夏蝉

たんぽぽ。

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クワガタ捕り

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 僕たちは林に着いた。
 
 今日は僕とアオイと二人きり。もしかして誘っても来ないかもと思ったけど、来てくれてよかった。気合いを入れてバナナトラップを仕掛けといたから、来なければムダになるところだった。

 幹に引っ掛けておいたバナナ入りのストッキングからは独特の甘い匂いがしている。でもかかっていたのは小さなメス一匹だけ。本当はオオクワガタがほしいのになかなか見つからない。捕れるのは小さいヤツばかりだ。

「またメスか」
そばにとまっている蛾に触らないようにクワガタをつかんだ。アオイは相変わらずの無表情で僕の後ろに立って、クワガタを虫カゴに入れるのを何も言わずに見ているんだろう。

 さっきもアオイはその顔で、最小限の動きでラジオ体操をやって、別の世界でも見ているような目をしてスタンプの列に並んでいた。毎日ラジオ体操に来るのは真面目だからじゃなくて、やっぱり寂しいんだと思う。誰かに会いたいんだと思う。

 今日も僕は目標を達成できそうにない。僕はこの夏、アオイを腹の底から笑わせることを目標にしている。目の据わったいつもの笑いじゃなくて、三日月の目の全力の笑い方だ。夏休みに入って色んな手を使って笑わせようとしたけど、全部ダメだった。例えば漫画で読んだ面白いシーンを話して聞かせたり、お母さんが姉ちゃんの新しいTシャツと一緒にみんなの服を洗ったら全部ピンクに染まった話をしたりしたけど、作戦は全部失敗した。アオイは例の目の据わった顔で「それウケるね」と、全然ウケていなさそうに言うだけだった。僕にはもうネタがない。

 春人は小学生になってからアオイのことを「あいつといるとこっちまで暗くなる」と言うようになった。「いくら好きだからって気をつかいすぎなんじゃねぇの?」とも言う。でも僕は放っとけないのだ。

 僕の最初の記憶は年少の時のおゆうぎ会で、「三びきのやぎのがらがらどん」を演じた時のものだ。僕もアオイも小さいやぎの役だった。アオイは三月生まれで小さくて、女の子なのに言葉も遅くて舌ったらずでおまけにどん臭かったから、ステージの上まで僕が手を引いて連れて行ってやった。ステージから下りる時、アオイは僕のやぎの衣装のすそをずっと握っていた。

 今もアオイは僕の後ろにいるけど、僕に触れることは決してない。僕にしがみついて「助けて」と一言でも言ってくれればいいのにと思う。「アオイちゃんはお父さんもお母さんもいないようなものだから」とお母さんは同情しているから、頼めば時々夕ご飯を一緒に食べることくらいできるかもしれないのに。

 今日の収穫は一匹だけ。何本かあるクヌギの木を全て見回ったけど、皮の割れ目にも根っこと土の境目の隙間にも葉っぱの下にもクワガタはいなかった。バナナトラップも一応取り外すことにした。苦労して狭い虫カゴの中に入れると、待っていたようにアオイが言う。
「終わった? 帰ろうか」
「うん」
来る途中に拾ったお気に入りの棒も忘れずに持って帰った。

 僕たちの家は古い住宅街にある。林に寄ったから遠回りになるけど、それでも歩いてすぐだ。アオイの家の前で僕たちは別れた。僕の家はここから四十秒もあれば着く。
「春人、いつ帰って来るの?」
「明後日。明日も二人で行こうよ」
「いいよ、ヒマだし」
アオイは門を開けて振り返らずに家の中に入って行った。僕はその背中をちょっとだけ長く見送った。
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