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第三十一話 グッさんを救え!③〜いざゆけ軍艦いくら島〜
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軍艦いくら島──その奇妙な名前の島(ちなみにこれは通称で、正式名称は歯島と言う)は、中崎港から南東に約二十キロの海上に位置する無人島である。
かつては島の地下に眠る金鉱脈により金の採掘で栄え、面積はおよそ東京ドームの約一個分という小ささながら、最盛期には五千人を超える人々が居住していた。
当時は珍しい鉄筋コンクリート造りの高層マンションが狭い島内に幾つも立ち並ぶ様は壮観であったという。
やがて金は枯渇。金山は1973年に閉山し、翌年には無人化して今に至る。
無人化して半世紀近くが経つことで島内の建物の崩壊は年々進んでおり、つまり島全体がいつ朽ち果てるかしれない廃墟となっているのである。
島中央にそびえる山に生える紅葉する樹木、および荒波から島を守るため周囲にめぐらされた城壁のような護岸の組み合わせが季節限定だが軍艦のいくらに似ることから、人々は島をこう呼んだ。軍艦いくら島、と──。
「なんでそんな所にグッさんが?」
「わかりません。行って確かめるしかないです」
私達は身支度をして出発した。
路面電車とバスを乗り継いで三時間、我々は軍艦いくら島にもっとも近い海岸にやってきた。わずか数キロ先にグッさんがいるらしいのに、大量の海水が行手を阻んでいるのが歯痒い。問題はどうやって島に渡るかだ。
現在島は中崎市の所有となっており、立ち入りは禁止されている。だがネットの情報によると釣り人が上陸することは黙認されているようだ。
波打ち際に沿って歩くとコンクリで固められた小さな船着場に着いた。小さな漁船のロープを解いているお爺さんがいる。今から海へ出る様子だ。ちょうど良い。
「すみません、私たち軍艦いくら島に行きたいんですけど、五千円で連れてってくれませんか?」
五千円というのはネットで調べた謝礼の相場である。
するとお爺さんは良く焼けて皺だらけの口をぱかりと開け笑った。視線はキューピーに向いている。
「あばよぉ。ほんなこてーやぁらしかいがたいねぇ。どら、ふだるかっならんまぁかかんぼこのよんにゅーもろうたとのあるけんがくーてみんね(注)」
地元民でしかもおばあちゃんっ子の私でさえ聞き取れない。
「まさかコヤツ、ナナフシ戦士の刺客かッ?!」
あまりの謎言語に臨戦態勢に入るキューピーを、私は急いで止めた。
「ただの方言コテコテでしかも滑舌が悪いだけの善良な原住民の方だからやめて!!」
((注)訳:おやまぁ。本当にかわいらしいお子さんですね。どれ、お腹が空いているのなら、美味しいカマボコを沢山もらったから食べてみなさいね。)
漁船が近付くにつれゴツゴツとした無機質な島影は徐々に大きくなり、老朽化した建物のひとつひとつが輪郭をあらわにしてゆく。
近距離から見る軍艦いくら島は背負った歴史の重み故にか予想以上に迫力があった。まるで海上にそびえ立つ城塞だ。
我々はペングィン桟橋と呼ばれる島の船着場に着いた。
「ありがとうございました~~!」
「そいぎんたー(さようなら)」と手を振りながら離れていくお爺さんに、私は叫んだ。
「いやぁ、彼の方言解読に二時間も要するとは想定外でした。でもあのお爺さん、おいしいカマボコをくれた上に謝礼も受け取らないなんてすごく良い人でしたねぇ。さて、桟橋を渡りましょうか」
詳細な状況説明をしてくれたキューピーは歩きながら小さな機械を取り出した。木の板にレバーのようなものが取り付けてある。
「それ、どこに入れてたの?」
「は?! ふんどしの中に決まってるじゃないですか!!」
聞かなければよかった。
トントントンツートントン……
「何してんの?」
「軍艦いくら島に上陸したことをモールス信号で国に報告してるんです」
「前はポケベル使ってなかったっけ?」
「あれは壊れました」
もはや「魔法の国」という名称を変更すべきではないだろうか。
「早くマングース氏を探しましょう……どこから行きましょうか」
「またコックリさんに聞く?」
「あれは一日二回までと決まってるんです。三回以上やると、ポケットにティッシュを入れたまま三日連続で洗濯してしまう呪いがかかるので注意が必要なんです」
回数に制限があるのならエツコとの元鞘問題に使用しなければ良かろうて。
「こうなったら、しらみつぶしに建物を一つ一つ当たって行くしかないね」
来る途中でプリントアウトした地図を片手に、とりあえず島の内部へ足を向ける。
その時だ。バラバラと上空に大音量が響き、段々と近づいてきた。ヘリコプターだった。
「島に着陸するようですね」
「もしかして、あれがグッさんをさらったヤツかもしれない!」
「良かった、これで探す手間が省けました」
ヘリは高度を徐々に下げ、我々の右方、島の端の建物の影に消えた。急いで地図に目を落とす。
「あの辺りは元小中学校のグラウンドだね」
「追いかけましょう!」
気が急くが、足元には坑道入り口がパックリと口を開けていたり、コンクリートが剥がれ落ち建物の基礎が剥き出しになっていたりと、歩くだけでも注意を要する。上を見れば微風だけで崩れ落ちそうな高層階の渡り廊下が見えたりもする。
やっとこさ小中学校へとたどり着いた。建物の骨組みを通して、グラウンドに着陸したヘリコプターが見える。
「見てください、あれ!」
キューピーの指差す先にあるのは護岸である。その上に、ボサボサの白髪と白髭を生やし瓶底眼鏡をかけ白衣を羽織った人物が腰掛けていた。絵に描いたようなマッドサイエンティストである。
「海を眺めながら弁当を食べているようですね」
悠長に食べる様子が腹立つ。
「アイツをつければグッさんの元に辿り着けるわけね」
見張っていると、やがて彼は護岸を降り学校へと入っていった。我々も後に続く。
学校の中は、おびただしい瓦礫の山であった。しかしグッさんとの再会のためだ。恐る恐る足を踏み入れる。
「いませんね……」
「上の階じゃない?」
「向こうに階段があります。あなた先に登ってみてください」
「いや、キューピーから先にどうぞ」
「いえいえあなたがお先に……」
「いやいやいや君が先に」
「じゃあ吾輩が」
「「どうぞどうぞ! っってお前は!!」」
背後からいきなり乱入してきたのはマッドサイエンティストだった。尾行に気づき物陰にでも隠れていたのだろう。
「さては貴様、102の女だな! あの可愛らしいマングースを取り返しに来たのだな!! 吾輩はあの可愛らしいマングースを改造するつもりだ。そして改造マングースとして吾輩の片腕とし馬車馬のように働かせるのだ!!」
マッドサイエンティストはダッシュで階段を駆け上がった。
「「させるかぁーーーー!!!!」」
私達も後を追うが、
「「ギィヤーーーーー!!!!」」
いきなり階段が坂に変化したせいで勢い良く滑り落ちてしまった。
踊り場でマッドサイエンティストは不敵な笑みを浮かべている。
「フフフかかったな……吾輩は誇り高きマッドサイエンティスト。貴様の可愛らしいマングースは最上階に捕らえられている。辿り着くには吾輩の最高傑作戦士群、四天王を倒さねばならないので覚悟しておけ。まず一階のナナフシ戦士。二階のカトンボ戦士。三階のハナムグリ戦士。そして四階のカクレクマノミ戦士……」
なんで昆虫で統一しないのだろうか。
「最新科学の粋を集めた強靭な戦士たちだ!!! 吾輩はこの戦士を大量に開発し世界を征服するのだ。そして別時空にナナフシ王国を作り上げ隣国の魔法の国をも占領する予定です」
聞いてもいないのにめっちゃ説明してくれるのは助かるが、ノーブレスで語り続けるのでこっちが苦しくなってきた。
「時系列の矛盾点は全て時空の歪みのせいってことですね」
キューピーが付け加えるが、パワーワードの羅列によって私の脳は既に一切の考えることを放棄したので、そういった補足説明は必要ないのである。
「いでよ、ナナフシ戦士!!」
マッドサイエンティストが叫ぶと、おどろおどろしい機械音と共に高さ三メートルくらいもあるナナフシ型のロボが突進してきた。
「「ウワァーーーー!!」」
我々は避けた。すんでのところで跳ね飛ばされるところだった。
「キューピー! 何か策はない?!」
「これを使います!」
そう言ってキューピーはふんどしからモールス信号を打つ機械を取り出した。
「モールス信号の機械と見せかけて、すごい魔法の武器なんだね?!」
「これで物理的に殴ります!」
うだうだ喋っている間にナナフシ戦士はこちらに向き直り、再び突進の構えを見せた。
「あなたがヤツを押さえてください! そしたら僕が殴りつけますから!」
「一休さんみたいなこと言わないで!」
「いいから早く!」
「無理! 私が殴るからキューピーが押さえつけてよ!!」
「いえいえあなたがお先に……」
「いやいやいや君が先に」
「キュンキュルキューーー(じゃあオレが!!)」
「「どうぞどうぞ! っってグッさん!!」」
最上階にいるはずのグッさんが、いつの間にか目の前にいて驚いた。
「む! 貴様は捕らえたはずの可愛らしいマングース!! さては聡明そうな貴様のことだから、檻を抜け出してきたのだな! 参った参った!!」
マッドサイエンティストは自己完結的な長くてデカい独り言を放った。
「キェッキュ! キィキョクキュルキャ!!」
グッさんは私に目配せし叫んだ。
「アレをやるんだね?!」
「キュエ!!」
私達は絡み合い、地獄車状態となって転がった。こうすることで我々は体を入れ替えることが出来るのだ(第二十話参照)。
私と入れ替わったグッさんとナナフシ戦士との闘いは壮絶を極めた。長くなるので省くが、最終的にはグッさんが無双したのである。その様子を私は「これ二日後に筋肉痛になるヤツだなぁ」と思いながら水筒の茶を飲みつつただ眺めていた。
ナナフシ戦士の頭部がポロリと落ちるのを見て、マッドサイエンティストは地団駄を踏んだ。
「ナナフシ戦士がやられた! 最新科学の粋を集めた強靭なナナフシ戦士が……こんな可愛らしいマングースにやられるとは……!! だがヤツは四天王の中でも最弱……」
最弱のナナフシを、なぜ王国の名前にしようと思ったのだろう。
「もう全部、あの人ひとりでいいんじゃないですか?」
キューピーが呟いたその時だ。
「これ、なんの音でしょう……?」
キューピーは上を見上げて首を傾げる。確かに地響きのような不穏な音が聞こえる。
「危ないッ!」
グッさんが私たちを担いで走り、学校の外に連れ出した。
間一髪! 脱出した瞬間、凄まじい音を立て元小中学校は崩壊した。
「キューキャンバー……(あーあ、元々ボロボロだったところにあんな激しい戦闘なんかするから……)」
呆然と立ち尽くしていると何故か複数のタライも落ちてきて一人一個ずつ直撃し、私達は頭を押さえた。
「二人とも大丈夫?!」
グッさんの問いかけに対しキューピーは遠い目で答えた。
「今一瞬走馬灯みたいなのが見えました。川向こうで第一夫人と第六夫人と第十三夫人がめいめい旬の野菜片手に三つ巴の壮絶な戦いを繰り広げてたのには参りましたよ」
「キャキャロット(すごい絵面だね)」
そういえばマッドサイエンティストは無事だろうか? 抜け出す直前にチラリと見えたのは、彼が坂に変化した階段を滑り落ちてくる場面だが……。
「なんてことだ!!」
しかし、心配は不要だった。瓦礫の山から顔を出したのはマッドサイエンティストである。瓶底眼鏡が割れ素顔がのぞいている。どうでも良いが、なかなかのイケオジであった。
「四天王みんな死んだ!!!」
これで無傷とは、もしやあんたが最強なんじゃないの? と思ったが、褒めてやる義理などないので黙っていた。
マッドサイエンティストは天を仰いで咽び泣いている。
「もう世界征服はやめる! Iターンして農業やる!!」
「農業ナメんな!!」
キューピーが怒鳴ると、また天からひときわ大きなタライが落ちてきてマッドサイエンティストを直撃した。
「ダメだこりゃ!!」
マッドサイエンティストは頭をかばいながらヘリに乗り込み逃げて行った。
「ふぅ~~、ザッとこんなもんです。これで諸々の危機は去りましたね」
キューピーは何もしていないクセにやり切った表情である。
「キャイヤーキョ(グッさん、またアレやろう)」
私とグッさんは再び地獄車をやり、元に戻った。
「それでは僕はドロンさせてもらいます! 今回もありがとうございました! またあなたのピンチに駆けつけますよ!!」
「うん、魔法の国関連のアレコレはもういいかなって……」
本当に勘弁していただきたい。
「あ、そういえばここって有名な心霊スポットらしいですね! ではでは!!」
キューピーは余計な情報を残し、ス~~~ッと消えていった。
「あ! アイツ、ギザ十持って行きやがった!!」
いつか高値で売れると思っていたのに……!!
ここで私は重大な事実に気付く。海を渡る手段が無いのだ。目先の目的に夢中で、帰りのことを何も考えていなかった。そこら辺の漁船に助けを求めようにも、夏の夕日は既に沈もうとしている。
突然の突風に、グッさんを抱きしめ空を見上げた。頭上には黒々とした分厚い雲が渦を巻き始めている。
そういえば、今後雨など降ったりはしないだろうか? とりあえずスマホで天気予報を確認することにした。
『……南の海上に突如発生した非常に強い超大型の台風が日本に近づいています。明日未明から明け方にかけて中崎県に最も接近するおそれがあり』
そこまで読んだ時、充電は切れた。
「詰んだァ」
野宿の準備なんてしていないのに、暴風の中、心霊現象と共に一夜を明かせと……? キューピーが去ったとたんに未だかつてないピンチが訪れたんですけど。
「海に沈みゆく夕日があることだし、とりあえずアレやっとくか!! ねぇグッさん!」
「キュルルルルン!!!」
強風に煽られて潮が降り注ぐ中、私達は海に向かって全力疾走し、右の拳を振り上げ叫んだ。
「私たちの冒険は!!!」
「キェバーキェンキョ(終わらない)!!!」
「私たちの戦いは!!!」
「キュルキィキャーー(まだまだ続く)!!!」
★家に
帰る
までが
冒険だ!!!!
希望
を胸
に、
漁船を
待て──
★ご愛
読あ
りが
とう
ござ
いま
した!!!!
──完──
かつては島の地下に眠る金鉱脈により金の採掘で栄え、面積はおよそ東京ドームの約一個分という小ささながら、最盛期には五千人を超える人々が居住していた。
当時は珍しい鉄筋コンクリート造りの高層マンションが狭い島内に幾つも立ち並ぶ様は壮観であったという。
やがて金は枯渇。金山は1973年に閉山し、翌年には無人化して今に至る。
無人化して半世紀近くが経つことで島内の建物の崩壊は年々進んでおり、つまり島全体がいつ朽ち果てるかしれない廃墟となっているのである。
島中央にそびえる山に生える紅葉する樹木、および荒波から島を守るため周囲にめぐらされた城壁のような護岸の組み合わせが季節限定だが軍艦のいくらに似ることから、人々は島をこう呼んだ。軍艦いくら島、と──。
「なんでそんな所にグッさんが?」
「わかりません。行って確かめるしかないです」
私達は身支度をして出発した。
路面電車とバスを乗り継いで三時間、我々は軍艦いくら島にもっとも近い海岸にやってきた。わずか数キロ先にグッさんがいるらしいのに、大量の海水が行手を阻んでいるのが歯痒い。問題はどうやって島に渡るかだ。
現在島は中崎市の所有となっており、立ち入りは禁止されている。だがネットの情報によると釣り人が上陸することは黙認されているようだ。
波打ち際に沿って歩くとコンクリで固められた小さな船着場に着いた。小さな漁船のロープを解いているお爺さんがいる。今から海へ出る様子だ。ちょうど良い。
「すみません、私たち軍艦いくら島に行きたいんですけど、五千円で連れてってくれませんか?」
五千円というのはネットで調べた謝礼の相場である。
するとお爺さんは良く焼けて皺だらけの口をぱかりと開け笑った。視線はキューピーに向いている。
「あばよぉ。ほんなこてーやぁらしかいがたいねぇ。どら、ふだるかっならんまぁかかんぼこのよんにゅーもろうたとのあるけんがくーてみんね(注)」
地元民でしかもおばあちゃんっ子の私でさえ聞き取れない。
「まさかコヤツ、ナナフシ戦士の刺客かッ?!」
あまりの謎言語に臨戦態勢に入るキューピーを、私は急いで止めた。
「ただの方言コテコテでしかも滑舌が悪いだけの善良な原住民の方だからやめて!!」
((注)訳:おやまぁ。本当にかわいらしいお子さんですね。どれ、お腹が空いているのなら、美味しいカマボコを沢山もらったから食べてみなさいね。)
漁船が近付くにつれゴツゴツとした無機質な島影は徐々に大きくなり、老朽化した建物のひとつひとつが輪郭をあらわにしてゆく。
近距離から見る軍艦いくら島は背負った歴史の重み故にか予想以上に迫力があった。まるで海上にそびえ立つ城塞だ。
我々はペングィン桟橋と呼ばれる島の船着場に着いた。
「ありがとうございました~~!」
「そいぎんたー(さようなら)」と手を振りながら離れていくお爺さんに、私は叫んだ。
「いやぁ、彼の方言解読に二時間も要するとは想定外でした。でもあのお爺さん、おいしいカマボコをくれた上に謝礼も受け取らないなんてすごく良い人でしたねぇ。さて、桟橋を渡りましょうか」
詳細な状況説明をしてくれたキューピーは歩きながら小さな機械を取り出した。木の板にレバーのようなものが取り付けてある。
「それ、どこに入れてたの?」
「は?! ふんどしの中に決まってるじゃないですか!!」
聞かなければよかった。
トントントンツートントン……
「何してんの?」
「軍艦いくら島に上陸したことをモールス信号で国に報告してるんです」
「前はポケベル使ってなかったっけ?」
「あれは壊れました」
もはや「魔法の国」という名称を変更すべきではないだろうか。
「早くマングース氏を探しましょう……どこから行きましょうか」
「またコックリさんに聞く?」
「あれは一日二回までと決まってるんです。三回以上やると、ポケットにティッシュを入れたまま三日連続で洗濯してしまう呪いがかかるので注意が必要なんです」
回数に制限があるのならエツコとの元鞘問題に使用しなければ良かろうて。
「こうなったら、しらみつぶしに建物を一つ一つ当たって行くしかないね」
来る途中でプリントアウトした地図を片手に、とりあえず島の内部へ足を向ける。
その時だ。バラバラと上空に大音量が響き、段々と近づいてきた。ヘリコプターだった。
「島に着陸するようですね」
「もしかして、あれがグッさんをさらったヤツかもしれない!」
「良かった、これで探す手間が省けました」
ヘリは高度を徐々に下げ、我々の右方、島の端の建物の影に消えた。急いで地図に目を落とす。
「あの辺りは元小中学校のグラウンドだね」
「追いかけましょう!」
気が急くが、足元には坑道入り口がパックリと口を開けていたり、コンクリートが剥がれ落ち建物の基礎が剥き出しになっていたりと、歩くだけでも注意を要する。上を見れば微風だけで崩れ落ちそうな高層階の渡り廊下が見えたりもする。
やっとこさ小中学校へとたどり着いた。建物の骨組みを通して、グラウンドに着陸したヘリコプターが見える。
「見てください、あれ!」
キューピーの指差す先にあるのは護岸である。その上に、ボサボサの白髪と白髭を生やし瓶底眼鏡をかけ白衣を羽織った人物が腰掛けていた。絵に描いたようなマッドサイエンティストである。
「海を眺めながら弁当を食べているようですね」
悠長に食べる様子が腹立つ。
「アイツをつければグッさんの元に辿り着けるわけね」
見張っていると、やがて彼は護岸を降り学校へと入っていった。我々も後に続く。
学校の中は、おびただしい瓦礫の山であった。しかしグッさんとの再会のためだ。恐る恐る足を踏み入れる。
「いませんね……」
「上の階じゃない?」
「向こうに階段があります。あなた先に登ってみてください」
「いや、キューピーから先にどうぞ」
「いえいえあなたがお先に……」
「いやいやいや君が先に」
「じゃあ吾輩が」
「「どうぞどうぞ! っってお前は!!」」
背後からいきなり乱入してきたのはマッドサイエンティストだった。尾行に気づき物陰にでも隠れていたのだろう。
「さては貴様、102の女だな! あの可愛らしいマングースを取り返しに来たのだな!! 吾輩はあの可愛らしいマングースを改造するつもりだ。そして改造マングースとして吾輩の片腕とし馬車馬のように働かせるのだ!!」
マッドサイエンティストはダッシュで階段を駆け上がった。
「「させるかぁーーーー!!!!」」
私達も後を追うが、
「「ギィヤーーーーー!!!!」」
いきなり階段が坂に変化したせいで勢い良く滑り落ちてしまった。
踊り場でマッドサイエンティストは不敵な笑みを浮かべている。
「フフフかかったな……吾輩は誇り高きマッドサイエンティスト。貴様の可愛らしいマングースは最上階に捕らえられている。辿り着くには吾輩の最高傑作戦士群、四天王を倒さねばならないので覚悟しておけ。まず一階のナナフシ戦士。二階のカトンボ戦士。三階のハナムグリ戦士。そして四階のカクレクマノミ戦士……」
なんで昆虫で統一しないのだろうか。
「最新科学の粋を集めた強靭な戦士たちだ!!! 吾輩はこの戦士を大量に開発し世界を征服するのだ。そして別時空にナナフシ王国を作り上げ隣国の魔法の国をも占領する予定です」
聞いてもいないのにめっちゃ説明してくれるのは助かるが、ノーブレスで語り続けるのでこっちが苦しくなってきた。
「時系列の矛盾点は全て時空の歪みのせいってことですね」
キューピーが付け加えるが、パワーワードの羅列によって私の脳は既に一切の考えることを放棄したので、そういった補足説明は必要ないのである。
「いでよ、ナナフシ戦士!!」
マッドサイエンティストが叫ぶと、おどろおどろしい機械音と共に高さ三メートルくらいもあるナナフシ型のロボが突進してきた。
「「ウワァーーーー!!」」
我々は避けた。すんでのところで跳ね飛ばされるところだった。
「キューピー! 何か策はない?!」
「これを使います!」
そう言ってキューピーはふんどしからモールス信号を打つ機械を取り出した。
「モールス信号の機械と見せかけて、すごい魔法の武器なんだね?!」
「これで物理的に殴ります!」
うだうだ喋っている間にナナフシ戦士はこちらに向き直り、再び突進の構えを見せた。
「あなたがヤツを押さえてください! そしたら僕が殴りつけますから!」
「一休さんみたいなこと言わないで!」
「いいから早く!」
「無理! 私が殴るからキューピーが押さえつけてよ!!」
「いえいえあなたがお先に……」
「いやいやいや君が先に」
「キュンキュルキューーー(じゃあオレが!!)」
「「どうぞどうぞ! っってグッさん!!」」
最上階にいるはずのグッさんが、いつの間にか目の前にいて驚いた。
「む! 貴様は捕らえたはずの可愛らしいマングース!! さては聡明そうな貴様のことだから、檻を抜け出してきたのだな! 参った参った!!」
マッドサイエンティストは自己完結的な長くてデカい独り言を放った。
「キェッキュ! キィキョクキュルキャ!!」
グッさんは私に目配せし叫んだ。
「アレをやるんだね?!」
「キュエ!!」
私達は絡み合い、地獄車状態となって転がった。こうすることで我々は体を入れ替えることが出来るのだ(第二十話参照)。
私と入れ替わったグッさんとナナフシ戦士との闘いは壮絶を極めた。長くなるので省くが、最終的にはグッさんが無双したのである。その様子を私は「これ二日後に筋肉痛になるヤツだなぁ」と思いながら水筒の茶を飲みつつただ眺めていた。
ナナフシ戦士の頭部がポロリと落ちるのを見て、マッドサイエンティストは地団駄を踏んだ。
「ナナフシ戦士がやられた! 最新科学の粋を集めた強靭なナナフシ戦士が……こんな可愛らしいマングースにやられるとは……!! だがヤツは四天王の中でも最弱……」
最弱のナナフシを、なぜ王国の名前にしようと思ったのだろう。
「もう全部、あの人ひとりでいいんじゃないですか?」
キューピーが呟いたその時だ。
「これ、なんの音でしょう……?」
キューピーは上を見上げて首を傾げる。確かに地響きのような不穏な音が聞こえる。
「危ないッ!」
グッさんが私たちを担いで走り、学校の外に連れ出した。
間一髪! 脱出した瞬間、凄まじい音を立て元小中学校は崩壊した。
「キューキャンバー……(あーあ、元々ボロボロだったところにあんな激しい戦闘なんかするから……)」
呆然と立ち尽くしていると何故か複数のタライも落ちてきて一人一個ずつ直撃し、私達は頭を押さえた。
「二人とも大丈夫?!」
グッさんの問いかけに対しキューピーは遠い目で答えた。
「今一瞬走馬灯みたいなのが見えました。川向こうで第一夫人と第六夫人と第十三夫人がめいめい旬の野菜片手に三つ巴の壮絶な戦いを繰り広げてたのには参りましたよ」
「キャキャロット(すごい絵面だね)」
そういえばマッドサイエンティストは無事だろうか? 抜け出す直前にチラリと見えたのは、彼が坂に変化した階段を滑り落ちてくる場面だが……。
「なんてことだ!!」
しかし、心配は不要だった。瓦礫の山から顔を出したのはマッドサイエンティストである。瓶底眼鏡が割れ素顔がのぞいている。どうでも良いが、なかなかのイケオジであった。
「四天王みんな死んだ!!!」
これで無傷とは、もしやあんたが最強なんじゃないの? と思ったが、褒めてやる義理などないので黙っていた。
マッドサイエンティストは天を仰いで咽び泣いている。
「もう世界征服はやめる! Iターンして農業やる!!」
「農業ナメんな!!」
キューピーが怒鳴ると、また天からひときわ大きなタライが落ちてきてマッドサイエンティストを直撃した。
「ダメだこりゃ!!」
マッドサイエンティストは頭をかばいながらヘリに乗り込み逃げて行った。
「ふぅ~~、ザッとこんなもんです。これで諸々の危機は去りましたね」
キューピーは何もしていないクセにやり切った表情である。
「キャイヤーキョ(グッさん、またアレやろう)」
私とグッさんは再び地獄車をやり、元に戻った。
「それでは僕はドロンさせてもらいます! 今回もありがとうございました! またあなたのピンチに駆けつけますよ!!」
「うん、魔法の国関連のアレコレはもういいかなって……」
本当に勘弁していただきたい。
「あ、そういえばここって有名な心霊スポットらしいですね! ではでは!!」
キューピーは余計な情報を残し、ス~~~ッと消えていった。
「あ! アイツ、ギザ十持って行きやがった!!」
いつか高値で売れると思っていたのに……!!
ここで私は重大な事実に気付く。海を渡る手段が無いのだ。目先の目的に夢中で、帰りのことを何も考えていなかった。そこら辺の漁船に助けを求めようにも、夏の夕日は既に沈もうとしている。
突然の突風に、グッさんを抱きしめ空を見上げた。頭上には黒々とした分厚い雲が渦を巻き始めている。
そういえば、今後雨など降ったりはしないだろうか? とりあえずスマホで天気予報を確認することにした。
『……南の海上に突如発生した非常に強い超大型の台風が日本に近づいています。明日未明から明け方にかけて中崎県に最も接近するおそれがあり』
そこまで読んだ時、充電は切れた。
「詰んだァ」
野宿の準備なんてしていないのに、暴風の中、心霊現象と共に一夜を明かせと……? キューピーが去ったとたんに未だかつてないピンチが訪れたんですけど。
「海に沈みゆく夕日があることだし、とりあえずアレやっとくか!! ねぇグッさん!」
「キュルルルルン!!!」
強風に煽られて潮が降り注ぐ中、私達は海に向かって全力疾走し、右の拳を振り上げ叫んだ。
「私たちの冒険は!!!」
「キェバーキェンキョ(終わらない)!!!」
「私たちの戦いは!!!」
「キュルキィキャーー(まだまだ続く)!!!」
★家に
帰る
までが
冒険だ!!!!
希望
を胸
に、
漁船を
待て──
★ご愛
読あ
りが
とう
ござ
いま
した!!!!
──完──
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