夏蝉

たんぽぽ。

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ラジオ体操

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 蝉のシャワーを浴びながら深呼吸を終えて、スタンプをもらおうと皆が我先に列に並ぶ。私も首から出席カードを外し、安っぽい蛍光ピンクのナイロン紐をもてあそびながら列の最後尾に並んだ。公民館の庭は一面に砂利が敷き詰められているので、歩くとジャッジャッと耳触りな音を立てる。このままいけば、今年もきっと皆勤賞だ。

 ラジオ体操に何の意味があるんだろう。夏休みに乱れがちな生活リズムを整えるため? 余計なお世話だと思う。もう小三なんだから自分のことは自分でできる。肉じゃがも作れるし、公共料金の支払いをするのにもすっかり慣れた。

 スタンプを待つ間はヒマなので、さっきしていた妄想の続きをすることにした。上空から巨大な燃える岩が落ちてきて、公民館は一瞬で深い穴と化す。世界は炎に包まれる。上がる悲鳴、逃げまどう人々、転がる死体たち。これがあるべき姿だ。世の中はこれくらい平等であるべきだ。隕石は人を選ばない。

「今日も行くよね?」
翔太しょうたの声がして我に返る。いつの間にか列が私を入れて三人になっていて、隣に翔太が立っていた。手には小さなプラスチックの虫カゴを持っている。
春人はるとはいないの?」
私は額の汗を拭って答える。
「ばぁちゃんち行くって」
「ふうん。行く。ヒマだし」

 夏は自分の出す声が湿り気を帯びている気がするのは何故だろう。蝉の声もうるさいし、出した声がどれくらいの大きさなのか良く分からない。だからちゃんと相手に届いているのか不安になるけれど、会話が成立しているから一応聞こえているみたいだ。

 視線を上げるとその先には何かの濃い血を流したような青空にうっとうしく盛り上がる入道雲、無責任に輝く太陽という真夏の三点セットが完璧にそろっている。今日も暑くなりそうだ。

 夏は嫌いだ。もう何年も前から。

 スタンプをもらって、翔太と一緒に公民館の敷地を出た。ラジオ体操の後にクワガタ捕りに行くのはいつの間にか毎年恒例となっている。いつもは翔太と春人と三人で行くのだけど、今日は二人。

 私はクワガタムシに興味があるわけじゃない。でも断らない理由はひとつ、ヒマだから。ふたつ、断るのが面倒だから。みっつ、翔太は多分私のことが好きなので断るのが悪いから。でも春人の方は私をうっとうしく感じていると思う。その証拠におばあさんの家に行くことを私には教えなかった。

 翔太と春人と私とは近所同士で幼稚園が同じ、そしてもちろん小学校も同じだ。三年生になってクラスが三人バラバラになってしまったけど、こうやって時々一緒に遊んでいる。春人は本当は翔太と二人で遊びたいんじゃないだろうか。でも私を追い出さないのはムダに正義感が強いせいと、親に「アオイちゃんはきっと寂しいから仲良くしてあげなさい」とか言われているせいに違いない。

 クワガタが捕れるのは公民館から歩いて五分くらいの、団地の側の小さな林だ。ドングリのなる木が何本か生えているだけだから林じゃないのかもしれないけれど、私たちはそう呼んでいる。幼稚園に通っていた頃は木登りなんかをして遊んでいた貴重な遊び場だ。

 夏休み中ほとんど毎日会っているから特に話すこともなく、私と翔太は無言で歩いた。翔太は途中で長めの木の枝を拾ってアスファルトをコツコツ叩きながら進んで行く。私はその後に続く。もうすぐ林だ。
「昨日の夕方、バナナ仕掛けといた。お父さんに酒をちょっともらってさ、」
翔太はワナの作り方の説明を後ろ向きになって始めた。せっかく教えてくれているから彼と並んで相づちを打っていると林に着いた。
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