夏蝉

たんぽぽ。

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夏蝉

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 ラジオ体操が終わってスタンプをもらいアオイと一緒に公民館の敷地を出た。昨日と全く同じパターンだ。アオイがやる気なく体操をして列の一番後ろに並んで、またあの目をしていたのも同じ。いや、昨日拾ったお気に入りの棒も持って来てしまったから全く同じではないか。

 僕たちは黙々と歩いて団地の前まで来た。狭い歩道で右側にはガードレール、左側には金網のフェンスが続いている。フェンスの向こう側は道に沿って木が植えられていて、どの木にもセミがいるのか彼らの大合唱が聞こえてくる。

 突然僕たちの目の前にセミが一匹降ってきた。死にかけのセミだった。僕は振り返って後ろにいるアオイを見た。アオイは声を上げなかったけど、セミを見つめて身がまえている。

 セミは小さい円を描きながらジージー鳴いてやがて動かなくなった。僕は急いでセミの横を通り抜ける。するとセミはまた暴れ出した。よりによって二人並んで歩くのも窮屈な歩道にセミは落ちてきたもんだから、アオイは動けないでいる。

 僕はアオイのために道を開けてやろうと、のたうち回るセミを軽く右足で踏んでなんとか動きを止めた。春人がいれば彼がやってくれるだろうけど、今回は僕の役割だ。セミはジジッと鳴いて、足の下でもがいているのがサンダルの薄い底を通して伝わってくる。
「ほら、今のうち」
僕はまたアオイに視線を向けた。

 セミを見るアオイの顔から無表情が消えていた。目の大きさとかくちびるの角度とかのわずかな変化だけど、長い付き合いだしアオイをずっと見てきたから僕にはわかる。

 アオイの顔をもっと歪ませたい。もう笑顔じゃなくても、恐怖でも軽蔑でも憎しみでも何でもいい。僕は棒を放り投げ右足に思いっきり体重を乗せた。セミの軽いけど固い殻とその中につまったやわらかい内臓や脳みそがつぶれる感触がして、油を揚げるような音は聞こえなくなった。

「アオイ、お前もこうしてほしいんだろ」
アオイはセミの方じゃなくて、僕の顔を見ている。丸い目がさらに丸くなり、アオイはしゃがみ込んで手で顔をおおった。肩がふるえているから、最初は泣いているんだと思った。

 アオイが顔を上げた。
「翔太、あんたも、『こっち側』に来たいの?」
アオイは三日月みたいに笑いながら、苦しそうにそう言った。

 アオイの笑い声はだんだん大きくなって、僕たちを包囲するセミの声の洪水に溶けていった。どっちがどっちかわからなくなるまで、ずっとアオイは笑い続けていた。
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