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夜のスーパー
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洗濯が終わった。昨晩予約しておいた炊飯器のご飯を茶わんによそっている元母の横をすり抜け、洗濯機の中身をカゴに出した。二人分だから量は少ない。
干すために二階に上がりベランダの窓を開けた。蝉の声がなだれ込んで来る。蝉はあんなにバカみたいに鳴いて、なんで自分が生きているかなんて考えもしないんだろう。じゃあ小さい脳みそで、一体何を考えているのだろう。ただ本能にしたがって木の汁を吸って子孫を残すことしか頭にないのだろうか。だとしたら蝉がうらやましい。シンプル・イズ・ベスト。
階下に下りると元母は食卓についており、与える予定になかった卵焼きまでつついている。夏休みで給食がないから節約しようと卵焼きは私一人分しか作らなかったけれど、貴重なその半分を食べられてしまった。でもこれは言わなかった私が悪い。
「これ甘すぎない?」
元母はこちらを向いて苦情を言った。
「まずいなら捨てれば?」
「まずいとは言ってないじゃん」
一応気をつかってくれているのだろうか。
「私は甘いのが好きだから甘くしただけ」
「やっぱり日本人は味噌よねぇ。落ち着くわぁ。私今からツタヤに漫画借りに行くけど、アオイも一緒に行く?」
元母は話をそらした。
「行かない」
「そう」
元母はどっちでも良さそうに汁をすすって台所に空の食器を運んだ。二階へ上がる足音が聞こえる。使った食器を洗うかどうかはランダムで、今日は洗わない日らしい。洗い物をしているといつの間にか彼女はいなくなっていた。
午前中は夏休みの宿題の残りの習字をやった。与えられた課題は「自由」。私はある意味自由なのだろう。好きな時間に起きて好きなものを食べて、テレビも好きなだけ観られる。この自由を腹の底から笑えるようになれば、私は怖いもの無しになれる気がする。自由の文字は思ったよりバランスが難しく、十回くらい書き直したけれど上手く書けなかった。もっと練習してもどうせ賞はもらえないだろうし、十一枚目の半紙を提出することにして習字道具を片付けた。
豚汁と卵焼きを食べ、午後はだらだらと心霊特番を観ていたらそのまま寝てしまっていた。目覚めると夕方だった。洗濯物を取り込んでから食材を買いにスーパーに行くことにした。値引き商品を狙うのだ。まだ日が沈んでいないから外は明るく、どこからか煮物の匂いが漂ってきた。そう言えば元母はどうしたのだろう。ツタヤには行かずに気まぐれで遠出でもしたのだろうか。また外出先から直接仕事に行くのかもしれない。どっちにしても私には関係ないことだ。
スーパーに着いた時、値引きシールはまだ貼られていなかった。時間をつぶすために仕方なく売り場をうろうろした。そしてなんとなく通った駄菓子コーナーで「こっち側」の人間を見つけた。私は「こっち側」の人間がその表情で分かるようになっていた。
その人は帽子を深くかぶって地味な服を着て、抱っこ紐で胸に赤ん坊を抱いていた。赤ん坊は動かないから寝ているのだろう。赤ん坊を抱く女の人というのは幸せそうな顔をするものだと思っていたけれど、必ずしもそうではないらしい。彼女は買い物カゴを持っておらず、駄菓子を一個つかんでそれを体の方に向けるような持ち方をして、駄菓子の棚を離れたから私もついて行った。そしてしばらくして、やっぱりポケットに素早くそれを入れた。
私はうれしくなったので彼女の前に回り込んだ。私もなんですよ、仲間ですね。そう思いながら笑いかけると、その女はギョッとした顔になって回れ右して立ち去った。「こっち側」の人間は家族内にいると面倒だけどたまに会うくらいの関係はちょうど良くて、見かけるとついテンションが上がってしまうのだ。
結局値引きシールはなかなか貼られず、食パンと鶏のササミと小松菜とスナック菓子をいくつか買ってスーパーを出た。次の日の朝になっても元母は帰っていなかった。
干すために二階に上がりベランダの窓を開けた。蝉の声がなだれ込んで来る。蝉はあんなにバカみたいに鳴いて、なんで自分が生きているかなんて考えもしないんだろう。じゃあ小さい脳みそで、一体何を考えているのだろう。ただ本能にしたがって木の汁を吸って子孫を残すことしか頭にないのだろうか。だとしたら蝉がうらやましい。シンプル・イズ・ベスト。
階下に下りると元母は食卓についており、与える予定になかった卵焼きまでつついている。夏休みで給食がないから節約しようと卵焼きは私一人分しか作らなかったけれど、貴重なその半分を食べられてしまった。でもこれは言わなかった私が悪い。
「これ甘すぎない?」
元母はこちらを向いて苦情を言った。
「まずいなら捨てれば?」
「まずいとは言ってないじゃん」
一応気をつかってくれているのだろうか。
「私は甘いのが好きだから甘くしただけ」
「やっぱり日本人は味噌よねぇ。落ち着くわぁ。私今からツタヤに漫画借りに行くけど、アオイも一緒に行く?」
元母は話をそらした。
「行かない」
「そう」
元母はどっちでも良さそうに汁をすすって台所に空の食器を運んだ。二階へ上がる足音が聞こえる。使った食器を洗うかどうかはランダムで、今日は洗わない日らしい。洗い物をしているといつの間にか彼女はいなくなっていた。
午前中は夏休みの宿題の残りの習字をやった。与えられた課題は「自由」。私はある意味自由なのだろう。好きな時間に起きて好きなものを食べて、テレビも好きなだけ観られる。この自由を腹の底から笑えるようになれば、私は怖いもの無しになれる気がする。自由の文字は思ったよりバランスが難しく、十回くらい書き直したけれど上手く書けなかった。もっと練習してもどうせ賞はもらえないだろうし、十一枚目の半紙を提出することにして習字道具を片付けた。
豚汁と卵焼きを食べ、午後はだらだらと心霊特番を観ていたらそのまま寝てしまっていた。目覚めると夕方だった。洗濯物を取り込んでから食材を買いにスーパーに行くことにした。値引き商品を狙うのだ。まだ日が沈んでいないから外は明るく、どこからか煮物の匂いが漂ってきた。そう言えば元母はどうしたのだろう。ツタヤには行かずに気まぐれで遠出でもしたのだろうか。また外出先から直接仕事に行くのかもしれない。どっちにしても私には関係ないことだ。
スーパーに着いた時、値引きシールはまだ貼られていなかった。時間をつぶすために仕方なく売り場をうろうろした。そしてなんとなく通った駄菓子コーナーで「こっち側」の人間を見つけた。私は「こっち側」の人間がその表情で分かるようになっていた。
その人は帽子を深くかぶって地味な服を着て、抱っこ紐で胸に赤ん坊を抱いていた。赤ん坊は動かないから寝ているのだろう。赤ん坊を抱く女の人というのは幸せそうな顔をするものだと思っていたけれど、必ずしもそうではないらしい。彼女は買い物カゴを持っておらず、駄菓子を一個つかんでそれを体の方に向けるような持ち方をして、駄菓子の棚を離れたから私もついて行った。そしてしばらくして、やっぱりポケットに素早くそれを入れた。
私はうれしくなったので彼女の前に回り込んだ。私もなんですよ、仲間ですね。そう思いながら笑いかけると、その女はギョッとした顔になって回れ右して立ち去った。「こっち側」の人間は家族内にいると面倒だけどたまに会うくらいの関係はちょうど良くて、見かけるとついテンションが上がってしまうのだ。
結局値引きシールはなかなか貼られず、食パンと鶏のササミと小松菜とスナック菓子をいくつか買ってスーパーを出た。次の日の朝になっても元母は帰っていなかった。
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