも兄王子側につかないと』

ポクルを脅かし、躊躇ためらいもせず殺そうとした兄王子。
アレックは二年近くもの間、われらの姫を欲望の対象としてのみ扱い続けた。

(姫様。 私たちがあの時、うっかり口を滑らせたせいでこんなことに……)

ポクルはすぐにでもオーロラに会って誤解を解きたかった。
だが怪我のせいでそれも叶わない。
ポクルは項垂うなだれた。



クロードはその足で父王に会いに行った。

「近々王子の身分を捨てて城を出ます」

突然そう言ってきた末息子に、父王は顎に二本の指を乗せて考え込んだ。
城内の面々はいつもアレックの方を敬っているようだ。
それに、この兄弟は昔から取り立てて仲が良いわけではない。

(兄が国王となるならこの子はきっと居辛いのだろう)

たとえ閉じ込めてもクロードは言うことを聞く性格ではない。 そのせいで、いざこざが起こるよりはましかもしれない。

アレックが畏れられているのも父王は気付いていた。
他方でクロードは見た目と違い、下の者に気安過ぎて王としての威厳に欠ける。
いっそ、二人が足して二で割れれば良かったのに。
父王は憂いたが、結局、「仕方がない」とため息をついた。



クロードは城に住み始めたオーロラ姫と一度も目を合わせることをしなかった。

どちらが呪いを解いたか、またはどちらがどれだけ愛しているかはさして問題でない。 
オーロラ自身がアレックを選んだのだから。
クロードはあの日以来、歩いている時に先に出す足さえ忘れることがあった。
もうあの棺に行ってもオーロラはいない。 それを考えると堪らなくなった。
これから妃となり母になる。
自らの気持ちに気付いた以上、クロードはそんな風に変わっていくオーロラを見ていられる勇気も自信も無かった。





祝いごとで浮き立った城内では毎夜、宴会が続いていた。

「はっはっは。 目出度い目出度い!!」

「よもや突然現れた、あのように豊かな城の姫と縁が出来ようとは。 王子、よくやった!」

父王や大臣は口々に、アレックと美しく控えめなオーロラ姫を称えた。

「いいえ、まだこれからです。 しかしこれを機に、私は益々自国を盛り立ててみせましょう」

柔らかに微笑むアレックが視線をオーロラへと向ける。
オーロラも笑みを返して頷いてみせた。

オーロラが城へ招かれてから幾日が経ち、ここでの生活も少しは慣れてきた。
まだ普通の人よりもよく眠るぐらいだった。

祝宴の最中に、オーロラは思い出していた。

あの魔法が解けた時の事を。

ちょうど棺で目覚めていたオーロラは、麗しい見目のアレックを一目見て、この人だと思ったのだ。
なぜなら意識はなくとも朧げに覚えていた。

乱暴に自分を扱う男性が絶えない中で、いつも優しく触れ、髪を梳いてくれた王子様。
記憶の中の、彼の手の大きさや背格好は、アレックと酷似していた。

あの後すぐに父母とも再会を果たし、王子と連れ立って事情を話した。
もちろん両親は大喜びでオーロラを送り出してくれた。


そんな物思いにふけっていると、アレックがテーブルの上でオーロラに手を重ねてくる。
彼のもの柔らかな眼差し。
触れられたオーロラの胸はときめいた。

「オーロラ姫。 連日疲れるだろう? ここはもういいから先に湯浴みを」

思いやりに満ちた姿の良い王子様────けれどなぜだろう?

「いえ、私も早くここに慣れたいですから」

「ん? きみみたいな婚前の女性が、こんな騒がしい場に長居するのは良くないよ」

そうなのかしら。 と思うも、握られた手に力が込められ言葉を飲み込んでしまう。

「……はい」

アレックはこういう時、表情と言葉にそぐわない圧力のようなものを発する。

────それに対して、自分が萎縮してまうのはなぜ?

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