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目覚めるとまた身体に違和感を覚えた。トイレに駆け込み、吐く。昨日の仕事終わり頃からの記憶がない。
スマホを確認すると、主任からラインが届いていた。要約すると「昨日は凄かったね、また会おうね」という内容の気味の悪い文面だ。犯された、そんな感覚だった。せっかくの休みなのに最悪の目覚めだ。主任の脂ぎった顔を思い出し、またトイレで吐いた。多分、妊娠している訳ではない。その点祥子は抜かりない。馬鹿みたいな話だが、これだけは彼女を信頼していた。
祥子の相手はこの前はアルバイトの学生、その前は職場に出入りする営業マンだった。彼女は私が職場にいる間もこっそりと起きていて、仕事上の人間関係を把握したみたいだ。
男女関係の噂は瞬く間に職場全体を駆け巡って、職場の同僚達は早くも私を無視し出した。ただでさえ恋人を殺したという噂が立っているというのに。更衣室で聞こえてきた会話によると、私は「毒婦」と呼ばれているらしい。また仕事を辞め、苦労して探さなければならないのか。
元はと言えば私が悪いのだ。私が孝一と晶の間で揺れたから、隙が生じて知らぬうちに祥子が目覚めかけていたのだろう。恐らく摩耶さんの過激なアドバイスを聞いた事で祥子は完全に覚醒したのだと思う。私の記憶が一部抜け落ちたのは、その直後だったから。彼女は人が幸せになるのが許せなかった。昔から、そんな女なのだ。だから晶を誘惑した。
私は馬鹿だった、祥子が晶を誘った時の朧気な記憶があるのだ。あの時晶は、目の前の女が美紀ではないと気付いたみたいだった。でも結局は知らない女を抱いた。きっと誰でも良かったんだろう。そんな男に惹かれることなく、さっさと孝一と一緒になるべきだった。
うずくまったままつらつらと考え事をしていると、チャイムが鳴った。この機会を逃すと永遠に動けなくなりそうで、よろよろと玄関に向かう。郵便受けに入らないからと、郵便配達人に封筒を渡された。どうでもいいダイレクトメールだった。
靴を履いたついでに郵便受けを見に行く。ずっとそれどころではなかったので、広告や広報誌などで溢れている。まとめて持ち帰ろうと掴んだら、葉書が一枚落ちた。晶からだった。私と孝一宛で、消印を見ると彼に四つ葉のクローバーを貰った日だ。クローバーをタウンページに挟んだままなのを思い出しつつ、突っ立ったままそれを読む。
今まで迷惑を掛けた事に対する孝一への謝罪が、自分のことを忘れないで欲しいとの私への懇願が、二人で必ず幸せになれという命令が、自分はこれからもう出てこないという決意が、万引きを繰り返したのは孝一のお金を使いたくなかったからとの言い訳が、急いで書いたのか乱雑な字と滅茶苦茶な文法で書かれていた。
晶は消滅しても何も残らない。だから記憶を刻ませるのに一番近くにいる他人である私を選んだのだろう。そのためにお祝い大作戦と称して毎日訪れたのかもしれない。
部屋に入って玄関で泣いた。私は晶を誤解していたし、孝一を裏切った。私のせいで三人はすれ違った。私が彼らを殺したようなものだ。
認めたくはないけれどわかっている、祥子も自分の一部、自分も彼女の一部だと。でも彼女は自分の一部の幸せさえ許せないみたいだ。
祥子の存在感は日々、増している。孝一たちが居なくなってこんなに精神的に参っているから、当たり前のことだ。祥子は私の第二の人格だが、主人格の座を虎視眈々と狙っているようだ。新たな罪悪感を背負った私は心がもっと弱って、近い将来身体を完全に彼女に乗っ取られる、そんな予感がする。
そうすれば、いっそ楽になるのだろうか……? そうかもしれない、でも、悔しいのだ。私の身体はこれから先ずっと複数の男に、好む好まざるに関わらず抱かれることになるのだ。そんなのは死ぬのと同じだ、いや、死んだ方がマシだ。もしかしたら孝一も、同じよう恐怖を感じて自分の身体を刺したのかもしれない。
私の身体が美紀である内に出来ることはこれしか無い――私は剃刀を持って浴室に駆け込み、刃を手首に押し当てそれを一気に横に引いた。
スマホを確認すると、主任からラインが届いていた。要約すると「昨日は凄かったね、また会おうね」という内容の気味の悪い文面だ。犯された、そんな感覚だった。せっかくの休みなのに最悪の目覚めだ。主任の脂ぎった顔を思い出し、またトイレで吐いた。多分、妊娠している訳ではない。その点祥子は抜かりない。馬鹿みたいな話だが、これだけは彼女を信頼していた。
祥子の相手はこの前はアルバイトの学生、その前は職場に出入りする営業マンだった。彼女は私が職場にいる間もこっそりと起きていて、仕事上の人間関係を把握したみたいだ。
男女関係の噂は瞬く間に職場全体を駆け巡って、職場の同僚達は早くも私を無視し出した。ただでさえ恋人を殺したという噂が立っているというのに。更衣室で聞こえてきた会話によると、私は「毒婦」と呼ばれているらしい。また仕事を辞め、苦労して探さなければならないのか。
元はと言えば私が悪いのだ。私が孝一と晶の間で揺れたから、隙が生じて知らぬうちに祥子が目覚めかけていたのだろう。恐らく摩耶さんの過激なアドバイスを聞いた事で祥子は完全に覚醒したのだと思う。私の記憶が一部抜け落ちたのは、その直後だったから。彼女は人が幸せになるのが許せなかった。昔から、そんな女なのだ。だから晶を誘惑した。
私は馬鹿だった、祥子が晶を誘った時の朧気な記憶があるのだ。あの時晶は、目の前の女が美紀ではないと気付いたみたいだった。でも結局は知らない女を抱いた。きっと誰でも良かったんだろう。そんな男に惹かれることなく、さっさと孝一と一緒になるべきだった。
うずくまったままつらつらと考え事をしていると、チャイムが鳴った。この機会を逃すと永遠に動けなくなりそうで、よろよろと玄関に向かう。郵便受けに入らないからと、郵便配達人に封筒を渡された。どうでもいいダイレクトメールだった。
靴を履いたついでに郵便受けを見に行く。ずっとそれどころではなかったので、広告や広報誌などで溢れている。まとめて持ち帰ろうと掴んだら、葉書が一枚落ちた。晶からだった。私と孝一宛で、消印を見ると彼に四つ葉のクローバーを貰った日だ。クローバーをタウンページに挟んだままなのを思い出しつつ、突っ立ったままそれを読む。
今まで迷惑を掛けた事に対する孝一への謝罪が、自分のことを忘れないで欲しいとの私への懇願が、二人で必ず幸せになれという命令が、自分はこれからもう出てこないという決意が、万引きを繰り返したのは孝一のお金を使いたくなかったからとの言い訳が、急いで書いたのか乱雑な字と滅茶苦茶な文法で書かれていた。
晶は消滅しても何も残らない。だから記憶を刻ませるのに一番近くにいる他人である私を選んだのだろう。そのためにお祝い大作戦と称して毎日訪れたのかもしれない。
部屋に入って玄関で泣いた。私は晶を誤解していたし、孝一を裏切った。私のせいで三人はすれ違った。私が彼らを殺したようなものだ。
認めたくはないけれどわかっている、祥子も自分の一部、自分も彼女の一部だと。でも彼女は自分の一部の幸せさえ許せないみたいだ。
祥子の存在感は日々、増している。孝一たちが居なくなってこんなに精神的に参っているから、当たり前のことだ。祥子は私の第二の人格だが、主人格の座を虎視眈々と狙っているようだ。新たな罪悪感を背負った私は心がもっと弱って、近い将来身体を完全に彼女に乗っ取られる、そんな予感がする。
そうすれば、いっそ楽になるのだろうか……? そうかもしれない、でも、悔しいのだ。私の身体はこれから先ずっと複数の男に、好む好まざるに関わらず抱かれることになるのだ。そんなのは死ぬのと同じだ、いや、死んだ方がマシだ。もしかしたら孝一も、同じよう恐怖を感じて自分の身体を刺したのかもしれない。
私の身体が美紀である内に出来ることはこれしか無い――私は剃刀を持って浴室に駆け込み、刃を手首に押し当てそれを一気に横に引いた。
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