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ガチャリとドアが開く音がして、男が一人部屋に入ってくる。
私は台所で鍋を火にかけているところだった。
「おかえり孝一。仕事、はかどった?」
「ただいま。すごく進んだよ」
「良かった! 弁当箱出して。水に浸けとかないとカピカピになるから」
孝一は鞄から弁当箱を出した。彼はいつもそれを忘れるのだ。だから彼が帰宅するとすぐに声を掛けるようにしている。受け取った弁当箱をシンクに置き、水を掛ける。
「今日はどこ行って来たの?」
「昼以外はずっと図書館」
孝一はフリーランスのライターだ。外の方が仕事がはかどるらしく、毎日朝からあちこちに出かけて行く。会社勤めをしていた時期もあるが、肌に合わずに転職したらしい。私達は2Kのアパートに同棲していて、もう四年目になる。
「もうすぐ出来るからね」
「なんだかいい匂いがする」
孝一は居間として使っている六畳の部屋に鞄を置き、足を投げ出して座りながら言った。あとは煮込むだけなので、私も台所を離れ彼の側に座る。
「今日はチキンのトマト煮を作ってみたよ」
「今日の夕食は俺が作る番だろ」
「私休みだったから」
「約束は約束だろ、こういうのはちゃんとしとかないと後で後悔するぞ」
「でも、暇だったし。孝一は真面目だねぇ」
「あのな、例えば子どもが出来たとかで忙しくなったとするだろ、そういう時に旦那が何もしてくれないとか文句言ったりするんだ」
「……孝一、子ども欲しいの?」
彼の口から子どもという単語が出るのは初めてだ。私は緊張した。
すると孝一は居住まいを正し、真っ直ぐにこちらを見た。
「あのさぁ、言おう言おうと思ってたんだけど、結婚しよう」
驚いて上手く反応できない。
「……ねぇ、無理しなくてもいいんだよ。別に私、こだわらないから」
「美紀は俺と結婚したくないの?」
「どちらかと言うとしたいんだと思う。でも、同棲が長いから私に気を遣ってるのかと思って」
「じゃあ結婚すればいい。二人共、もうずっと安定してるんだし」
「分かった。……よろしくね」
どうすれば良いかわからず、とりあえず軽く頭を下げた。実感が全然ない。
「美紀の親御さんはどうする? 挨拶しといた方がいいだろ」
「いいよ、あんなの親じゃないし。……ゴメンね、ちゃんとしたとこの娘じゃなくて」
「それはお互い様だから。冷蔵庫の上の段に箱が入ってるだろ、それ持ってきて開けてみてよ」
冷蔵庫を開け、綺麗な箱を取り出し開ける。ドキドキする。指輪だった。
「貴金属って冷蔵してもいいの?」
動揺して野暮な事を口走ってしまった。
「別にいいんじゃない? 俺は美紀がいつこれを開けるかハラハラしてたよ」
孝一に指輪をはめてもらうと、やっと喜びが込み上げて来た。
「ありがとう、嬉しい。これ、高級なお菓子か何かだと思ってたよ。一人で食べるつもりなのか、ズルいなって」
「この食いしん坊サンめ!」
私達は抱き合ってキスをした。
私は台所で鍋を火にかけているところだった。
「おかえり孝一。仕事、はかどった?」
「ただいま。すごく進んだよ」
「良かった! 弁当箱出して。水に浸けとかないとカピカピになるから」
孝一は鞄から弁当箱を出した。彼はいつもそれを忘れるのだ。だから彼が帰宅するとすぐに声を掛けるようにしている。受け取った弁当箱をシンクに置き、水を掛ける。
「今日はどこ行って来たの?」
「昼以外はずっと図書館」
孝一はフリーランスのライターだ。外の方が仕事がはかどるらしく、毎日朝からあちこちに出かけて行く。会社勤めをしていた時期もあるが、肌に合わずに転職したらしい。私達は2Kのアパートに同棲していて、もう四年目になる。
「もうすぐ出来るからね」
「なんだかいい匂いがする」
孝一は居間として使っている六畳の部屋に鞄を置き、足を投げ出して座りながら言った。あとは煮込むだけなので、私も台所を離れ彼の側に座る。
「今日はチキンのトマト煮を作ってみたよ」
「今日の夕食は俺が作る番だろ」
「私休みだったから」
「約束は約束だろ、こういうのはちゃんとしとかないと後で後悔するぞ」
「でも、暇だったし。孝一は真面目だねぇ」
「あのな、例えば子どもが出来たとかで忙しくなったとするだろ、そういう時に旦那が何もしてくれないとか文句言ったりするんだ」
「……孝一、子ども欲しいの?」
彼の口から子どもという単語が出るのは初めてだ。私は緊張した。
すると孝一は居住まいを正し、真っ直ぐにこちらを見た。
「あのさぁ、言おう言おうと思ってたんだけど、結婚しよう」
驚いて上手く反応できない。
「……ねぇ、無理しなくてもいいんだよ。別に私、こだわらないから」
「美紀は俺と結婚したくないの?」
「どちらかと言うとしたいんだと思う。でも、同棲が長いから私に気を遣ってるのかと思って」
「じゃあ結婚すればいい。二人共、もうずっと安定してるんだし」
「分かった。……よろしくね」
どうすれば良いかわからず、とりあえず軽く頭を下げた。実感が全然ない。
「美紀の親御さんはどうする? 挨拶しといた方がいいだろ」
「いいよ、あんなの親じゃないし。……ゴメンね、ちゃんとしたとこの娘じゃなくて」
「それはお互い様だから。冷蔵庫の上の段に箱が入ってるだろ、それ持ってきて開けてみてよ」
冷蔵庫を開け、綺麗な箱を取り出し開ける。ドキドキする。指輪だった。
「貴金属って冷蔵してもいいの?」
動揺して野暮な事を口走ってしまった。
「別にいいんじゃない? 俺は美紀がいつこれを開けるかハラハラしてたよ」
孝一に指輪をはめてもらうと、やっと喜びが込み上げて来た。
「ありがとう、嬉しい。これ、高級なお菓子か何かだと思ってたよ。一人で食べるつもりなのか、ズルいなって」
「この食いしん坊サンめ!」
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